第三章 第八話 頭領
なるほど、サクツキの父親だ。ユタは心の底から思った。
頭領は大の字になって気を失っている。息継ぎもせずに延々と語れば酸欠にもなろう。今はサクツキが相変わらず無表情のまま膝枕をして、濡らした布で頭領の頭を冷やしている。ユタは地べたに腰を下ろしてそれを見ていた。横を見ると、隣に座って困ったような顔をしているコボワンと目が合った。
ほどなくして頭領の瞼が動き、うぅ~んという呻き声が聞こえた。そして頭領はゆっくりと目を開き、目の前のサクツキの顔を見て、後頭部の感触が何であるかに気付き、一瞬だけ顔全体が柔らかくなったかと思うと、再び意識を失った。
さすがに呆れたサクツキは頭領を地面に寝かし、コボワンとは反対側のユタの隣に座って見守っていた。頭領がもう一度目を覚ますまで、さほど時間はかからなかった。今度は前触れもなく目覚め、サクツキの方を向いて、小さく呟いた。
「夢じゃない……」
そしてゆっくりと胡坐をかいた。三人の顔を順番に眺めると引き締まった表情になり、
「よく戻った、サクツキ。ところでその者たちは客人かな?コボルド族までおるが、サクツキが案内してきたということは何か訳があるのだろう。ひとまずはこの部屋で寛がれるがよい。ここに来るだけでも骨が折れただろうからな。詳しい話は落ち着いたら聞かせてくれ、サクツキ」
そう言うと、部屋の隅に置かれていた棚から湯呑を四個と急須、そして小さな木箱を出した。木箱には乾燥した葉が入っており、ひとつまみを急須に入れる。そして棚の隣にある壺の蓋をあけると湯気が立ち上った。下の階の”火の部屋”から熱が来ているのだろう。柄杓で壺のお湯を掬い、急須に注いだ。老人とは思えないほど一連の動きに全く無駄がなく、おそらく戦闘でもかなり腕が立つと感じさせた。三人の顔を見ただけで何かをしたようであり、洞察力や判断力もかなりのものなのだろう。さすがに猿人の頭領だけのことはある。それだけに残念なことろが際立ってしまうのだが──
ユタは出されたお茶を一口飲んだ。頭領は微かに口角をあげた。サクツキはちらりとユタを見てから、自分も一口お茶を飲んだ。コボワンはお茶をじっと見つめている。熱い茶は苦手なのだろうか。
「さて……それでは用件を聞こうか」
改めて三人の顔を眺め、頭領は話の口火を切った。まずはサクツキが答える。
「ワタシが話そう。コボルド族との和解と、森の異変についてだ」
「ほう?……和解と言われても、そもそもコボルド族が一方的に手を出してくるだけで、こちらは身を守るために反撃しているだけなのだがな」
「それが、コボルド族からすれば縄張りを荒らされていると考えているらしい」
サクツキの答えに、頭領は苦笑いをした。
「オレたちは木に生っている果実や木の実を採っているだけなのだがな。どうせ木の上などコボルド族の奴らは手が届くまい」
「それが……向こうの森も動物たちが減っているようで、コボルド族はワタシたちが森の動物たちを狩っているせいだと思っているようだ」
「そうか。コボルド族の縄張りも、か。森の異変はかなり広い範囲まで及んでいるようだな。だが、勝手に勘違いして攻撃してくる相手と和解してどうするというのか。むしろ余計な誤解を解くより、滅ぼしてしまった方が手っ取り早いのではないかな?」
頭領はそう言うと挑発するようにコボワンの顔を覗き込んだ。コボワンは表情を変えず、真っ直ぐに頭領に向き合っている。数秒ののち、頭領は大きな声で笑いだした。
「すまんすまん……少し試させてもらった。なかなか肝が据わった奴だな。名前を聞いておこう……いや、コボルドには無いんだったな」
「いえ、コボワンです。そうお呼びください」
「ほう?そうか、コボワンか。コボルドにも名前がある者もいるのだな。覚えておこう。さて、お前の口から聞きたい。コボルド族はオレたち猿人のことをどう思っている?」
「はい、族長をはじめ幹部のコボルドたちは、縄張りを荒らす厄介で面倒で強力な敵だと思っています」
「だろうな。では、オレたちがお前たちの縄張りに入って、お前たちに被害を与える行動はあったか?」
「いえ、私が聞いた限りでは、『猿人のせいで獲物が減った』『縄張りに侵入してくる』『攻撃されて仲間が傷ついた』それくらいです。私は戦闘には向かないので戦いの場にいたことはありません。実際に猿人に会ったのはサクツキさんが初めてですが……」
「だろうな。こちらから手出しする必要はないし、気付かれないようなら木の上でやり過ごすようにしている。気づかれて危害を加えられたら最低限の反撃はするが、それがお前たちには本気の攻撃に感じたのだろうな」
「……返す言葉もありません。元々は獲物が減ったことを猿人のせいだと考えたこちら側の落ち度。そこは言い訳のひとつもありません」
「よろしい。その言葉を貰えたなら、こちらもこれ以上咎めはしない。さて、それより問題の原因は森の異変だとは思わないか?」
「はい、それは間違いなく。そもそも動物が減らなければ我らコボルド族も食料に困らず、縄張りに侵入されたとしても気にしなかったでしょう」
「その縄張りも、コボルドが勝手に決めたものだがな」
「それは、こちらが先に住んでいましたので。生きるための狩場が自然と縄張りになっていたのだと思います」
「ふむ……確かに、そちらからすれば、猿人は突然現れた厄介な侵略者というわけだな」
「そうなりますね」
「ふふ……まったく勇気というか、度胸のある奴だ。……よし。それではこうしよう。今までのことはさておき、今後はお互いの縄張りを決めず自由に行き来できるものとする。猿人は植物しか採らず、動物には手出ししないと誓おう。そしてコボルド族は猿人に攻撃しない。それで問題はないな?」
「そうですね。現状からさほど変わりませんが、お互い相手に迷惑をかけないことが明確になるだけでも意味はあるでしょう。お互いの住処の近くには立ち入らないようにしたいですが」
「それもそうだな。その範囲は改めて決めればよいだろう」
「できれば、住処の覗き見ができないくらいの距離は欲しいです」
コボワンはちらりとサクツキの方を見ながら言った。族長とユタとの戦いを見られたことから警戒しているのだろう。
「うむ、考えておこう。……確認だが、オレたちは地面に降りても攻撃はされない、ということでいいな」
「はい。こちらに害がないなら」
「それならよかった。そちらの縄張りには旨い芋があるのでな……お前たちの村からわりと近いので、なかなか採りに行けなかったのだ」
頭領の言葉にユタがぴくりと反応した。コボワンは気にせずに会話を続けた。
「それは採りに来ていただいて構いません。ただし、コボルド族の分は残しておいてください」
「お前たちには肉があるではないか」
「その獲物が減っているのが、一番の原因です。今でもコボルド族の大半は木の実や芋、根菜で飢えをしのいでいるのです」
「そうか……そうだな。森をなんとかしないと解決はしないな」
「それは同意します。このまま森が衰退するようなら、いつか何かのきっかけで再び争い始めるでしょう」
「それについて、少しだけいいか?」
頭領とコボワンの会話に、サクツキが口を挟んだ。
「その森の異変について、この男が何か聞きたいらしい……ユタサンだ」
サクツキは隣に座る男を紹介した。父親である頭領への紹介だ。正式な名前を伝えた方がよいだろうと考えてのことだ。
「ユタと呼んでくれて構わない。森の異変で困っているのはわかったが、何か知っている事があるなら、もう少し詳しく聞いてもいいか?」
ユタの問いに、頭領は少し考えてから話し始めた。
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