竜の落とし子―太陽さんがくれたぬくもり―

なぎゃなぎ

第1話 ~竜の子、生まれる~

キャラクター名鑑


ミルフィーユ


世界的にも珍しい「竜から生まれた人間の子供」。


この世界では、人間以外の遺伝子を持つ種族は「亜人」と呼ばれ、差別の対象とされている。

そのため、奴隷禁止法令の適用外となり、「亜人狩り」と呼ばれる奴隷商人たちの標的となっていた。

幼い頃に奴隷商人に捕らえられ、何も知らないまま奴隷として売り渡されたミルフィーユは、聖騎士の国ジールド・ルーンにて、逆上して全方位無差別の魔力衝撃波を放つ。

そこに偶然居合わせた綾菜に倒され、以降は彼女と行動を共にすることとなる。




☆本編☆

とある晴天の太陽さんの下で、私の意識は始まった。


起き上がり、辺りを見渡すと、視界に映るのは緑ひとつない岩肌。

さんさんと降り注ぐ太陽さんの日差しは熱く、土の乾いた匂いと砂煙が、私のすべてを包み込んでいた。


カサカサッ――。


不意に、小さな影が岩陰へと走り込む。


私は岩をどかし、その影の正体を確かめた。


小さな虫だった。


私はおもむろにその虫を捕まえると、そのまま口の中に放り込む。


プチッ。

シャリ、シャリ、シャリ……。


特に美味しいとは思わなかった。

なぜそれを食べたのか、その理由すら考えようともしなかった。

ただ、本能のままに、お腹が空いていたから食べただけだった。


やがて太陽さんは沈み、しばしの闇の時間を迎える。

そしてまた、日が昇り、世界を明るく照らす。


闇の時間はとても恐ろしく、気温も寒くなる。

しかし、眠るにはちょうどよかった。


私は太陽さんと共に起き、太陽さんと共に眠る毎日を過ごしていた。


太陽さんの時間。

私は近くの虫を追いかけ、捕まえて食べる。

時折強く吹く風を追いかけ、じゃれたりもする。


太陽さんの時間は明るく、暖かく、楽しい気持ちにさせてくれるから大好きだった。


だから毎日、太陽さんが沈むのが悲しくて、赤く光る太陽さんに向かって泣きながらこう思っていた。


「寝ないでください! まだ遊びましょうよ!!」


しかし、言葉を知らない私の気持ちは太陽さんに届かず、太陽さんはいつも私を置いて先に眠ってしまう。


そして、太陽さんのいない、寒い闇の時間がやってくるのだった。


* * *


闇の時間。


私は大きな岩の上に横たわり、眠ろうと震える体を丸めた。


しかし、太陽さんの温もりがない状態では、吹き付ける風がより一層冷たさを増し、体の体温をどんどん奪っていく。

寒さに耐え続ける私の頬には、いつもうっすらと涙があふれていた。


闇は、寂しさや悲しさまで増やすのだろうか。


けれど、辛いのは闇の時間だけではなかった。


その日は、太陽さんの姿が雲に隠れて見えず、空からはたくさんの水が降ってきた。

いつも捕まえて食べていた虫も、その日はまったく捕まらず、気温もいつもよりずっと寒い。


しかもひどいことに、その日、太陽さんは一度も顔を出さずに眠ってしまった。


寒さで体は冷えたまま、大嫌いな闇の時間が始まる。


空から降る水は止む気配がなく、冷え切った体をさらに冷やしていく。

風も強く吹き付け、その日は眠ることすらできず、岩の上に座ったまま、ひたすら目からあふれる涙を拭い続けた。


* * *


それから、しばらく経った。


私は、いつの間にか眠っていたようだった。

空腹と疲労で、気を失うように寝付いていたのだ。


目を開けると、キラキラ光る水が岩肌を濡らしていた。


動くと、ピチャピチャと水が歌を歌う。


大好きな太陽さんも、また温かい笑顔を見せてくれて、一安心する。


私は、水に濡れた岩肌を音を立てながら歩き出す。

水はキラキラと光り、ピチャピチャと音を奏でる。


それが楽しくて、私は太陽の下で空腹も忘れ、1人で踊り出した。


――ちょうどその時だった。


遠くから、2つの人影がこちらへと向かってくる。


私は踊るのを止め、2人をじっと見つめた。

虫以外の動くものを見るのは、初めてだった。


「お嬢ちゃん、1人かい?」


1人が私に話しかけてきた。


しかし、私は言葉を知らない。

黙ってその人を見つめるしかなかった。


私が黙って2人の顔を見ていると、もう1人の人が布を差し出してくれた。


どうやら、私は裸だったらしい。


人前で裸でいることは、とても恥ずかしいことらしく、私は渡された布を着せてもらった。


少しゴワゴワして動きづらいと思ったが、温かいと感じた。


着せてもらった布をじっと見ていると、最初に話しかけてきた人が、いきなり片腕で私のお腹を抱えるように持ち上げた。


私はよく分からなかったが、歩かなくても移動できることが楽しく、勝手に動く地面を見てワクワクしていた。


少し空中浮遊を楽しんでいると、鉄の棒でできた箱に入れられた。

その箱の中には、さらに木箱があり、中にはフワフワした布が敷き詰められていた。


私はその木箱の中に潜り込んだ。


見た目よりずっと柔らかくて、気持ちがいい。


頭ごと体を布の中に埋めると、布が体を擦る感触が心地よく、私は無意味に体を動かして遊び、やがていつの間にか眠っていた。


布で眠るのは、岩の上で眠るよりも圧倒的に寝心地がよかった。

私は布の中で安心しきり、そのまま深い眠りに落ちた。


どれほど眠ったのか分からない。

だが、不意に鼻をくすぐる良い匂いが、私の目を覚ました。


匂いの正体を確かめたくて、布から顔を出す。

すると、さっき私を抱き上げた人が、何かを持ってきてくれた。


「お前、まだ赤ちゃんだよな? ミルクで大丈夫か?」


もちろん私は言葉が分からない。

ただ、その人をじっと見つめるしかなかった。


すると、その人は一度深くため息をつき、鉄の箱の中に入ってきて、持っていた良い匂いのするものを目の前に置いてくれた。


私はその匂いのするものに、かじりついた。


ガリッ。


思ったよりも、それは硬くて噛み砕けなかった。

驚いて目を丸くする。


「おいおい。皿ごと食うなよ。」


良い匂いのものを持ってきた人が何かを言い、私からそれを取り上げた。


「見てろよ。」


そう言って、その人は良い匂いのする物を口に当て、斜めに傾けた。


どうやら、これは“皿”という物で、斜めに傾けて食べるものらしい――と、私は直感した。


私はその皿を受け取り、口に当てて傾ける。


すると、中に入っていた白い液状の物が口の中に流れ込んできた。


美味しい!!!


その白い液状の物は、食べやすいように少し温めてあった。


今まで食べてきた虫なんか、比べものにならないほど美味しかった。


もっと欲しい!

もっと食べたい!


私は中身のなくなった皿を持ったまま、その人をじっと見つめる。


「なんだ? まだ足りないのか?」


「足りない……。」


私は、その人の言葉を真似して口にした。


すると、その人は嬉しそうに近付き、何かを言った。


「おっ? 言葉をもう覚えたのか? ん?」


そう言うと、その人は私の口の中に指を入れ、頬を引っ張ってきた。


「お前、もう歯が生えてるじゃねぇか!? やっぱ赤ちゃんでも竜の子は違うんだな! ちょっと待ってろ! お粥を作ってきてやる。」


言い残して、その人はまた鉄の棒の箱から出ていった。


やがて、再び戻ってくると、皿に何かを入れて持ってきた。

今度は皿の中から外にかけて、変な棒が差してある。


私は皿を受け取ると、その棒を取り上げ、まじまじと見つめた。

棒の先は丸くて平べったく、まるで小さな皿のようだった。


「ハハハ。そいつはスプーンって言うんだよ。中に入ってるものをすくって食べるんだ。」


「スプーン?」


私はよく分からないまま、その人の言葉を繰り返す。


「ああ、スプーンだ。」


そう言うと、その人は私から皿とスプーンを取り上げ、一口すくって食べて見せた。

そして、再び私に皿とスプーンを返してくれる。


私は真似をしてスプーンで中の物をすくおうとしたが、なかなかうまくいかない。

皿の中でスプーンをぐるぐる回していると、その人がスプーンを取り上げ、皿の中の物をすくって私の口へと入れてくれた。


さっき食べた白い液体とは違い、少ししょっぱく、何やら柔らかい食感がある。


私はその柔らかい物を舌と上顎で潰してみた。


すると、その柔らかい物は上顎にへばりつき、嫌な感触になった。


「ハハハ……歯を使って噛むんだよ。歯。」


その人は自分の口を開けて、歯を見せてくる。


「は。」


私はその言葉をまた繰り返し、虫を食べるときの要領で柔らかい物を歯で噛み、飲み込んだ。


――さっきの白い液体の方が美味しかったな。

少しがっかりしながらも、私はその人がすくってくれる柔らかい物を一生懸命食べた。


何も知らずに数日間、私は虫ばかり食べてきた。

世の中には、こんなにも美味しいものがあるのだと知って、少し嬉しくなった。


今日は短い時間で、たくさんのことを知れた。


布は柔らかくて暖かいこと。

皿に入った温かい食べ物は、虫よりもずっと美味しいこと。

言葉というものがあって、それぞれに意味があること。

そして、自分よりも大きな生き物が、世の中にはたくさんいること。


私が入っている鉄の棒の箱は、ガタガタと音を立てながらどこかへと移動している。


私はこの後どこへ連れて行かれるのか――そんなことは今はあまり気にならなかった。


ただ、この人は“良い人”で、“優しい”ということだけは、何となく感じていた。


この出会いが、私の運命を大きく変えることになるとは、この時の私はまだ知らなかった。

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