第25話 ハッピーエンドを信じて
窓から朝日が差し込んだ。窓を大きく開けて空を見上げれば、広く青い、雲のない空が広がっている。ユーが旅立つ日にふさわしい天気だ。なんだかこの天気がユーの今後の運命を表しているように思えて、僕の心は晴れやかになる。
「ユーの門出に相応しい天気ですね」
いつの間にか、僕の隣で同じように空を見上げていた係長に声を掛けた。
「そうだね。それに、アズマ君の初めての観測を締めくくるのにも相応しい天気だ。初めてにしては、よく頑張ったね」
係長は嬉しそうにほほ笑んだ。
僕は改めてこの旅を振り返る。初めてこの世界に降り立ち、見た景色。アルタ姉さんの優しさ。リアスとヴェルスとの初めての戦闘。小屋で見せてもらった錬金術。RPGでもよく登場するような、この街。そして、そんな街で出会った勇者、ユー。それから作戦を改めて立て直したこと。ヴェスティの拠点での探索。そして、昨日のユーとの対話。
やることがたくさんあったからとはいえ、あっという間だったな。もちろん、これには僕が死んでからの日々も含まれている。
あの日。船に揺られ、異世界トリップでもしてしまったんじゃないかと思っていたあの日。まさか自分が「そっち側」になるとは思っていなかった。自身が知っている作品の世界に行けるとは思っていなかった。ヴェスティが書いた手紙を読むことになるとは思わなかった。自身が、真なるエンディングのキーパーソンを担うことになるとは思っていなかった。
こんなに頑張ったんだ。少しくらい自分を誇っても罰は当たらないだろう。
「朝食をお持ちいたしました!」
ノックとともに現れた朝食。前のようにみんなで分け合った。食べ終わった僕達は、老紳士にお金を払って外へ出る。老紳士は余程係長のことを気に入っていたみたいで、名残惜しそうにしていたけれど。
街は、あの衛兵が言っていたように盛り上がっていた。路地まで人であふれていて、リアスとヴェルスを銃から人間態に戻すのは難しそうだ。かろうじて、銃から鷲の姿になってもらうことはできたけど。
〈別に銃のままでも良かったんだが。爪、痛くないか?〉
ヴェルスの心配そうな声が聞こえる。肩にリアス、帽子の上にヴェルスと少々重いが、なんとか大丈夫そうだ。それに、もっと大切なことがあるし。
〈それよりも、ユーの雄姿は直接見届けて欲しくてね。これが最後なんだから。ユーは存在しないはずだったキャラクターだから、今後この作品を「観測」することがあっても出会えない気がするし〉
リアスはその言葉に嬉しさを感じたのか、瞳を閉じて軽く体をゆすった。
それにしても、本当に人が多いな。ただ、誰も勇者の話はしていない。本当にこれはただの定期的に開催される、騒げる機会でしかないんだろうな。なんだか、ユーを応援しているのが僕達だけみたいじゃないか。まぁ、そんな逆境を乗り越えるところも王道的な勇者らしいと言えば、勇者らしいのだが。
しばらくあたりを散策していれば、トランペットの音が響き渡った。おそらく、ユーの壮行パレードが始まるのだろう。僕達は大通りの方へと足を進めた。みんな屋台の方がメインなのか、あまり大通りに人が集まっていないように感じる。
通りの向こうからユーの姿が見えた。彼が乗っているのは馬車ではなく、馬そのもの。その後ろで大男が荷物を乗せた馬を引いている。なんとも質素なパレードなのだろう。もう、パレードなんて名ばかりで見送りでしかないのかもしれない。
ユーが僕に気づき、大きく手を振った。
「ユー、信じてるから!」
僕も大きく手を振り返した。周りからは少し不思議そうな目で見られるが構わない。僕は勇者の友人。何も違和感はないだろうから。
「ユーお兄ちゃん!頑張って!!」
とたんに響き渡る子供達の声。ユーが目を見開いているのが見えた。そして、嬉しそうに手を振る。
「ありがとう!お兄ちゃんに任せて」
そうか。彼の地元のみんなも見送りに来ていたのか。子供の声を皮切りにして、周辺の大人たちも次々に彼を祝福した。あぁ、ユーは本当に愛されているんだな。まるで家族のように。
やがてユー達は門を出て、完全に見えなくなってしまった。
「行ってしまいましたね、係長」
「うん。でも、寂しがっている場合じゃないよ。俺達もここを離れないとね」
数日しか過ごしていないこの街だけど、少し名残惜しい。僕達は先程ユー達が出ていった門へと向かった。そこにいたのは相変わらずあの衛兵。彼にもお世話になったな。
「おや、今日帰られるのですね!またの起こしをお待ちしております」
「また」なんてきっとないけれど、「また」と言って僕達は門を出た。このだだっ広い草原も懐かしい。
「よし、事務所に戻るよ」
門から少し離れ、人目の付かないところまで来たとき、係長は小さなカギを取り出した。なんだか情報端末から出したような気がするが、気のせいだろうか……。
「これは天上世界へ帰るためのカギ。情報端末にはアプリが入ってるからそれを起動するだけ。そしたらこの鍵が具現化される。それで……」
係長はそう言って空気にカギを差し込むような動きをする。すると、目の前にこっちに来た時に使ったのと同じ扉が現れた。
「これで帰れるから。覚えておいてね」
係長は、僕に扉を開けろとでも言うように、僕の両肩を掴んで、扉の前に立たせてきた。僕はドアノブに手を掛ける。
さようなら、この世界。
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