AIとギターと二人
いつものくしゃくしゃの髪、白い小顔、華奢なブレザースタイルのシャツをだらしなく垂らしてギターの練習をしていたときのことだ。
「AIは人を超えるのか」
冴子は突然、尋ねてきた。彼女にとっては特別なことではなく、いつも考えてはわからなくなる話なのだと言うのだが、さっきまで生成AIのことを授業で教えられたらしい。
真木は首を傾げた。
「超えるんじゃないか」
「どうしてそんなこと言える」
「今のAIには経験がない。もし経験を獲得すれば、人以上になる」
真木はどんなにAIがニューラルネットワーク構築し、演算力も進歩してくると、やがては人の域を出るだろうと考えていた。過去の知識は現在のために現在の知識は未来のために延々と繰り返される。単なるネットワーク構築に自然本来の脳機能が奪われるのではないかとも思う。
しかしAI難民の自分にではなく、同じように賢い人に聞けばいいのではと話した。
「AI組はAI万歳なんだよ。聞いてもたいした答えはない」
「僕も同じだ。今はおかしなところがあるとしても、いずれAI自身で埋めていくはずだ」
「わたしん中にはAIが埋め込まれてるんだ。今もカスがある」
「でもAIが展開するのははじめだけだろう?基礎知識の。自然の脳と絡めば上書きされると思う」
冴子は小型アンプに繋いだ。
「思い出は上書きされるのかな」
「でないと、突発的なハルシネーションに対応できないじゃないか。誤情報取得したまんまなんて人の脳ではありえないんだしさ」
「ハルシネーションは普通の脳でも起きているのかな。わたしはおまえに見捨てられたと思い込んでた」
「追いかけてきたんだよ」
「今さら追いかけてきたなんて」
「気づいたんだ」
例の一件以来、冴子は軽音部には行かないで、北校舎と南校舎の間の人工芝の敷かれた隅で練習していたが、ふと考えに耽るときがある。
「高尾自身AIはどうなんだよ。そもそも何をして人、AIが人を超えたと言えるんだ?将棋とかか?」
「あれはお互いの条件を揃えた上でのことだから特殊すぎるよ。そもそも生きてて同じ条件下での争いなんてないだろうし。条件揃えたらAIは人を超えるんじゃないかな」
高尾は無表情で答えた。こんなことをずっと考えていたのかと真木は少しかわいそうに思えてきた。
「一般の雑然とした世界じゃ超えられないということだろ。AIは整然とした世界に線引きして、条件を揃えてくるんじゃね?数学みたいに公式化できるところを探してさ」
真木は軽い調子で答えた。
「公式化できない場合は?例えば音楽のコード進行とか歌詞とかはどうなんだ?」
「たぶんバカみたいな数を集めてパターン化するんだろうから、人には思いつかない曲や歌詞ができるかもしれない。小説もマンガも」
「結局マネじゃん」
冴子は自分の過去を払拭したがっているように笑い飛ばした。
真木は有名な曲のコードを弾いてみた。冴子はAIが原曲以上の作曲する可能性もあるかと呟いた。
「可能性としてはあるよ」
真木は指で彼女を呼び寄せて、スカートから見えそうだと教えた。
「見たいなら見ればいい。AI自体にも性格なんてものはあるのか?人の性格じゃなくて」
「わからないな。わたしの性格はAIのせいでねじ曲げられたのかな」
「もともとじゃね?」
冴子はエフェクターで音を歪ませた。訳がわからないときの表現らしいが、真木はAI自身どこまでニューラルネットワークを構築したとしても「知識の域」を出ないのだから、結局は受け止める側、この場合は彼女自身の自然脳の問題になるのではないかと話した。AIの歌詞が良いと思うなら思うし、思わないなら思わない。AIはどこまでもAIだ。
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