【1-12】魔族の住む山
スライム草。それの生態は今も謎が多く、亜種含め種類が豊富な事から魔術師や研究者達を沼に落としている。
主な群生地は魔族の住む山。話によれば、魔族の住む里を守る為の防衛としても使わている様だが、最近は大量発生し、魔族も困っているらしい。
「やはり、配合種を野に放ったのが良くなかったですね」
そうニコニコと悪びれもなくエルフの男は笑う。
あれから、数多のスライム草を相手にした事で色鮮やかな姿になった俺達は、道中出会ったエルフの男に出会い、里へ向かっていた。
「私はスライム草の第一研究者、チオッラといいます。そして、スライム草のブリーダーでもあります」
「ぶりーだー? なんだそれ」
「主に交配し、生産している者です。ちなみに、ここらのスライム草は全て私の手による配合種です」
そう笑顔でチオッラは言うと、ウォレスがボソリと「笑顔で言える話じゃない」と答える。
まさかスライム草を切ったり弾ける度に液体が飛ぶとは思わず、それが触れた部分がピリピリしたり、痒かったりして全身が辛かった。
(それになんだか、全身が熱くも感じるんだが)
一体何の毒を受けているのやら。
気怠さ混じりに溜息を漏らせば、チオッラは苦笑いした後、背負っていた鞄から四本の小瓶を取り出した。
「あの、解毒剤あるんですが飲みます?」
「……ああ。あるなら」
「下さい……」
俺に続き、手を差し出して弱々しくレンが言えば、チオッラは頷き「どうぞ」と渡す。
それをそれぞれマコトやウォレスにも渡すと、瓶の蓋を開けて、一気に流し込む。
瞬間、身体の重さが無くなり、身が軽くなる。マコト達もその効果に感心すれば、チオッラはにこりとして言った。
「万能薬です。里に戻れば沢山あるので持っていってくだかい」
「いいのか?」
「はい。……腐るほど沢山あるので」
訳あって。そう呟き、正面を向けばチオッラは怪しげな笑みを浮かべる。その表情に俺は手にしていた瓶を見れば、蓋を閉じて返す。
「やっぱ要らねえ」
「そんな⁉︎ しかも飲んだ後に!」
チオッラが素っ頓狂な声を上げる。レンとウォレスもチオッラから目を逸らす。
「あたしもいいや……」
「……」
「待って待って悪かったです! 薬は悪くないですから⁉︎ ただいつも夜な夜なスライム草と戯れていて……って、やめてそんな顔‼︎」
チオッラの言葉に、仮面越しでも分かる位にウォレスの顔が引き攣る。マコトは背後からレンの両耳を塞いでおり、何とも言えない苦々しい表情を浮かべていた。
よくもまあ、そんな恥ずかしい事を面前で言えるものである。
「マコト、レン。俺達から離れるなよ」
「ああ、そうさせてもらう」
「よく分からないけど分かった!」
「完全に不審者扱い‼︎」
なんでと涙目で叫ぶチオッラ。すると、そんな空気に一本の矢がどこからか飛んでくる。
今までの微妙な空気から一転、矢がいくつも飛んでくると、ウォレスが前に出て切り落とす。その先にいたのは、弓を構えた男達だった。
「誰だ?」
俺が小さな声で呟くと、足元の茂みを掻き分け近づいてくる。そこで、男達の下半身が馬体になっている事に気付くと、ウォレスはぽつりと呟いた。
「ケンタウロスか」
「ケンタウロス……?」
「上半身は人間、下半身は馬体で、脚が速い」
「……まあ、そうだろうな」
下半身馬だもんな。
ウォレスの説明に若干脱力しつつも、改めてケンタウロスを視界に収める。
そのうちの一体、髭を蓄え眉間に深く皺を刻んだ、大きな図体をしたケンタウロスの男は、こちらを睨みながら近づいてくる。
「チオッラ、この人間共はなんだ。侵入者か?」
「あ、いや、多分違うと思います。えと……」
怖気つくチオッラがこちらを向く。俺は警戒しつつも、懐から依頼書を取り出していった。
「エメラル王からの依頼だ。ドラゴンが暴れていると聞いて、討伐に来た」
「ドラゴン討伐だと? お主らが? ハッ、笑わせる」
かような細い身体でドラゴンに勝てるのか?
そうケンタウロスの頭らしき男は笑った。それに釣られて他のケンタウロスも笑う中、そこに新たな声が飛んでくる。
「誰かーっ⁉︎ 川にマグロが出ましたよー! 川マグロー‼︎ 貴重な川マグロが出ましたよーっ‼︎」
「川マグロ?」
川にマグロ? 首を傾げると、ケンタウロスは声がした方を向きつつ、呟く。
「あの声、カイルか?」
「しかも川マグロと言っていなかったか? ありゃ、崖を遡って食らってくるから危険だぞ」
「よし急げ!」
そうケンタウロスは騒めき、その場を後にする。
残された俺達はポカンとすると、レンが口を開いて言った。
「川にマグロいるんだ……」
「しかも崖を遡るマグロ」
それは本当にマグロなのだろうか。
そんな疑問が全員の頭に浮かぶと、チオッラが咳払いして手を左に向ける。
「とりあえず、今のうちに向かいましょうか。また戻ってこられても困りますし」
「そ、そうだな」
チオッラの提案に頷き、俺達は移動を再開した。
山道にしては木の根も無く、ちゃんと整備された道を歩いていくと、より背丈の高い木々があちこちに生えた小さな集落に辿り着く。
その入り口でエルフの男が二人立っていたが、チオッラを見るなり歩いてくる。
「チオッラ先生戻ってきたか」
「はい。あの……来客です」
村長はとチオッラが訊ねれば、男達は俺達に一瞬視線を向けた後、「家にいる」と返す。
それに対してチオッラは頷くと、「こちらです」と言ってチオッラは集落の中へ招く。
チオッラを先頭に歩いていけば、あちこちから視線を感じ、レンが言葉を漏らした。
「やっぱり、警戒されているね」
「だな」
マコトが頷くと、ウォレスも呟く。
「エルフは古代から警戒心の強い種族と言われています。ましてや龍人が暴れている最中だから」
「……の、割には被害は無さそうに見えるが」
普通一ヶ月も経てば何かしら被害がありそうだがな。
そう言いつつ周囲を見渡す。人々の警戒はともかく、住居や畑などに損壊らしき形跡はなかった。
と、チオッラはある大木の前に足を止めると、そこにあった戸を叩き中へ声を掛ける。しばらくして中から声が聞こえてくれば、チオッラはその戸を開けた。
「失礼します。村長」
「おお……」
チオッラの声に頷きつつ、奥の椅子に腰掛けていた腰の曲がった老男が杖を片手に立ち上がる。かなりの年らしく、頭にはなかったが、皺くちゃの顔を隠す様に真っ白な髭を蓄え、目元も眉で隠れていた。
彼がこちらにやってくると、俺達を見るなり「ほお」と珍しげに声を漏らし言った。
「人間……それも聖園領域の者か。珍しい。してお前さん達は一体何の用で?」
「エメラル王の依頼でドラゴン退治に」
そう返し、先程の様に依頼書を見せびらかす。村長はそれを見て再度「ほお」と呟いた後、俺をまじまじと見つめつつ言った。
「お主達がドラゴンを倒すと。エメラル王も可笑しい事を仰る」
「……」
言いたい事は分かる。
この世界様々な種族はいれど、半獣人の様に体力がある訳でもなく、ましてやエルフの様に知恵や魔術に長けている訳でもない。そんなただの人間がドラゴン退治をしようというのだ。そう言われてしまうのも仕方がない。……とはいえ、全く歯が立たないかどうかは、実際戦ってみないと分からない。
言い返す気はないが黙っていると、村長は髭を撫でつつ座っていた椅子にまた腰掛ける。
「……ま、どちらにせよ。あのドラゴンはもう居らぬ」
「何?」
「どこかへ行ったのか?」
「そうではない。この上の部屋で竜人として眠っておる」
もう退治する必要はない。そう村長は話す。
俺達はそれぞれ顔を見合わせると、ウォレスが前に出て村長に訊ねた。
「その竜人とやらに会っても?」
「会っても良いが……先程も言った通り眠っておる。例え起きていたとしても対話するかどうか」
「……ええ。それでも」
ウォレスが一歩踏み出しじっと村長を見る。
村長はやれやれと言わんばかりに息を吐くと、チオッラを見て案内させる様に顎をしゃくった。
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