【1-3】橙月の街で

 大通りに入ってすぐ。団子屋と反物屋に挟まれるようにして立っている小さな店に向かうと、狸のように丸い耳が頭上に生えた老男の店主が出てくる。

 人混みをかき分けつつ、何とか店前までくれば、俺を見るなり「ああ」と声を上げる。


「マシロ様の使いか」

「ああ。いつものを頼む」


 そう言って、マシロから渡された小袋から金貨を取り出して渡すと、店主はそれを受け取り店の奥へ入っていく。

 ふと店頭に出されている茶葉を見れば、ざるの上に沢山積まれたその横に枡と共に新茶と札が立っていた。


(早いな)


 もうそんな時期か? と思っていると、小さな紙袋を二つ持って店主が戻ってくる。して、俺の視線に気がつくと、笑みを浮かべ話しかけた。


「今日入ったんじゃ。魔鏡まきょう領域からの輸入じゃがな」

「魔鏡領域? それはまた遠い所から」

「ここ数年で、運搬の環境も良くなったからの」


 助かるわいと店主は話し、紙袋を渡してくる。袋には【玉露】と文字があった。

 それを受け取り、小さく会釈した後「また来る」と言って店を出る。


(それにしても……)


 祭りがあるのかと思うくらいに、通りは沢山の人でごった返している。特に城へ続く道が混んでいる様で、道を迂回して鍛冶屋町の通りに戻れば、だんだんと人気が少なくなってくる。

 やっと一息つけると安堵しつつ、センリの工房まで歩いていくと、正面から狐の面を付けた男が目に入った。


(狐の面……?)


 橙月とうつきの中で? と訝しげに見てしまうと、男と目が合う。仮面は上半分のみ。目も開けられていて、そこから緑の瞳が見える。

 男はこちらを見るなり足を止めると、深緑と紅の変わった襟巻きに触れつつ声を掛けてくる。


「おい、そこの者。話がある」

「……なんだ」


 しまったと思いながらも、苦々しく返事を返せば、男は変わらず無の表情で訊ねてくる。

 面倒な気がして一刻も早く離れたかったが、男の腰にある刀を見て、素直に話を聞いた。


「人探しをしている。桃色の髪をした少女を見かけなかっただろうか」

「桃色の髪?」


 桃色の髪……滅多に見かけない髪色である。というか、いたらいたで目立ちそうなものだが。

 知らないと首を横に振れば、男は「そうか」と言って離れていく。俺はその男を見つめたまま立ち尽くしていると、いつの間にか外に出ていたセンリが声を掛けてきた。


「キサラギ。どうした」

「……ああ、何もない」


 くるりとセンリの方へ向き、歩み寄る。

 空もだいぶ暗くなり、辺りの家屋に灯りがつき始めていた。


※※※


「ほう。狐の面か」


 そいつぁ度胸があるなと、センリは苦笑いして話す。

 俺は手入れされた短刀を眺めつつ、センリの話を黙って聞いていた。


「昔から銀杏の奴らは狐を毛嫌いして、森に追い返したからな。だから、この街は狸の半獣人ばかりだ」

「……狐も狸も、どちらも化ける点においては変わらねえのにな」


 そう返し刃を鞘に収める。センリは「まあな」と言った後、「けど」と呆れた様子で話し始める。


「そんな単純な問題でもねえんだよ。何せ、お上がそれで荒れているからな」

「ああ……確か、第二王子に狐が取り憑いたとか」

「そうだ」


 俺の言葉に、センリは頷く。

 橙月のお家騒動は以前、マシロの社に遊びに来ていた蒼龍が話していたのを聞いた事がある。

 去年位だろうか。元々橙月の王子はあまり仲が良くなかったらしいが、第二王子……弟側が、密かに狐族の者と繋がっていたらしい。

 それで一回騒動があった後、それから数日経ち、今度は化け狐が街中で暴れた事で、狐族は完全に嫌われ、第二王子共々姿を消したという。

 ちなみに、第二王子に狐が取り憑いたという話は、化け狐が暴れた後、王子が倒れた所を見たという目撃談から変わっていったものだろう。

 

(まあ、大きい国なりに色々あるものだな)


 特に自分とは関わりのない話なだけに、そこまで気にはしていなかった。

 短刀を帯に差し、立ち上がれば、センリが「もう行くのか」と聞いてくる。


「……宿とってねえからな」

「だったらうちに泊まれ。今日は桜宮から人が沢山来ているんだ。今から行っても宿は取れねえぞ」

「桜宮?」


 何でまたと訊ねれば、センリは背を伸ばしつつ言った。


「三日前から姫様が行方不明なんだと。お転婆とは聞いていたが、まさか一人抜け出すとはな」

「姫……」


 そういや、先程のあの狐の面を付けた男。確か桃色の髪をした少女を探しているとは言っていたが。


(まさかな)


 そう思うと、センリに招かれ工房の中に入る。すると、センリが奥で誰かと話していた。


「どうだ? 調子は」

「上手くできましたぜ‼︎」

「なら、明日は店番を頼む」

「分かりやした‼︎」


 ヒソヒソどころか普通に大きな声が聞こえてくれば、俺はセンリを見つめる。その視線に気がついたセンリは、「ああ」と察した様に声を漏らし紹介する。


「俺の弟子だ」

「弟子? いつの間に」

「去年からいたんだけどな」


 まだ見習いだからとセンリは話すと、再度奥を見て声を掛ける。


「お得意様だ」

「おっ……?」


 不思議そうな声がした後、奥から影が伸びる。だが、その影は異様にでかく、少しして現れたのは赤い肌をした一つ目の鬼であった。

 予想外の姿に唖然とすれば、センリは親指で彼を差しながら紹介する。


「アイザックだ。種族は確かえーと……さいころ?」

「サイクロプスです。師匠」

「そう、サイクロプス。何も、外の世界に憧れて旅している最中、俺の武器に憧れたんだと」

「うっす」


 よろしくお願いします。とアイザックと呼ばれた男は、ご丁寧に頭を下げる。俺も小さく会釈をすれば、「でかいな」と思わず呟いてしまう。

 それに対してアイザックは照れつつ頭を掻きながら、「よく言われます」と返した。


「まあ、聖園みそのではこの身長は中々見ないからな」

「へえ。お陰で何度天井に穴開けたことか」

「流石に改装した方が良いんじゃないのか」

「近々そうする」


 深くセンリは頷く。アイザックは申し訳なさそうにセンリを見た後、俺を見て「ごゆっくり」と言って、部屋に戻る。その直後、「あっ」という声と共に何かが壊れる様な音がした。


「またか」

「大丈夫か?」

「大丈夫だ。丈夫だからな」


 俺の問いに対し、センリはそう言う。それを聞いて「なら良いが」と返すと、センリは隣にある階段を上がり、俺もついて行った。


 次の日早朝。二階の空き部屋で目を覚ました俺は、階段を降りて顔を洗いに外を出る。

 外は薄い雲が空を覆い、白い霧が街を包んでいた。

 欠伸混じりに工房近くの井戸に歩み、顔を洗った後、工房へ戻ると、早い時間から鉄を打つ音が響いた。


「早いな」

「おっ。もう起きていたのか。おはよう」

「ああ。おはよう」


 挨拶を交わすと、鉄を打つセンリに「何か手伝える事はあるか」と訊ねれば、センリは打つ手を止める。


「そうだな。もうそろそろ市の方も開く頃だから、朝食の買い出しを頼む」

「分かった。何が欲しい」

「魚三尾に、卵三つ……あー……後味噌汁の具だな」


 すまないが立て替えてくれと言われ、頷くと工房を出る。道に出れば他の鍛冶屋の所からも音が聞こえた。

 時間が早いせいか、大通りに出ても人は昨日よりは少なかったが、朝市が行われている所までいけば、沢山の人々がいた。

 俺は手っ取り早く、見かけた魚屋で小魚を三尾とワカメを買うと、その隣の商店で卵を買う。


「後は大根や豆腐か」


 そう考えつつそれぞれの店で購入し、帰ってくれば、工房の扉を開けた所でアイザックと鉢合わせる。

 驚いて持っていた卵を危うく落としかけつつも、見上げれば、アイザックはこちらを見て目を丸くする。


「おっ、キサラギの兄貴! 買い出し行ってくれたんで?」

「あ、ああ……その、これで良いか?」

「ああ! 十分っす! ありがとうございます!」


 食材を渡せばアイザックは笑顔で礼をいう。それに釣られ俺も良かったと僅かに口角を上げれば、アイザックは奥にいるセンリに声を掛けて、中に戻っていく。

 こうして二人と共に朝食もいただいた後、俺はマシロから頼まれた茶葉を持って帰路につくと、半日かけてマシロの社に戻ってきた。


「おかえり」

「ただいま」


 縁側でいつも通り茶をしていたマシロに返すと、茶葉と小袋を渡す。マシロはそれを受け取りつつ、「泊まったのか」と聞いてくると、俺は頷く。


「センリの所で世話になった」

「そうか」

「そういや、あの女は?」

「マコトの事か。あやつはまだ寝てるぞ」

「寝てる?」


 まさか具合が良くないのか?

 なんて思っていると、マシロは「顔を見に行ってやれ」と言う。


「夜遅くまで起きて待っていたからの」

「何故……」


 俺を待つ義理なんてないだろうに。

 そう呆れ混じりに呟きながら、俺は家に入り言われた通り、女の顔を見にいく。


「……」

 

 襖を僅かに開き覗き見れば、日が差しても尚、布団の中で静かに眠る女が見えた。

 そっと中に入り顔を見ると、特に体調が悪いとかそういう訳でもなく、すやすやと心地良さそうに寝ていた。


(大丈夫そうだな)


 なら良いがと胸を撫で下ろした後、その場を後にしようとすれば、女は小さく呻いた後薄らと瞼を開く。


「あ、れ……? キサラギ?」

「……もう昼だぞ」

「えっ⁉︎ 」


 俺の言葉に、女の目が大きく開くと、慌てて起き始める。そして身支度をし始めた女に、俺は背を向けるとそそくさと部屋を出た。

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