続・天の継ぎ花 モダン
ニギアカガネ
第1話 ルポ
奥多摩の山あいには、かつての避暑地の面影をとどめる別荘群が点在している。都心から電車とバスを乗り継いで二時間ほど、いまでは観光の主役を川遊びや登山に譲り渡した地域だが、木立に隠れるようにして並ぶ洋館風の建物が、昭和初期の栄華をいまも静かに物語っている。
日方家の旧別荘は、避暑や社交のための華やかな別荘群とは異なり、この山荘は日方ソトの前夫・日方源太郎が建築以来、ソトが亡くなるまで暮らし続けた隠棲の場所であった。
政財界の人々が訪れることもなく、長らく公に紹介されることもなかったため、やがてその存在は忘れ去られ、観光案内にも記されていない。
鬱蒼とした森に囲まれ、ひとけのない坂道を上りつめた先に、その屋敷はひっそりと姿を現す。白壁は黒ずみ、窓枠は朽ち、庭の石灯籠も苔に覆われている。夏草に埋もれたその光景は、忘れられた時間そのものだろう。
私はこの夏、取材の一環としてこの旧別荘を訪ねた。外観だけでなく、屋内も公開されることはない。だが幸運にも、管理を請け負う地元の案内人に導かれ、玄関の扉を押すことができたのである。
そこから先に、予想外の体験が待ち受けていることを、この時点ではまだ知る由もなかった。
奥多摩・日方家別荘の記録(未掲載稿より)
別荘の外観は、昭和初期の山荘建築によく見られる、急勾配の屋根と濃い色の下見板張りであった。
玄関の鍵は、近隣に残る管理人の話によれば「長らく閉ざされたまま」だという。
取材のため特別に立ち入りを許され、私は内部の調査を行った。
応接室には古いラジオと壊れかけた座卓が残され、窓辺には黄ばんだレースのカーテンが垂れ下がっていた。
家具の多くは処分されたのか数は少ないが、奥の寝室には大ぶりの和箪笥がそのまま置かれている。
引き出しを開けると、布団や衣服はすでに朽ち、ただ古い紙片や日用品の残骸が見られた。
その箪笥の底部に、通常の仕切りとは異なる板の継ぎ目がある。
釘ではなく差し込むように固定された仕組みらしく、慎重に外すと、狭い下り階段が現れた。
地下へと続く通路である。
この通路が、別荘の敷地の下を抜け、かつて採掘場として利用された岩盤の一部に繋がっていることが後に分かった。
そこに築かれた石組みの空間が、地元の言葉で「石室」と呼ばれる場所である。
奥多摩・日方家別荘の記録(未掲載稿より)
石室は、おそらく人為的に岩を削り出し、後に石材を積み直して補強したものであろう。
壁面には鉄ノミの痕跡が確認でき、天井は低く、成人男性がかろうじて腰を屈めて進める程度の高さしかない。
奥行きは十五メートル前後と推定されるが、途中で微妙に角度を変え、自然洞のような曲がりを見せる。
進むうち、空気が急に重くなるのを感じた。湿気とも異なる、何か密度を帯びた空気である。
手元の懐中電灯は正常に点灯しているが、壁面に落ちる影がどこか曖昧で、輪郭がはっきりとしない。
石室の最奥には、石を組んで作られた小さな壇のようなものがあった。
供養のためか、あるいは作業の印かは定かでない。
ただ、その前に立った瞬間、奇妙な感覚に襲われた。
時間の流れが遅くなったのか、自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
壁に触れると、石の冷たさの中に、かすかに「動き」のようなものを覚えた。
それは水脈かもしれず、錯覚にすぎないかもしれない。
だが、その瞬間、目の前の空間がわずかに広がったように見えたのは事実である。
あたかも、未来というものが幾筋もの線となって、石の隙間から滲み出ているかのように。
私は深く追究することなく、その場を後にした。
記録に残すべきかどうか、逡巡している。
奥多摩・日方家別荘の記録(未掲載稿より)
この記録をどのように扱うべきか、私はいまだに結論を出せずにいる。
もしそのまま記事化すれば、石室での体験は「記者の錯覚」あるいは「作り話」として片づけられるだろう。
読者を惹きつける力はあるかもしれない。だが、同時に職業上の信用を損ないかねない。
石室の壇の前で感じた「未来の拡散」という不可解な印象、それを紙面に載せたところで、誰が信じるだろうか。
仮に反響があったとしても、それは怪談記事やオカルト欄の延長として扱われるに違いない。
私は日方ソトという、昭和三十年頃に亡くなった一人の女性が遺した手記を思い出す。
彼女もまた、石室について何かを知っていたらしい。
しかし彼女は、それを大きく広めることなく、箪笥の中の紙片にだけ残した。
人に託すのではなく、自分だけのものとして。
私もまた、同じ選択をせざるを得ないのではないか。
報道の世界に身を置きながら、あえて記事にせず、胸の奥に封じておく。
それが正しいのか、逃げているだけなのかは分からない。
だが少なくとも今は、ここに残された言葉だけが、私の証言であり、私の責任なのだ。
箪笥の奥から現れた古い紙片。
そこに記されたソトの震える筆跡と、現代の私が残した未掲載稿。
二つは時を隔てて存在しながら、不思議と同じ結論にたどり着いていた。
「語るべきではない。
けれど、消してしまってはならない。」
ソトは昭和のただ中にそう記した。
私は平成のただ中で同じ思いを抱く。
石室の秘密は、誰も信じはしないだろう。
だが、存在しないと切り捨てることもできない。
だからこそ、声なき証言が時を越えて重なり合い、
小さな震えのように残り続けるのかもしれない。
そして私は思う。
この不完全な二つの記録こそが、
未来へと手渡すに値する、唯一の証拠なのではないかと。
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