思いがけない大行列

 教会は不思議な雰囲気に包まれていた。

 人々のヒソヒソ話が止まらない。時折ダークやメリッサを見ては、視線をそらす。

 いたずらに時間が過ぎていく。

 メリッサは悩んでいた。

 お祈りの時間が終わったら、ダークと共に王城に行くように言われている。しかし、せっかく集まった人たちを、こちらの都合で追い返していいものか判断がつかない。


 留守番がいないのに教会を出るわけにはいかないだろう。


 ダークは露骨に溜め息を吐いた。

「質問や意見があるなら言ってみろよ。俺に直接言いたくないなら、修道士や修道女がもうすぐ帰ってくるはずだから、そっちに伝えてもいいぜ」

「そうね……じゃあ言うね」

 細身の若い女性が立ち上がった。

「神官様の好きな女のタイプを教えて!」

「聞いてどうするんだ? 時間の無駄だぜ」

「告ってないのにふってきた!?」

 若い女性は両目を丸くした。

 ダークは辺りを見渡す。


「他にあるか?」


「神官様、私はちょっと腰が痛くてね……お姫様抱っこをされたら治ると思うの」


 恰幅のよい中年の女性が教壇の前に来る。

 ダークは両目を白黒させた。

「どんな理屈で腰が治るんだ?」

「神の加護よ」

「俺たちの宗教に、そんな力を持つ神はいないぜ。マッサージでもしたらどうだ?」

 ダークがお姫様抱っこを断ると、中年の女性はぶんぶんと首を横に振った。

「それで治らないから相談しているの! お願い、人助けだと思って! お姫様抱っこをしてくれたら何でも言う事を聞くから!」

 ダークは眉をひそめた。

「お姫様抱っこなんて、腰を痛める典型的な抱え方だろ」

「お願い、一生のお願い! もう腰なんてどうでもいいから一度だけ!」

 中年の女性は、ダークにお姫様抱っこをしてほしいだけのようだ。

 ダークは頭をポリポリとかいたが、やがて中年の女性の肩と膝を抱え上げた。

「やってやるから、これ以上教会で騒ぐなよ」

「キャーありがとー! キャー!」

「騒ぐなと言っただろ!」

 ダークが睨むと中年の女性は、両頬を赤らめたままコクコクと頷いた。心なしか両目が涙ぐんでいる。

「もう死んでもいいわ」

「こんな事で死ぬな」

 ダークがそっと中年の女性を床に降ろす。中年の女性は、幸せそうに天井を見上げていた。

 先ほどダークに女性のタイプを聞いてきた若い女性が走ってくる。

「ズルい! 私も私も!」

「儂もじゃ! お姫様抱っこの極意を身をもって刻み込むぞ!」

 何故か年老いた男性も寄ってきた。大行列ができていた。


 メリッサは複雑な気持ちになった。ダークにお姫様抱っこをされた時の事を思い出していた。


 闇の眷属の集落に来て、寒さのせいで歩けなくなった時だ。本気でありがたかったし、嬉しかった。お姫様抱っこは特別な人にやるものだと思っていた。


 しかし、ダークは頼まれれば簡単にお姫様抱っこをやる。


 メリッサの胸がチクりと痛んだ。

「……私が特別なはずはありませんね」

 ダークは困惑しながら、どんどんお姫様抱っこをやっている。

 そうこうしているうちに、ボスコやリトスが帰ってきた。他の修道士や修道女の姿がある。食器洗いが終わったようだ。

 ボスコは首を傾げた。

「どういう状況でしょうか? お祈りの時間は終わっているはずですが」

「神官長、手伝ってください! この人数をさばききれません!」

 ダークが声を張り上げた。

「集まった人たちが、何故かお姫様抱っこをしてほしいと言って、帰らないのです!」

「えっと……何故でしょうね?」

「一人の女性にお姫様抱っこをしたところ、全員がやってほしいと言い出したのです!」

「そうですか……最初に断るべきでしたね」

 ボスコはしみじみと頷いた。

 修道女たちも列に並び出した。

「せっかくのチャンスだしよろしくお願いします」

「てめぇら俺の仕事を増やすな!」

 ダークのこめかみに四つ角が浮かんでいた。

 メリッサは改めて周囲を見渡す。

 行列がなかなかはけない。まともに付き合っていたら、半日が終わる恐れがある。

 ダークの負担がとんでもない事になるだろう。

 メリッサは意を決して声を出す。


「あの……ダークにお姫様抱っこされるのが、どうしても今日じゃないといけない方はいますか?」


 辺りがシンと静まり返る。人々の視線がメリッサに集中する。

 メリッサは人の視線を集めるのが苦手だ。緊張して、どうしても両手に汗がにじむ。額や背中に嫌な汗をかく。

 しかし、今は引くべき時ではないと思っていた。

 ダークがメリッサをお姫様抱っこした事が、特別でなかったのはガッカリした。しかし、それでダークへの想いが変わるものではない。

 お手伝いさんとして役に立ちたい。

 勇気を振り絞るしかない。


「聖職者は人々に平等に振る舞うべきでしょう。お姫様抱っこされた方がいるのに、断られる方がいたら不平等だと感じる人もいるでしょう。しかし、ダークはとても忙しい方です。あまり時間を取らせないように、ご配慮いただけませんか?」


 メリッサの声は震えていた。しかし、よく通る。

 人々は顔を見合わせた。気まずそうに帰っていく人も、不満を飲み込んで立ち去る人もいた。

 列が少しずつ解消していく。

 ダークは安堵の溜め息を吐いた。

「助かったぜ」

「いえ、今までぼーっとしてすみません」

「謝る必要はないぜ。正直なところ、腕がどうかなると思ったぜ」

 ダークは自らの腕を、片方ずつもんでいた。

 ボスコが微笑む。

「教会に集まった人たちが気持ちよく帰る事ができれば、それに越した事はありませんね」

「今回は失敗しましたね」

 ダークが舌打ちをすると、ボスコは苦笑した。


「これほど多くの人々が集まったのに、スカイ君と新人さんだけ残すなんて、僕も配慮が足りませんでした。次のお祈りの時間は、集まった人たちが満足いくようにしましょう。僕も気を付けます」


「お話中の所失礼します。リベリオン帝国中央部担当者ダーク・スカイ様、及び修道女メリッサ様、ルドルフ皇帝がお呼びであると改めてお伝えするようにローズベル様より仰せつかりました」


 くぐもった声が聞こえた。

 メリッサは辺りをキョロキョロするが、それらしき人影が見つからない。

 一方でダークはめんどくさそうに髪をガリガリかいていた。

「あー、すぐに行くと伝えてくれ」

「畏まりました」

 ダークは溜め息を吐いていた。

 メリッサに見つからないまま、くぐもった声の主は去ったようだ。

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