第2章 サッカーをしよう
第5話 杉浦薫と朝練
翌日。いつもより早く登校した杉浦薫は校庭の近くのベンチに腰かけた。目の前のグラウンドでは、サッカー部の部員たちが朝練をしている。その中には、幼馴染の天野光太の姿もあった。
天野光太がシュートを決めた瞬間を眺めながら、杉浦薫は小さくため息をついた。もし自分が本当のことを伝えたとしたら、光太はどんな反応をするのだろうと考えずにはいられない。今の関係性が変わってしまうかもしれないと思うと怖くなる。それと同時に期待もしてしまうのだ。異性として認識してもらえれば、彼女になれるかもしれないと。
「あーあ」と嘆息する薫は空を仰ぎ見る。雲一つない晴天だが気持ちの整理がつかない。
「何やってんのよ」と呟く杉浦薫の背中に衝撃が走る。驚いて振り返るとそこに立っていたのは佐藤凛だった。
「おはよう! 昨日はありがとう。楽しかったよ~」と言いながら抱き着いてくる佐藤凛を引き剥がすために必死にもがく。
「ちょっと、離れて!」
「なんでそんな事言うのぉ〜」
「だって暑苦しいもの」
「ひどいなぁ」と言いながら佐藤凛は薫の隣に座る。右隣にいる彼女を見て、薫は再び深いため息をつくのだった。
「ところでさぁ。あのメッセージ、本当に送信してないよね?」
「大丈夫だって。約束通りにちゃんと消去済み。ほら!」と言ってスマホ画面を見せられた薫は安堵するように大きく深呼吸した。
「よかったぁ」
「そんなに心配しなくても平気だって」
「それなら良いんだけど……」
「それよりさぁ。さっきからずっと見てるけど、やっぱり気になるんでしょ?」
薫の隣で、凛はかわいらしく首を傾げながら、サッカーをしている男子たちに視線を向けた。
「小さい頃からよく見てたから。光太がサッカーするとこ。同じチームで、一番近くでカッコよくゴール決めるとこもね。でも、今の私は光太の隣にいられない。こうやって、ベンチに座って光太がサッカーするとこを見てることしかできないんだ」
悲しそうな表情の薫の頭を凛が優しく撫でた。
「大丈夫だよぅ。それでも好きなんだからさ」
「うん……って、違うから。私と光太は……」
慌てた薫を見て、凛が優しく微笑む。
「アレ、そういうことでしょ?」
異性として意識してほしい。昨日、凛に漏らした本音を思い出した薫の顔が真っ赤に染まる。
「恥ずかしがってる顔、かわいいね。好きだよ」追い打ちをかけるように、凛が薫の耳元で囁く。
(この子、何を考えてるの?)と薫は警戒心を強めた。佐藤凛は杉浦薫が女の子であることを知っている。にも関わらず、彼女のように振る舞っているのだ。
(この子の目的は何? ホントに信じていいの?)
いくつもの疑問が杉浦薫の頭に浮かぶ。その一方で、佐藤凛は薫が考えていることなどお構いなしといった感じだ。
「サッカー部のみんなって元気だね。朝からミニゲームなんてさ」
「そうだね」と同意した薫は、顔を前に向けた。その視線の先では、部員たちが汗を流しながら、サッカーボールを奪い合っている。その様子をベンチに座りながら、ふたりは眺めていた。
ドリブルをしながら敵チームのゴールを目指す天野光太は息を呑んだ。ディフェンダーの後輩、宮根が迫っているが、それよりも先に、右方に見えた仲間の黒崎にパスすれば、ゴールに近づくはず。
視界の端で薫や凛の姿がチラつきながらも、光太は、「ふぅ」と息を吐き出し、体を右に飛ばす。そのまま、左足で仲間の元へボールを飛ばす。
だが、そこに敵チームの佐藤優輝が立ち塞がった。
「下手くそなフェイントだ」
そう語った優輝が、ボールを奪い、前方にそれを飛ばす。敵チームの手に渡ったボールは、光太が所属するチームのゴールへ進撃を開始する。
悔しそうに唇を噛む、光太は再びボールを奪取するため、敵チームのオフェンスを追いかけた。
「あぁ、残念。天野さん、ボール取られちゃった♪」
ベンチに座り、ミニゲームを眺めていた凛が呟く。その隣で薫は頭を抱えた。
「ホント、何やってんだろう。光太、私が知らない間に弱くなっちゃったのかな?」
「そんなことないよ。去年の夏の大会、応援に行ったけど、天野さん、すごく活躍してたから。一瞬の判断力がスゴクて、適格にボールをパスしてた。今日のように判断をミスする場面なんて、一度もなかった」
記憶を手繰り寄せながら、語る凛の隣で薫は納得の表情を浮かべた。
「ふーん。そうなんだ……って、凛さん。去年の大会、応援に行ってたの?」と驚く薫に凛は淡々と答えた。
「去年の夏は、サッカー部の先輩と付き合ってたから。まあ、その人は、卒業しちゃったからここにはいないんだけどね」
「そう……なんだ」と薫は目をパチクリと動かす。その間にも、ミニゲームは続くが、天野光太は活躍しなかった。
そして、ミニゲームが終了した直後、少年が杉浦薫の元へ駆け寄った。
「おい、薫!」と声をかけてきたのは、練習着姿の天野光太だ。額から垂れる汗を、肩にかけたスポーツタオルで拭き取った光太は、杉浦薫に視線をぶつける。
「薫、お前、どういうつもりだ?」
「どういうって?」と惚ける薫に光太が怒りを露わにした。
「サッカー部の朝練の様子を見ながら、凛さんとイチャイチャしやがって。なんか、集中できねぇんだよ。そういうのは、他所でやってくれ!」
「イチャイチャなんかしてないから。私は、久しぶりに光太がサッカーしてるとこを見たかっただけだよ」
ハッキリと弁明する薫の隣で凛も首を縦に動かした。
「そうだよー。背後から抱きしめたり、笑顔で頭を撫でたりねぇ。そういうことしかしてないよ~」
「それをイチャイチャって言うんだ。薫のバカ野郎!」
荒く鼻息を吐き出した光太がグラウンドへ向けて駆け出す。その後ろ姿を薫は黙って見つめることしかできなかった。
「もう、凛さんが彼女みたいに振る舞うから、誤解されちゃったじゃない!」
「ん? こういうの普通だと思うけどぉ。あっ、そろそろ教室に行こう。遅刻しちゃう」
そう言って歩き始めた凛の後を追うように薫も立ち上がり、急いで校舎に向かった。
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