第2話
そしてその宿の飲み水はペットボトルで運ぶしかなく、周辺に町は無くて小さな集落が2、30キロ先にある程度だ。電気はガソリンを持ち込み発電機で作る為に夜の僅かな時間だけ使えて、便所は高床式の建物から岩肌の地面にぶちまけるだけ、臭気と蠅はそのまま立ち昇る。
更にこの宿ではタリバンが人を攫いに来るという話が信じられており、同行していた陽気なスペイン人は立派な髭を生やしていたので、彼がふざけて自分はタリバンだと言ったらその一言で皆が本当に体を震わせ逃げて行った。その後暗い顔をするなら言わなければいいのに。
その宿で、とある若者と出会った。齢20代半ばか前半、ロシア系のスマホのキャリア(ドコモとかauとかの)に勤めるタジキスタンの青年である。この辺りに通信局を設置する為に来た技術者だという。そしてこの時点で私より歳は下だ。
その時同行していたスペイン人と共に食事をしている中、彼とスペイン人は月並みな雑談を開始した。
「ご両親はどちらに?」
「両方殺されたよ、内戦で。」
同席していた私はそれを聞き、その言葉がスラングか何かかと聞き直してしまい、スペイン人に咎められた。しかし彼はそれを何でもない様に頷き説明をするが、全くの言葉通りだった。
彼とその妹は何かで郊外の方に出されて、首都ドゥシャンベに残った両親はそのまま殺されたと言う。そして呪いはその言葉の後に彼が放った物だ。
「でも、内戦は終わった。それに新しい大統領はいい人だ。だからこの国はこれからなんだ!」
この言葉を目を輝かせて言ったのだ。
彼とは特に連絡先を交換していない。そして顔も忘れてしまっている。
だがもし彼が日本に来て、日本を見せたら。
両親が殺された者なぞまず居なく、電気が常につき、飲み水が水道から出て、食糧なんてそこら中で買えて、爆発音も銃声も鳴らず安全で、道路は舗装されて便所飯なんて言葉が出来るくらい便所で飯が食えるほど綺麗で、病院がそこら中にあって健康保険まであるこの国を紹介した後に、
「日本は終わってるよ。」
なんて言ったら多分私はぶん殴られるし、ぶん殴られた私自身が、
「まあ、そうだよなあ。」
と納得してしまうからだ。そう、日本に住む我々は間違いなく幸せなのだ、カタログスペック上は。
国境の道2
https://kakuyomu.jp/users/tyuuritusya/news/822139837020284893
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