第10話 再開の抱擁
森の入り口からさらに2時間ほど進んだ場所に村はあった。
テラセキアはその樹洞も規格外の大きさで地表近くの樹洞はそのまま扉や柵を据え付けられ倉庫や厩舎として利用されていた。
樹上には木材で組まれた家が点在していたが、木々の成長とともに飲み込まれるように幹と一体化していてどこからが家でどこからが木なのか境目が曖昧だ。
しかし、その有り様が村が永く森と共にある証だった。
家々は蔦や樹皮を編んだ縄でかけられた板橋が樹脂で補強された連絡橋で結ばれていて上へ上へと登り、さながら螺旋回廊のような神秘的な形状をしていた。
螺旋の中心には一際大きなテラセキアがまさに支柱のように聳えている。
今まで見たこともない自然に溶け込むように存在する樹中の村にテオは感心と興奮にあちらこちらを見回していた。
「兄さーん! シュネールナさーん! 早くぅ!」
ゴレッシャを降りたテオとシュネールナを出迎えたのは村人達に囲まれながらブンブンと体全体で手を振るセラだった。
全く知らない土地で、初対面の人々に囲まれていてもまるで物怖じしないセラに、我が妹ながら大物だと呆れ半分、感心半分でテオはシュネールナの後に続いた。
村人はざっと30名ほど。
先触れを出したおかげか殊更に警戒した様子はなかった。
滅多に訪れない来客に若者や子供らからは好奇の視線が注がれる。ある程度……30代半ばより上の者からは懐かしさが、さらに上の世代からは強い親しみのこもった視線が投げかけられた。
「もう見知った者もいるだろうけど、薬師のシュネールナだ。しばらく厄介になるからよろしく頼むよ。セラは? 自己紹介は済んでるかい?」
「はーい! あ、でももう一度! C級冒険者のセラです! 15歳で、えーと……シュネールナさんのアシスタント? をしています! この子は使い魔のミルキィ! はい、次は兄さんだよ」
「え、あっと。同じくC級冒険者のテオといいます。セラの兄で歳は19になります。よろしくお願いします」
こちらに駆け寄り、テオからミルキィを受け取ったシュネールナの隣にセラが並ぶ。簡単に自己紹介を済ませると村人からも口々に歓迎の文句がことはかれた。
滅多に外の者がこない森だ。こういった歓迎には慣れていないのだろうが、伝来の民族衣装に身を包み、寡黙ながらも柔らかな笑みで出迎えてくれる村人達にはまさしく森に生きる者の優しさと強さがあった。
「おや……オルが見当たらないな? 30年振りだけど彼を見間違えたりはしないハズなんだがね?」
「そういえばまだ戻っておりませんな……ハッ、まずい!」
「どうかしたかい?」
「父はあなた方が訪れたのだと知らないのでした! 襲撃者かと勘違いしているかも知れません!」
グラ=ナダが事態に気づいたまさにその時だ。
バリバリとまるで雷鳴のような響きが木々にこだましながら村に近づいてくるのが感じられる。
ミルキィが背筋を毛羽立たせ、周囲を警戒した。
やがて野太い雄叫びが雷鳴に混じり頭上から降ってきた。
「グラよ!! 侵入者はどうなったぁああ!?」
枝葉を突き抜け、テラセキアの幹の間をジグザグにまさしく雷の如く跳ね回り飛び降りてきたのは総白髪を逆立てた大柄な老人だ。
擦りきれるほど着古された戦装束に浅黒の筋肉の浮き出た逞しい腕がのぞき、歴戦の証か、節々には傷痕が白く残っていた。岩のような拳には蒼白い光を帯びた琥珀の槍がしっかりと握りしめられている。
射貫くような目が一行を貫く。が、シュネールナに気が付いた途端に「んん!?」とその目はまんまるに見開かれた。
「相変わらず騒々しい男だよ、君は」
「おぉ、おおお! シュネールナ殿! シュネールナ殿ではないかぁ!!」
「大声を出さなくても聞こえてるよ……久しぶりだね、オル」
「ワハハハははは! あぁ、本当に久しぶりだ! 友よ! 森の恩人よ!」
老戦士――オルはシュネールナとまた雷鳴のように叫ぶと一回りも二回りも太い腕で熱く抱擁を浴びせかけた。
「暑苦しい……変わってないな、君は」
「おまえさんほどじゃあない! ちっとも老けていないじゃないか!」
「ま、そういう身体でね」
すっぽりと腕に包まれ息苦しそうにしながらシュネールナは苦言を呈するがその頬の緩みには再会の嬉しさがありありと浮かんでいた。
ほどなくして戦装束の村の若者と、民族衣装とはまた赴きの違う衣装の男女が息を切らせて村に帰ってきた。
オルと村の外にいたのだろうが、置いてけぼりをくらい慌てて走って戻ってきたらしい。
「お祖父様! お父様! 侵入者は!」
「フラよ! 案ずるな、久方ぶりに森の恩人が訪れてくれたのだ!」
「恩人……?」
若者の中でもいち早く呼吸を整えた、戦装束の女性――フラにオルが誇らしげに応える。
「皆の者!! この御方こそはシュネールナ殿! 奇跡の担い手、母樹の救い主にして村の恩人であるぞ! さぁ、今宵は宴じゃ! 歓待の支度をするのだ!」
村中に轟くような声量でオルは宴の開催を宣言し、村は歓声と大きな笑いに包まれた。キョトンとするオルにグラ=ナダは苦笑いして小言を呟いた。
「父上、もう名乗りは済んでおります……恩人との再会に興奮するのもわかりますが、私の仕事をとらないでいただきたいですな。滅多にない歓待の宴の宣言でしたのに」
「む! こりゃすまんかったな! ワハハハは!! 宴の宣言はナダの役目であったわ! ワハハハはははぁ!!」
ひとしきり大笑いしたオルはテオ、セラに向き直る。
「おお、お若いのも! おまえさん達が今度のシュネールナ殿の共か! よくぞ、我がラピラの村に!」
差し出された大きな手を握り返せば次の瞬間、ガクガクと腕ごと激しく揺さぶられる。
セラはケラケラと大笑い、テオはアワアワとしながらもしっかりとオルの歓迎を受け止めた。
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