第2話 三つ眼の聖女、爆誕!

 不幸なリリアお姉さんは、呪術師のおばあさんのおかげで、〈投げ込み穴〉から救出されました。


 それでも、苦難は続きます。


 リリアをかくまってくれたおばあさんが住んでいた場所は、隣国との国境線上にあるような、王国のハズレに位置する森の中でした。

 辺鄙へんぴなところでしたが、森で採取した野菜やきのこを食べることはできました。


 それでも、人間社会の中では、リリアに居場所はありません。

 痣だらけの容姿は、誰からも目をそむけられました。

 森近くの村人たちからも気味悪がられ、白い眼を向けられます。

 その白い眼は、リリアだけでなく、リリアを保護している呪術師のおばあさんにまで向けられる勢いでした。


 これ以上、助けてくれたおばあさんに、迷惑はかけたくないーーそう思ったリリアは、あてがわれた部屋にこもったまま、まったく外に出てこられなくなってしまいました。


「死んでしまいたい……」


 そうリリアは、何度も口にしました。

 リリアがそう言うと、呪術師パリスは明るく笑います。


「私も貴女あなた様と同じように、実家からうとまれ、追い出された女です。

 呪術なんかに没頭したむくいーーなんだそうで。

 ですが、私は何も間違ったことはしていない、と自負しております。

 ですから、私と同じように、何も間違っておられない貴女様には、なんとしても立ち直っていただきたい。

 せめて、自分自身を愛する心を取り戻していただきたいのです」


 呪術師パリスは、一つのガラス小瓶を、ふところから取り出しました。

 赤い液体が入っていました。


「もし、貴女様に、生命を賭けて人生を立て直す覚悟がおありなら、私が調合した、このポーションをお飲みください。

 いろんな呪物から抽出した〈呪いのかたまり〉とも言うべき液体ですが、強力な毒や呪いを打ち消す力があります。

 強い効果を持つポーションですから、もしかしたら生命いのちを落とす可能性もあります。

 けれども、もしかしたら、貴女様のご病気にーーもしそれが〈呪い〉であればなおのことーーき目があるかもしれません。

 一か八か、試してごらんなさい」


 リリアは、呪術師の目が真剣であるのを読み取り、その小瓶を手に取りました。


「今の私には、もはや大事なものなど、何もございません。

 貴女の呪いの実験体に、喜んでなって差し上げますわ!」


 リリアはそう言って、小瓶に入った赤い液体を一気に飲み干しました。


◇◇◇

 

 リリアがおばあさんからもらった〈呪いの塊〉を飲み干してから、一週間ーー。


 王都では、王子とイリスとの婚約祝いが盛大にもよおされ、お祭り騒ぎでした。


 その一方で、リリアは暗い部屋の中で、生死のさかい彷徨さまよっていました。

 はじめは、目も開けられず、暗がりでもがき苦しむばかりでした。

 耳鳴りもしました。

 周りを見渡しても、景色がぐるぐる回るだけでした。


 ところが、日が経つにつれ、目を開けても、視界がぐるぐる回転するのが止まり、吐き気も次第に落ち着いてきました。

 お粥や果物くだものといった食べ物が、少しずつ食べられるようになってきました。


 そんな頃、リリアの身体に変化が現われました。

 手を見たり、足を見ると、痣がすっかりなくなっていたのです。

 皮膚の爛ればかりか、黒ずみもなくなっていました。


 半月もした頃には、リリアの方から呪術師に向かって会話を求めるようになりました。

 呪術師パリスが顔を出した頃には、まだ完全には呂律ろれつが回らないながらも、リリアは会話ができるようになっていました。


 リリアとパリスは、いろんな雑談をしました。


「どういう花が好きか」


 といったたわいもないことから、


「これから先、健康になったら、何がしたいのか」


 とか。


 リリアが「お花屋さんでも開きたい」と言ったら、老呪術師パリスは笑いました。


「なんと可愛らしいこと。

 とても元王妃候補とは思われませんよ」


「そうかしら?」


 リリアは微笑むゆとりを持つことができました。

 病が癒え、活力を取り戻し始めたのです。


 そして、さらに一ヶ月後ーー。


 森の中の一軒家から出て、リリアは陽のあたるところに姿を現わしました。

 こもり部屋があった建物のすぐ外には、草原が広がっていました。

 リリアは身体いっぱい朝陽を浴びました。


 草原を少し歩くと、き通るように綺麗な水をたたえた小川が流れていました。


「このような所で、裸になるのはーー」


 躊躇ちゅうちょするリリアに、パリスは笑いました。


「このババしか、周囲にはおりませんよ。 さぁ!」


 と言って、いきなりリリアの衣服を脱がせました。


 リリアにしても、たしかに水浴びをしたい気分でした。

 川のせせらぎのもと、水浴びをします。


 呪術師は水面みなもを指さしました。


「ほら、ご覧なさいな」


「まぁ!」


 水面に写る自分を見たら、全身がキラキラと白く輝いていました。

 

 病は綺麗に治っていました。

 痣も出来物も、腫瘍しゅようもありません。

 リリアは、すっかり元の姿に戻っていたのです。


 ですが、ただ、一つ、まるで変わっていないところもありました。

 額にあった大きな腫れ物だけが、相変わらずでした。

 いえ、むしろ、さらに大きくなっているほどでした。


「これは……?」


 再び、白い鳩が現われて、リリアの頭上を旋回します。

 やがて、雲間から強い光が照射されました。

 その途端、リリアの額に浮かび上がった腫れ物が、横に裂けました。

 そして、境目が自らの力で開かれたのです。

 まるで、まぶたのようにーー。


 そう。

 彼女の額に、あかい眼が現われたのでした。

 意識すれば、まばたきができます。

 明らかに、もう一つの眼がーー〈第三の眼〉が、リリアの額に出来あがっていたのでした。


 それを知って、リリアは絶望しました。

 またこれからも、人目を避けて、引きこもらなければならないのかと思ったのです。


 ところが、呪術師の反応は、リリアが想定するものとは、大きく違っていました。


「これは、この森の神様ーー〈三つ眼様〉にそっくりです!

 ーーいえ、これはーー間違いございません。

 神様が貴女様を癒したに違いありません。

 やはり、貴女様が罹ったのは、病でも呪いでもなかったんです。

 聖なる力を受けた結果出来た、〈聖なる刻印〉でしたわ。

 貴女様こそ、次代の聖女様でございます!」


 リリアは知りませんでしたが、王国の辺境では、〈三つ眼信仰〉というのがありました。

 王国が建国されるよりも古き時代ーー。

 病が蔓延まんえんしたとき、すべての生きとし生けるものを癒してくださった女神様がいました。

 その女神は、額に大きな一つの眼を持っていたというーー。


 呪術師のおばあさんが、リリアに恐る恐る尋ねてきました。


「その三つめの眼から、いかなる世界が、お見えになっておられましょうか?」


 リリアは小首をかしげて答えます。


「うまく言い表せないんですけど、この大地を、斜め上から眺めるようなーーそんな感じです」


「では早速、その額の眼から地上を見そなわしてくだされ。

 そうですねーーまずは、この手前にある樹木をご覧になっていただけませんか?

 この枯れた樹木です」


 その樹木は虫に食われ葉も繁らなくなり、今ではキクラゲが大量に生えていて、伐採を余儀なくされようとしていました。


 ところが、リリアが〈額の眼〉からそれを眺めた途端、天空から光が注がれたのです。

 すると、みるみると樹木がよみがえっていくではありませんか。


 老呪術師パリスは歓声をあげました。


「まさに神のお力!」


 リリアも嬉しかった。


「私、これからやるべきことを見出しましたわ。ありがとう。おばあさん!」


 リリアが歩くたびに、周囲にあった枯れた草花がよみがえっていきます。

 そうと知ったリリアは、おばあさんに案内され、森の外れにある療養所を訪れました。

 実際に、人間の病を癒せるかどうか、確かめたかったのです。

 リリアが微笑みを浮かべたら、不治の病に苦しんでいた人々が癒され、たちどころに立ち上がって歌い始めました。

 心臓が止まって療養所に担ぎ込まれた人ですら、元気に立ち上がったのです。

 リリアは死者すらも蘇らせました。

 まさに奇蹟でした。


「生き神様だ!」


 と村人からも、リリアはあがめられるようになりました。


 リリアが村人の前に立つと、みながうやうやしくひれ伏します。

 彼女が歩くと、その後ろに、ぞろぞろと村人たちがついていきました。


 実際、リリアの能力は凄まじいものでした。

〈第三の眼〉を使えばーー

 無数の草木の中から、薬草を見抜くことができました。

 一目見ただけで、人の余命がわかりました。

 呪いを見破り、浄化することもできました。

 魔物が放つ瘴気しょうきはらうこともできましたーー。


 村人だけではなく、数多くの旅人たちも助けました。

 その結果、『森には、素晴らしい聖女がおられる』という噂が広まっていきました。


 王都中央にまで〈リリア聖女伝説〉の噂が届くのに、さほど時間は要しませんでした。

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