第7話 杉浦薫とサッカーゲーム
日曜日、時計の針が午前9時を指した頃、杉浦薫は茶色い屋根の一軒家の前にいた。黒いジーンズに紺色の長袖Tシャツを合わせ、春らしいピンクのカーディガンを羽織った彼女は、顔を上げ、懐かしい家の外観を見上げる。
ここは幼馴染の天野光太の自宅。小さいころ何度も遊びに来た思い出が詰まっているが、それでも10年ぶりだ。
「ふぅ」と息を吐き出し、インターフォンを押すと、すぐに白い長袖Tシャツと黒いジャージズボンを合わせた格好の天野光太が顔を出す。
「おお、薫。逃げずに来たみたいだな!」
「うん。お邪魔します」頷きながら、玄関の中へ足を踏み入れる。それから、薫は靴を脱ぎ、周囲を見わたすように首を動かした。
「ホント、懐かしいね。昔と何も変わってない」
「そういえば、昔は一緒に俺の家で遊んでたっけ」と思い出したように光太が呟く。
「そうそう。一緒にゲームで遊んだの、すごく覚えてる」光太との思い出を振り返った薫が同意を示した。
「ちゃんと覚えてたんだな。よし、今日はあの時みたいに一緒に遊ぼうぜ」
嬉しそうに笑う光太が先導して階段を上がり始めると、薫もその後ろについていった。
「あー、あの階段! 踏み外したらヤバかったよね」と言いながら上っていく。
「そうだそうだ、薫は何回か転びかけただろ? 今はどうかなぁ」光太が冗談めかして言う。
薫は小さく笑った。「もう大丈夫だよ」
光太の部屋は思っていたよりすっきりしていた。昔はオモチャやプラモデルで溢れていたのに、今はシンプルなデスクと本棚があるだけだ。唯一変わらないのは壁に貼られたサッカー選手のポスターだけだった。
「ほら座れよ」光太がベッドを指差す。
「いつもの特等席」
薫は少し躊躇しながらもベッドに腰掛けた。付き合っているわけでもないのに、男の子の部屋に来てしまった。ホントは女子中学生である薫は緊張していた。ソワソワと動く薫の様子を近くでみていた光太が首を傾げる。
「薫、どうかしたか?」
「えっと……あのマンガってまだある? サッカー雑誌くらいしか置いてないみたいだけど……」
杉浦薫は、誤魔化すように本棚へ目を向けた。そこにはサッカー雑誌やサッカーの練習法、筋トレの方法をまとめた本が多く並んでいる。
「ああ、マンガは電子書籍で買うことにしたんだ。昔、ここにあったマンガはタブレットで読めるようになってるけど、薫、読みたかったのか?」
「ううん。昔はここで一緒にマンガ読んだなって思い出しただけ」
「そういえば、そんなこともあったなぁ。じゃあ、早速、サッカーゲームで遊ぼう。ゲーム機、持ってきてるよな?」
両手を叩いた光太に促された薫はカバンからゲーム機を取り出した。
「いやあ楽しみだなぁ。薫とはいつも白熱した試合になったもんな」と言いながら端末の画面を操作する。お互いに通信対戦を始め、薫は楽しそうに微笑んだ。この瞬間だけでも子ども時代に戻れる気がした。
「さぁ、いくぜ。薫! 今日は勝つぞ!!」
「あっ、その前にちゃんと謝らせて!」
「謝る? なんのことだ?」光太が薫の隣で首を傾げる。
「この前、私、朝練をベンチに座って見学しながら、凛さんとイチャイチャしてたでしょ? ごめんなさい。私は光太をイヤな気分にさせたんだ」
「ああ、あの時のことかぁ。すっかり忘れてた。俺の方こそ、ごめん。幼馴染にかわいい彼女ができたことを素直に喜べなかった」
両手を合わせ謝る天野光太に対し、杉浦薫は大きく溜息を吐き出した。
「はぁ、謝らなくていいよ。それにしても、昔から変わってないね。光太って。イヤなことすぐ忘れちゃうとこ、マネしたいな」
「おいおい、何だよ。照れるだろ」
恥ずかしそうに頭を掻く光太を見て、薫は優しく微笑んだ。その間に読み込み画面が終わりを迎える。
「あっ、そろそろ始まりそうだね。ふふ、望むところだよ」
薫の宣戦布告と共に、二人は懐かしのサッカーゲームを開始した。画面には青空の下で走り回るキャラクターたちが映し出され、それぞれ操作しながら戦略を巡らせた。試合が始まると次第に真剣になり、「右だ!」「ああ、そこでパスしないで!」など互いに声援や非難混じりの叫び合いになる。
「おい薫、その動きは反則だろう!」
「何言ってるの光太! これも戦術なの!」
そのやり取りを見る限りでは、二人とも本当に楽しく過ごしていて男女差など忘れているようだった。
試合展開は、お互いのゴールに次々とボールをシュートしていくシーソーゲーム。前半戦が終わった頃には、6対6になっており、どちらが勝ってもおかしくない状況だ。
「やっぱり、サッカーって楽しいね。病気の所為でサッカーができなくなったけど、このゲームやってたら、光太とサッカーしてた日のことが思い出せそう」
後半戦が始まった直後、薫は悲しそうな表情で呟いた。その隣で光太は元気よく幼馴染に声をかける。
「薫、元気出せよ。薫とサッカーできないって知って、すごくショックだったけど、ゲームの世界なら、一緒にできるんだぜ」
「そうだね。ありがとう」と素直に伝えた薫は、隣からの視線を感じ取った。疑問に思いながら、顔を上げると光太がジッと見つめている。
「薫、お前……」
「えっ」と薫は目を丸くした。
(まさか、私が女の子だってバレた?)
心の中で呟くと同時に、心臓がドキドキと脈打つ。だが、次の瞬間、薫が耳にしたのは、光太のこんな言葉だった。
「昔より強くなってない?」
薫は驚いたように首を振る。
「そ、そんなこと無いよ! 普通だって!」
(良かった。バレたわけじゃかったんだ)
ホッと胸を撫で下ろし、気分を落ち着かせるため、深く深呼吸する。その間に薫の端末が振動した。まさかと思い、画面を覗き込むと、光太のチームがゴールしたことが分かる。
「光太、ズルい!」
「隙だらけなお前が悪い。これで1点差だ!」
光太が白い歯を見せ、笑う。その隣で薫は拳を握りしめる。
「まだ終わりじゃない。これから巻き返すから、覚悟しなさい!」
「おお、受けて立つぜ!」
男友達のようなやり取りを繰り返す光太と薫。この関係がずっと続けばいいと思いながら、薫は純粋にサッカーゲームを楽しんだ。
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