シュネールナのうつろい魔薬堂~死なず薬師の漂泊記~
花沫雪月🌸❄🌒
薬師シュネールナ
第1話 不思議な店主
「"薬、何でもあります"?」
少年、テオは途方に暮れていた。柔らかそうな茶髪が汗で額に張り付いている。
6つ下の妹、セラが奇病に倒れてもう5日になる。父は衛兵の仕事で家を空けていて、頼りの町医者にはすげなく断られた。テオはセラを看病している母には黙って1人で大きな町へ医者を呼びに行ったが、金のなさそうな少年では全くとりあってもらえなかった。13歳にしては小柄な体躯が疲労でさらに小さくなってしまった様だった。
そんな疲れ果てた帰り道。街道に古めかしい、ツタの絡んだ小さな看板が立っていた。
見慣れない……というより、間違いなく行きの道すがらにはこんな看板はなかったはずだ。
文言のすぐ横の矢印が街道を外れた森の中を指していて、夕刻前だというのに木々の濃い影が落ち、不気味な気配が少しぬるい風と共に漂ってくる。
テオはしばらくの間、街道と看板とを見比べ迷っていたが意を決したように森へと踏み込んでいった。
少しも行かない内に橙色の小さな灯が木々の隙間から覗いているのが目に留まる。
”ここだよ”と手招きするように揺らめく灯に吸い寄せられ、テオが足を進めれば不思議なことに草木がまるで道を開けるようにしなり、テオが通り過ぎるとまたざわざわと元に戻っていく。
おっかなびっくりとテオが木々の案内に導かれてたどり着いたのは小さな丸太小屋だった。
こじんまりとしていたが造りはしっかりとしているようで屋根から突き出した煙突からはぽっぽっと煙が吹いている。
なにかこだわりがあるのか丸太小屋には不釣り合いな、杖に絡みつく蛇の意匠の黒鉄の装飾の施された頑丈そうな扉がどっしりと構えていた。
”シュネールナの魔薬堂”、丸太小屋に据え付けられた看板にはそうあった。
テオが重い扉を体を使って押し開けるとドアベルがカランカランと小気味の良い音を立てる。
店の中にはツンとした薫りが漂っていて鼻をくすぐり、テオはくしゃみをしてしまう。
漸く1人が通れる程度の間隔でいくつも木製の棚が並んでいてビンや壺がこれでもかと押し込んであり外から見るよりずっと狭く感じた。
テオが見慣れない光景に呑まれていると「いらっしゃい」と声がかけられる。少し低い女性の声音だ。
「これはこれは……ずいぶんと小さなお客さんだ。ようこそ、私の店に」
出迎えた店主らしき人物は……とても奇妙な出で立ちをしていた。
いくつも皺のついた黒の丈長のローブはいかにも魔法使いといった風体であったが、それ以上にテオの視線を釘付けにしたのは顔の左半分だけを覆う真っ白な仮面だ。奇妙な光沢がありどんな材質か全くわからない。
透けるように煌めく銀髪と仮面に隠されていない半分の顔から透き通った水色の瞳の女性の顔がじっとテオを見下ろしていたが、出で立ちの割に不思議と威圧感は感じなかった。
「あの……薬があるって……看板が」
「勿論だ。ここにはどんな薬だってあるとも」
テオが不気味な店主に怯えながらもおずおずと切り出せば、店主は店内を歩き回り棚を物色しはじめた。
「どんな魔物も殺す強力な毒薬、遅効性で検知されない暗殺用の毒薬。それから」
「えっとあの……毒はいらないです」
「おっと毒は入用でなかったかい? じゃあ薬だな」
別の棚に向かう為、ふいっと店主が顔の向きを変え別の棚に手をかけた。その顔を見たテオはぎょっと目をむいた。
「えっ?!」
店主の顔が変わっていたのだ。先ほどまで顔の左半分を覆っていた仮面はいつのまにか外されていて全体の見えた顔はどうみても男性のものになっていた。声音もまた少し太くなった気がする。
「腹痛を治す薬に、あ、これも腹痛か……頭痛薬、歯痛薬……あとは」
ごそごそとやっている店主にテオは、いやきっとテオでなくとも尋ねたくなる、尋ねてしまうであろう問いを投げかけた。
「あの……店主さんは男の人なの? 女の人なの?」
「ん? さてさて、どうだろうねぇ? ま、質問に答えるならば……」
店主は歌うようにからかうようにその問いに答えた。
「男も女も」
先ほどまで男性だった顔がまた女性のモノへと戻る。
「老いも」
テオが瞬きをすれば、次の瞬間そこには老婆がいて。
「若きも」
老婆が棚の向こうに消え、入れ替わるように姿を現したのはテオとさして歳の変わらない少年だ。
「このシュネールナにはさして意味のないことだ」
気づいた時には店主……シュネールナはまた半面を着けて、半分だけ覗く中性的な顔に微笑を浮かべた持ち主がそこにはいた。
綺麗な銀髪の澄んだ水色の瞳が変わらずそこにあり不思議な優しさを湛えていた。
「さぁ少年。君が欲しい薬はどんなものかな?」
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