第14話 戦いの始まり

「ひどい……こんなのひどすぎるよ……」


 次の日。俺が昼休憩から教室に戻ると、そんな声が聞こえた。


 聞いたことあるが、名前は知らない奴の声だな。何かトラブルだろうか?


「私をこんな目に遭わせて、何がしたいの? 西原さん!」


 西原?


 絵麻が何かやったのか?


 いや、絵麻に限って理由もなく人を傷つけるはずはない。なら、なんだ?


 急いで人だかりを掻き分けると、牛乳で髪がびしょ濡れになった女子がいた。


 こいつは確か、俺が河田に絡まれたとき、後ろで一条と笑ってた女子か。


「ち、違う! 私はなにもしてない! 葛西さんが自分で牛乳を被っただけ!」


 絵麻に濡れ衣を着せようとしているのは明白だ。だが。


「言い逃れできる状況かよ!」

「葛西さん、可哀想」

「西原さんがこんなことするなんて思わなかった!」


 皆口々に絵麻を責め立てる。


 俺は現場を見ていないが、絵麻がそんなことをするはずないことは分かる。


「え……どういうこと……皆、見てたでしょ! なんで嘘つくの!」


 絵馬の悲痛な叫びが響く。俺はすかさず四天王寺さんに目配せした。


 遠巻きに見ていた四天王寺さんは、俺の意図を汲んでくれたらしく、一目散に教室を出て行った。


「なぁ、皆。証拠はあるのか?」


 俺ができる限り穏やかに問うと、野次馬たちは烈火のごとく怒り始めた。


「証拠って、普段から動画なんて撮ってるわけないだろ!」

「幼馴染みだからって贔屓する気か!」


 くそ。何を言っても通じそうにない。


「おい! 聞いたぞ西原! 今すぐ葛西に謝れ!」


 すると、加藤先生が割って入ってきた。確かこいつは、脳筋の熱血系体育教師だったな。担任ではないが、騒ぎを聞き付けて来たのだろう。面倒なことになった。


「違います! 言いがかりです! 私は何もしてません!」


 絵麻は毅然と言い返す。


「口答えするな! だったら葛西は自分でこんな真似をしたっていうのか!」


 加藤先生は絵麻に顔を近づけ、睨み付ける。だが、絵麻の方も一歩も引かない。


「とにかく! 私は何もしてません!」


 絵麻は、涙目になりながらも顔を背けなかった。


「まぁ先生。西原さんの話も聞いてやってくださいよ」

「うるさいな。今俺は怒ってるんだよ。邪魔するな!」


 加藤先生、いや加藤は、俺の手を振り払って押し退けた。


 こいつ。


 低能のくせに生意気だな。


 やるか。


 殴ってしまうか? 


 ここで教師に暴力を振るっておけば、絵麻のことなど有耶無耶になる。


 やるべきときなのか?


「加藤先生。落ち着きましょう」


 頭に血が上りかけた俺がハッとしたのは、そんな穏やかな声が聞こえたときだった。


 この学園の理事長、四天王寺閑厳が、そこに立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る