第5話 旅立ちの前支度

「さ、魔法の披露はこれでおしまい。じゃあ、観測会議を始めるよ」


 係長がパンッと軽く手を叩き、この空気を切り替えさせる。係長は話の話題を変えることでしか場の空気を変えることが出来ないみたいだ。だからと言って僕にそれ以外の方法で空気を変えることが出来るかと言うと、難しいところだ。


「まずは、アズマが考えた作戦について確認していくわね」


 僕が考えた作戦、それはヴェスティ以前の魔王の罠とヴェスティが設置した罠を把握し、事前に対処したり、件の勇者を助けたりするというものだ。僕達は「他国から訪れ、魔王を研究していたヴェスティを追う歴史家」として、立ち回ることになる。係長が教授で、アルタ姉さんが助手、残りの僕達は学生だ。


 原作では、ヴェスティが張った罠については全て述べられているため、そこについて調べる必要はない。そして、その多くは使い切りで今は使えないものも多い。よって、僕達が調べなけばいけないのは作中でその多くが割愛されていたヴェスティ以前の魔王が仕掛けた不滅の罠である。


 不滅の罠は、魔物と違い破壊されたときに発生するエネルギーはその罠を再構成するために使われ、それを製作した魔王の死後も残り続ける。とてつもなく厄介な存在ではあるが、一度壊してしまえば再構成に時間がかかるというのが弱点である。


 そのため、僕達はヴェスティが過去に使っていた研究室へ出向く必要がある。漫画内の描写から、彼は資料の内容が全て頭の中に入っていたため、片付けなどせずにほぼ身一つで魔王城へ乗り込んでいることが分かる。つまり、研究室が取り壊されていない限り、資料が中に残っているはずなのである。


「まずは、ヴェスティの過去の研究室を探すためにも一度街へ出向く必要がありそうですね。彼の死後からだいぶ経っていますし、街の様子が変わっているはずですから、地図を買った方がいい気がします」


 係長が嬉しそうに頷いた。


「うんうん、それに件の勇者が現在何をしているのかも気になるから一度街に行こうか。ただ、僕達は彼の見た目を知っているわけではないから、街の人にも取材しないとね」


 しかし、今すぐには小屋を出ないようだ。


「そろそろ夕方だ。夜の森は暗いから、今は何も行動しないのが身のためだ」


「私達『相棒』は多少夜目が効きますけど、アズマさんとミストさんは危ないですから」


 成程。最もだ。そもそも僕も暗い森の中を歩きたくなかったので、ありがたい。


「俺達天上世界の住人は睡眠も飲食も必要としないからこの待ち時間が一番の地獄なんだけどね……」


「やけにお腹が空かないと思ったらそういうことだったんですね……。てっきり歓迎会の食べ物が物凄く腹持ちがいいものだったかもと思っていました」


「俺達にとって飲食は娯楽みたいなものかな。飲食の開発を担当する部署があるからそこの試食をすることも結構あるけどね」


 そういえば、歓迎会で食べたお菓子も地上世界では見たことも聞いたこともない一風変わったものだった気がしてきた。たぶんあれは地上世界でも流行りそうだ。


「せっかくだし、俺達の体についても色々とレクチャーでもしようかな」


 そう言って、係長は僕にこの体の特異性について教えてもらった。その多くは、僕達のように戦闘を必要とする部署にしか関係のないものであったが。


 まず、第一に僕達の体は物理攻撃のみに弱い。薬や毒への耐性は非常に高いし、魔法であれば体に触れる直前に無効化されてしまうという。しかし、物理攻撃はそういう訳にはいかない。深く刺されたのに死ななければ目立ってしまうし、いざという時に死ぬ方法が必要とのこと。


 そして、第二に僕達がフィクション世界で死んだとしても、天上世界でよみがえることが出来る。僕達の魂はデータのようなものであり、天上世界の肉体は仮の器のようなものなんだとか。それを利用したのがあのエレベーターで、肉体から魂を取り出し、転移先で新しく生成された肉体に魂が入れられるという。


 係長からのレクチャーの後は指輪から画面を映し、漫画を再読したり、メモを確認したりしながら過ごした。


 朝焼けが空を染める。観測再開だ。

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