守宮の会談絵草紙 第六話「鏡の中の君」
ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。
このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。
さて、今宵は第六話「鏡の中の君」。
古びた鏡に映るのは、誘うような微笑と、閉じ込められた魂の囁き。
覗き込めば、そこには自らの運命が映るやもしれません。
このヤモリ、百話の物語を語り終えれば成仏できる身。
さぁ、皆様、奇妙な世の隙間への幕開けでございます。
【鏡の中の君】
古物商の埃っぽい棚の奥で、男はそれを見つけた。
重厚な銀の縁に刻まれた古びた装飾が、まるで時を閉じ込めたかのように鈍く輝く――それは鏡だった。
店主は意味深な笑みを浮かべ、「この鏡には物語がある」とだけ告げた。
男は理由もなく惹かれ、持ち帰ったその夜、鏡を自室の壁に掛けた。
その晩、月光が鏡面を撫でると、鏡の中に女が現れた。
透けるような白い肌、深い瞳、静かな微笑。彼女は男を見つめ、柔らかな声で語りかけた。
「ここにいるのは、あなた?」男は驚きながらも、彼女の美しさに心を奪われた。
彼女は名を告げず、ただ微笑み、夜ごと現れては静かに言葉を交わした。
男は彼女に夢中になった。現実の友人や仕事は色褪せ、夜ごと鏡の前に座り、彼女との会話に溺れた。
彼女の声は甘く、時に哀しげで、男の心を虜にした。
「君はどこにいる? 鏡の向こうはどんな世界だ?」男は問うた。
だが、彼女の答えはいつも同じだった。
「あなたは、ここに来てはいけない。」
男は彼女を救いたいと願った。
鏡の中に閉じ込められた可憐な魂を解放することこそ、自分の使命だと信じた。
いや、むしろ自分がその鏡の世界へ行きたいとさえ思った。彼女のいる場所へ。
だが、彼女は首を振る。
「ここに来てはいけない」と繰り返すばかりで、
その瞳には何か言えぬ秘密が宿っていた。
ある夜、鏡の中に異変が生じた。彼女の背後に、見知らぬ男の影が揺れた。
暗い目をした、痩せこけた男。
彼女に問うたが、彼女は微笑を崩さず、言葉を濁す。
「ただの影よ。気にしないで。」
だが、男の心はざわついた。鏡の中の影こそが、彼女を縛る鎖なのではないか?
疑惑と執着が男を蝕んだ。
彼女を解放する唯一の方法は、この鏡を壊すことだと確信した。
「割れば君に会えるんだろう?」男は叫び、鏡に手を伸ばした。
彼女の声が響く。
「鏡を割っては、いけない!」その懇願も、男の衝動を止めるには遅すぎた。
ハンマーが振り下ろされ、鏡は無数の破片となって床に散った。
その瞬間、男の身体が凍りついた。
胸を刺すような痛みとともに、彼の視界は砕け、血が噴き出した。
鏡の破片に映るのは、男自身の顔――だが、それは彼が知る顔ではなかった。
歪み、崩れ、まるで苦悶に満ちて朽ちていく姿。
男は絶命し、部屋は静寂に沈んだ。
場面は静かに変わる――
古物商の薄暗い店内で、若い女が鏡を手にしていた。
店主は囁く。「この鏡には、かつて囚われた男の魂が宿っている。気をつけなさい。」
女は微笑み、鏡を買い求めた。
彼女がその夜、鏡を部屋に掛けたとき、鏡の中に現れた男こそ、彼であった。
彼女は夜ごと、鏡の中の男と語り合った。
彼は自分が鏡の住人だと気づかず、彼女を解放したいと願った。
彼女はそれを哀れに思いながら、静かに会話を続けた。
男の執着が募り、鏡を割った夜、彼女は破片を前に立ち尽くした。
散らばった鏡の破片には、男の砕けた顔が映り、九相図のように、やがて物言わぬ、白骨へと姿を変えた。
「あなたは、もう戻れない。」
彼女は呟き、破片を拾い集めた。男の魂は鏡と運命を共にしたのだ。
彼女は静かに破片を布に包み、庭の土に埋めた。
月光の下、埋葬された鏡はもう何も映さなかった――。
ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。
鏡の破片に散った魂は、月光の下で静かに土へと還りました。
世の隙間は、時に映すものを捕らえて、永遠の物語を紡ぐもの。
このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた第六の物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。
百話の物語を終え成仏するまで、残りは九十四話。また、次の隙間でお会いいたしましょう。
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