出立、再起動、そして避けられし力

 翌日の朝。

 王宮での出発式を終えて、各班が移動を始めていた時、サエ少佐の一言で全員が集められる。

 

 「私たちが向かうのは、王宮からいちばん近い”異風の森”よ。」

 

 彼女の口から行き先が伝えられる。

 全員がリーダーの指示に従うつもりで話を聞いていたが、ミルズだけは、何かを問おうとする表情を浮かべていた。


「おい、異風の森には四天王が居るんだろ?それでも行くって事は、あんた覚悟決めたのか?」

「当たり前じゃない、私はこの班のリーダーよ。あなた達を任せられたんだから。…ここに戻れない覚悟なら、もうとうに。」

「…ふっ、そう来なくっちゃな。俺もうだうだ言うのはやめだ、腹括ったぜ。」


 ミルズがニヤりを笑うと、サエも仕方なさそうに笑みを返す。

 そこにはかつて、バディだった時と同じような、信頼関係の片鱗が見えた。


「異風の森のこと、下調べしておきましたぜ、リーダー?」


 ミルズがある一枚の資料を差し出す。

 よくまとめられているその資料には、周辺の地形や人物の名前が書かれていた。

 

「あの場所はその名の通り、風があまりにも不規則だ。強さももちろんだがそれに加えて、上下左右に温度差、様々な風を操って俺たちを翻弄してくる。」


 彼は森からその奥にある、屋敷に向けて指を動かす。


「そして今確認されてるのは、この屋敷には四天王の一人、”風のシルフィア”がいるということだ。」


 ミルズはもう1枚、顔写真が載った資料を机の上に置き、シルフィアの顔を指差しながら話を続ける。


「こいつが風の発生源と言ってもいいだろう。しかもこいつ、四天王の中でも一番の強者と言われているんだ。」

「こいつが…四天王のトップ…?」


 サエが驚いたような声を上げる。

 彼の顔立ちや銀色の短髪姿には、まだ若干の若さがあった。

 ――こんな奴が、本当に四天王で一番の強者?

 誰しもが疑問を抱く中で、ミルズはそこに追い打ちをかけるような、ある重大な事実を告げる。

 まだ他にも、誰かの写真が載っていたのである。


「それだけでも相当骨が折れるような現実なんだが、問題はこの屋敷に、他の戦力もやってきているってことなんだよ。」

「他にも…ですか?」


 ユウダイは呟くように、ミルズの話に反応する。

 一番王宮から近い地点であるが故の、相手の戦力の厚さ。

 サエは誤算だったと言わんばかりの表情で、その写真入りの資料を見続けていた。


「ここはすごいぜ、四天王配下の部隊を束ねてる奴まで居やがる。」


 ミルズは苦笑いを浮かべながら、1人の女を指差した。

 ぱっと見では強いようには見えない、むしろ可愛らしい顔立ちをした、いわば美人と呼べるような見た目をしていた。

 

「うっわめっちゃタイプ…ミルズさんなんすかこの子!?」

「落ち着けバロン…こいつは四天王シルフィアの腹心であり、”十二聖団”って組織のリーダー、スピカ。こいつの剣術は、向こうでも指折りの実力なんだと。」


 資料を見るロバーツたちの目線は、このスピカにくぎ付けだった。

 スピカの可愛らしさにデレデレしている連中がいる中、ロバーツは別の理由で、彼女の顔から目が離せなくなっていた。

 彼女の瞳には、何か人を引き付ける”力”があるように感じた。


「他にもアルデバランに、ハマルって奴もこの屋敷に居るらしい。シルフィアとスピカに比べて、こいつらはそこまで警戒する必要はないだろうが、アルデバランも一応十二聖団ってところの中では上位の存在らしい。決して侮れはしないぞ。」


 ミルズが低い声で戦力についてまとめると、彼らの視線は一気に、リーダーであるサエに向けられる。


「…いいわ、面白いじゃない。敵が強ければ強いほど燃えるってものよね!」


 サエの表情を見る限り、彼女は無理をしているんだろうな、というのがひしひしと伝わってきた。

 だからと言って、彼女に引き返すという選択肢は決してなかった。

 すべてはこの国のため、国民のため。

 そして、異世界に帰っていった勇者様が、心穏やかに向こうでも過ごせるように。


「行くわよ、打倒スピカ、打倒シルフィアよ!全員で力を合わせれば、こいつらだって敵じゃないわ!」


 サエの背中を押すように、彼らは力強く拳を突き上げて戦う意思を見せつける。

 

「任せてくれよサエさん!ここには俺たちがいる、そしてみんながいる!」

「だから安心してくださいサエ少佐、何かあったらお助けしますから!」


 ミルズが、ユウダイが、サエの背中を押すように言葉をかける。

 ロバーツもハインツは笑顔でそれに応え、ミルズも気恥ずかしそうに親指を立てて、信頼していると目線で伝える。

 班員全員が、サエ少佐をリーダーとして歓迎していた。



「あーもう!全然直らないじゃない!」


 その頃こちらは、とある湖畔のログハウス。

 1人の機械人間の周りを取り囲むようにして、何かの操作をしているようだった。


「このボタンを押した後にそっちのボタンを押したら…あれ?さっきこんな所にボタンあったか?」

「落ち着きなよ…それはさっき話した通りのボタンで…。」


 天秤のタトゥーが入ったズベンがああでもない、ヤギのような角が頭から生えたアルゲティがこうでもない、そう言いながらかれこれ2日は経過している。

 しかしその彼が、再び動けるようになるには、まだ何かが至らなかった。


「全く…!久しぶりに会えたと思ったら故障してるし!」

「ズベンもアルゲティも機械に詳しくないから全然復旧しないし!どうなっちゃうのよこれ…!」

「お言葉だがねポルックス君にカストル君、君たちも少しは手を動かしたらどうだい?」

「アルゲティの言う通りだよ。私の計りでは、今優先するべきことは愚痴をこぼすことじゃない、手を動かして彼を再起動させることだ。」


 ぐぬぬ…という言葉が聞こえてきそうな表情を浮かべながら、2つ結びのポルックスと、1つ結びのカストルの双子が、肩を落としながら渋々作業に加わる。

 この面々は今までも、色々な場面で一緒に行動してきた。

 そんな彼らの弱点は、とことん機械が苦手なところだった。

 こんな時に他の誰かが手伝ってくれればいいのに…、と全員が口には出さないまでも、心の中では同じ事を考えていた。

 そんな願いが通じたのだろうか、遠くから馴染みのある声が聞こえてくる。


「はーいお待たせ〜!彼の修理パーツとみんな治療アイテム持ってきたわよ〜!」

「えっ…!?ラサルハさん!?」


 その場に居た全員が、ラサルハの登場に驚きを隠せなかった。

 彼女との連絡は、ある日を境に全然通じなくなっていた為、全員が困っていたところだった。


「連絡が途絶えたと思ったら、連絡してないタイミングでいらっしゃるなんてねぇ…。」

「仕方ないでしょ〜?うちらも勇者にめちゃくちゃにされちゃったんだから〜!」


 彼女は長い髪をなびかせながらプンプン怒っていたものの、どこか安堵したような表情で、傍らのカバンから仰々しい部品を取り出す。

 あとはその部品と彼の首の部分とを接続して、彼の反応を見ていた。


「まあ実際、これで安心した方に計りは傾いた。これで彼は、復活出来るんですよね?」

「まっかせてちょうだい!こう見えても私、彼の為に機械詳しくなっちゃったんだ〜!」


 彼の腕に付けられたボタンをいくつか押す。

 するとようやく、横になっていた身体が起き上がる。

 そしてそのまま立ち上がって少し身体を動かすと、何かを探すように周りを見渡す。


「…あの動きは?」

「多分ご主人を探してるわね、要は魔王様を探してる。」


 彼はこの場に居ないはずの魔王を探していた。

 機械である彼は自立した頭脳を持っていないからか、指示をする人が居ないと一切機能しない。

 しかし、それもラサルハにはとっては想定内だった。

 彼女は首元の部品を付け替えると、キーボードを叩き彼の動きを一時的に止める。

 すると彼は辺りを見渡すのをやめ、その場にしゃがみこんでしまった。


「あれ…、今度はしゃがみこんじゃったねぇ…。」

「もちろん私の想定内!今から彼には、ここまで起きたことをしっかりインプットしてもらうわ。そうそう、あなた達にもね。」


 ラサルハはキーボードを叩くと、後頭部にマイクのような装置を付ける。

 そして全員が、彼の周りを取り囲むようにして座る。

 ラサルハは呼吸を整えながら、今まで何が起きたのかを、語り始めた。

 王宮に魔王と四天王2人、その四天王に仕える十二聖団が1人ずつが捕まっているという現状。

 生き残っている四天王である、”風のシルフィア”と、”山のフジ”――別名KF-882――の存在を告げる。


「だから今喫緊の課題は、あなた達の指揮官であるフジが動かないことだった。」


 ラサルハが静かに言う。


「生き残った十二聖団のあなた達を、率いることができるのは彼だけ。だからこそ、私が修理に来たのよ。」

「…長旅ご苦労だねぇ。」


アルゲティの呟きに、ラサルハは笑顔で応える。


「そんな事ないわよ!私、みんなの為ならなんでもしてあげるんだから!て事であとは、仕上げをしたら彼の復活よ〜!」


 荒み切った戦場に身を置く彼らにとって、ラサルハの笑顔ほど明るさに満ちたものはなかった。

 彼女がいるだけで、その場の空気は一変する。この空間も、決して例外ではなかった。


「…よく生き残ったわよね、私たち。」


 カストルが小さく、安心できる空気感になったからこそ呟く。

 四天王の配下である十二聖団は、各四天王の下に3人就く事になっていた。

 今生き残っているのは、王宮に捕まっている2人と、シルフィアの下に居る3人。

 そして、今この場に居る4人だった。


「合計9人も生き残ってるなんて…、なんで勇者は我々を倒さなかったのだろうな?」


 ズベンが不思議そうな声をあげると、ラサルハもそれに答える。


「勇者は魔王城への最短ルートを辿ったのかもね。重要な古文書が置いてあったのは、怪物館だったわけだし。あれさえ手に入ればいいって、彼らも思ってたんでしょうね。」

「しかし、あの”聖典”はまだ我々の手にあるんだろう?いろいろとちぐはぐな部分が多くないか?」

「…それが一番わからないところよ。」


 ラサルハは考え込むように頭に片手を置く。

 あの勇者のたどった道筋には、何かしらおかしな点が多かった。

 その結果自分たちが生き残っているのは、何かの皮肉だな、とラサルハは心のどこかで自嘲気味に笑った。


「なんだか…元気出てきたし!気分転換にお菓子でも焼こうかなー!」

「私も手伝おう。菓子作りには寸分違わぬ分量が必要だからな。」

「ちょっと待ってくれ、私も菓子作りには少々覚えがあってだね…。」


 ラサルハは笑顔でみんなの後ろ姿を見送る。

 そして最後にチップを回路へ埋め込むと、KF -882が再起動するすべての準備が整う。

 四天王二人目の再臨の時は、もうすぐそこだった。



「…それで、彼らは無事に出立したか。」

「はい。3方向に分かれて、魔王軍の残党討伐へ向かいました。」


 荘厳な作りのステンドグラス、高級仕上げの玉座。

 そして、その横を固める2人の護衛兵。

 その玉座の主人こそ、この国を統べる国王陛下だった。

 彼の顔に刻まれたしわの一本一本が、長い歴史をかけてこの玉座にたどり着いたであろう、苦労を物語っていた。

 静かに、そして淡々と、陛下は報告に来た相手を労う。


「班分けは貴殿が担当したとな。あれだけの部隊を整えるには相当骨が折れただろう、ご苦労だったなタリスカー。引き続き辣腕を振るってくれたまえよ。」

「ありがたきお言葉、感謝します。」


 深く首を垂れるタリスカー。

 彼の国王への忠誠心は、人一倍強い。

 自らの実力を王宮兵で一番だと信じて疑わない彼は、一足飛びで今の地位を築き上げた。

 国王は眉間にしわを寄せながら、普段誰にも話さないようなことを口にする。

 

「あの残党らを一刻も早く仕留めなければ…。そして民衆の面前で、あいつらに裁きを下す…。」


 国王の表情は、怒りに満ちていた。

 国民を殺され、街を蹂躙され、黙っていられるほど、彼も温和な性格ではなかった。


「そもそも彼らのいう”魔力”とやら、あんなものが本当にあると思う方もおかしいのだ…。」


 ”魔力”とは、この地に古来から伝承されてきた、不思議な力である。

 ある者は炎を操り、またある者は風を起こし、といった具合に、様々な現象を起こさせる力のことだ。

 しかし国王やタリスカーは、いや、この国において、”魔力という存在は否定されてきた”というのが現実。

 魔力というものが伝承されていると言っても、この国ではどちらかといえば、マイナスな意味での受け取られ方をされてきた。

 現に勇者が居なくなったと言われても、どこか遠くの地で隠居しているくらいにしか思っていなかった。


「お任せください陛下。我々が総力を挙げて、かの魔王たちの残党を始末して参ります。」

「あぁ、いい報告を期待しているよ。」


 タリスカーは静かに玉座のある部屋から去ろうとする。

 しかし、王の一言が彼の足を止めた。

 王にとってみれば、それはただの発破だった。


「彼ら王宮兵は、この国に忠誠を誓った傑物揃いだ。なおかつ、輝かしい前途に溢れた者ばかりだ。もしも指揮官を欠いた今の残党相手に勝てないならば、その時は…分かっておるな?」


 タリスカーの両肩に、国の威信が全体重をかけてくる。

 しかしそれをものともせず、彼は静かに玉座の間から出ていった。

 タリスカーの心臓は、確実に鼓動が早くなっている。

 足取りさえも、外の鼓笛隊の曲調さえも、普段より早く聴こえた。

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