柱の森
第7話 柱の森
カラカラと軽快に車輪を回す馬車が一台、長閑な道をひた走っていた。
少し丸みをいわゆる帯びたかぼちゃ型のキャビンの一頭立ての馬車だ。
秘境へと向かう道は整備などされておらずデコボコで、馬車は上下に激しく揺さぶられていたが馬も御者も動じることなく全く速度を落とさない。
そんなに揺らして中の人は大丈夫なの? ともし見ている者がいれば心配になるほどの揺れようだったが、キャビンに設けられた車窓からは少女が1人景色を楽しんでいた。
少女――セラは座席に振り向くとこの馬車の持ち主に嬉々として話しかけた。
「シュネールナさん! 凄いですね、この馬車! こんなに速いのに全然揺れないです!」
「そうだろうそうだろう? 完全自走のゴーレム車さ。予約待ちで10年……昨年ようやく手に入ってね? 揺れ防止、内部空調、自己修復、擬装機能に自衛機能! 補助機構盛り盛りの最新式だ。これで好きに行きたいとこに行けるしガクガクと揺れる馬車で酔う悩みにもおさらばさ」
持ち主――シュネールナの言う通りに、この馬車……いやゴーレム車はよくよく見ると御者も馬もハリボテであり、実際に動力を持ち走っているのはキャビン部分なのだ。
「どうだね」と膝上の大きな白猫――ミルキィの喉を撫でながらシュネールナは自慢げに鼻を鳴らしていたが実際凄いのはこのゴーレム車を作ったゴーレム技師達なので念の為。
「でもこれ凄く高かったんじゃないですか?」
シュネールナの向かいの席に腰かけていた青年――テオが尋ねれば「意外と儲かるのさ、薬師というのはね」とシュネールナは笑って見せた。
「私が使う素材は珍しいものは勿論そこそこ値がはるんだが、他の薬師が使わないような素材を加工して薬にしていてね。競合がいないから原価が安上がりになることもしばしばさ。それにだ。薬師なんてのは教会の治癒師が匙をなげた後に出番がくるものだからね。多少吹っ掛けてもありがたがられるものさ」
「おっと口が滑った」とおどけたシュネールナにテオはクスリとしてしまう。6年と少し前、テオの頼みを聞いてセラを救ってくれたこの素敵な恩人は結局「一宿一飯させてもらったし治療費はそれでおあいこさ」とほとんど無償で治療をしてくれたのだ。
そういったわけでテオは依頼を通してなんとか恩返しをしたいと息巻いていた。
だからこそ、シュネールナと冒険者ギルドを通して交わした契約にどうしても気になることがあった。
「あの、シュネールナさん? 契約のこの部分ですけど……」
「君も心配性だねぇ、テオ。それで構わないと念押ししているだろう?」
「あ! 私もそこ気になってたんです! “万一の際は依頼者を見捨てて逃げること”って普通逆じゃないですか? そこは“命を賭して依頼者を守護すること”とかじゃないですか?」
「それもどうかと思うけどね、騎士じゃあるまいし」セラの極端な発言にシュネールナは苦笑した。
「君達に頼みたいのはあくまで採取のアシスタントさ。私の苦手な力仕事とかね? 護衛じゃあない。自分の身は自分でなんとかするさ」
「でもシュネールナさんって弱いですよね? すっごく。昨日もちょっと立ち寄った森で野ウサギに追い回されてましたし」
「……セラ、君はもう少し言葉をオブラートに包みなさい。ウサギみたいなすばしっこい手合いは苦手なんだ、私は」
「その前は水場でなぜかジャイアントタートルにのし掛かられてましたし」
「……ちょっと滑った拍子にあの亀が急に来たんだ」
「あの……亀は急には来ないと思いますよ、ゆっくりです」
「と、とにかくだ! 君達は私の指示するとーりに補佐をしてくれたらそれでいいんだ。そういう契約だぞ、なぁミルキィ」
セラにも、テオにまで突っ込まれ誤魔化すようにまたミルキィの喉をゴロゴロとし始めたシュネールナに兄妹冒険者は互いに目を合わせると呆れたように肩を竦めた。
目的地となる秘境までの道すがら、シュネールナはことあるごとに危機感と運動神経の無さを露呈させていた。
確かに、本人が言うように護衛依頼ではない……ないのだがハイ分かりましたとこの危なっかしい依頼人を放って置くことは恩人であることを差し置いても良心的な冒険者の2人には出来ない相談であった。
まして、これから向かうのは全く人の手の入っていない秘境なのだ。
どんな危険が待ち構えているか分かったものではない。
シュネールナは何度か訪れたことがあるような口振りだったが2人は改めて緊張に僅か身震いする。
そんな様子を知ってか知らずか、シュネールナは呑気に車窓から景色を眺めていたがやがて「おっ」と声をあげた。
「見たまえよ、テオ、セラ。まだ遠いが……フフ。相変わらず凄まじい景観だ」
シュネールナの呼び掛けに車窓に顔を寄せた2人は首を傾げた。
車窓からは小高い丘が緑豊かに広がって見え、そのさらに向こうには青々とした山脈が聳えている。
季節は夏には遠いがかなり暖かいが山の頂は冠雪しているようで、深緑と白のコントラストが美しい。
とはいえ、確かに見事な景観ではあるがことさら驚くほどでもないようにも思える。
「目を凝らしてよーくあの山を見てみたまえ」
2人がまだどういうことか気づいてない、その背中に楽しげなシュネールナの声がかかる。
先に気づいたのはセラだった。
セラはハッと息を飲み、まだ首を傾げるテオの肩を揺らす。
「兄さん! 隙間! 山肌に隙間がある!」
「え? 本当だ……まさか、アレ全部樹!?」
天を突くような巨木が幾百、幾千と立ち並ぶ、山脈と見紛うほどの大森林。それが正体だった。
「あれが今回の目的地、樹齢千年を優に越す巨木、テラセキアが立ち並ぶ山の如き樹海。天を支える柱の群れ。秘境……“柱の森”だ」
「どうだい? 驚いたろう?」とまた鼻を鳴らすシュネールナだったが凄まじいのは秘境の大自然なのである。
もっとも興奮の余り車窓に顔を張り付けんばかりに近づけている2人の耳にはその鼻息も聞こえてはいないようだ。
ゴーレム車だけが相変わらずその無機質な愚直さで道とも呼べなくなってきた大地をガラガラと進んでいくのだった。
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