第18話 キャバ嬢、心が駆け出してしまう。

 どうやら眠っていたらしい。

 気が付いたときは照明が最低限まで落ちた部屋のベッドの中だった。

 上体を起こすと。


「起きたみたいだね」


 すぐ横からヴァイオリンを思わせる声。


「みっ……!」


 なんでパジャマ姿の源社長が隣に?


「君を寝かせようにもベッドが一つしかなくてね。でも僕も眠たかったし」


 広さは足りてるから問題ないだろう、と続ける源社長に微妙に常識が足りないのはわかった。


「ソファにでも転がしておいてくれればよかったのに」

「女の子にそんな真似できないよ」


 恋人でもない女の子と一緒のベッドで眠る方がよほど問題だと思うんですけどね。


「あの男の身元は調べたよ。君が望むなら警察に届けよう」


 仕事が早いですね。


「面倒だからいいです。それに、アタシの職業を考えると警察も真剣には取り合ってくれなさそうだし」


 この間、ニュースでリベンジポルノの罪で誤認逮捕された人が「説明したらきっとわかってくれると信じていたが、はなからこちらを犯人と決めつけていた」と警察への不信感をあらわにしていた。


 そう、奴らは「決めつけ」をしてくる上に「権力」があるのだ。

 正しく力を行使してくれるのならば問題はないが、アタシもあまり信用していない。


 母が万引きを疑われたときに「これだから貧乏人は」みたいな対応された恨み忘れてないからな。


「キャバ嬢だからねぇ。まあ、君がそう言うなら。ああ、でも明日は念のために僕の主治医に診てもらうこと」


「はぁい」


 アタシはくすりと笑ってしまう。


「あんな目に遭ったのになにがおかしいのかな?」

「源社長がスパダリすぎて」

「スパダリ? 僕と柴乃は単なる師弟関係でしょう」


 ズキンと胸が痛む。

 なんだかさっきからアタシは変だ。

 なんかしゃべろう。


「あの男ね、アタシが『真実の愛をくれるか』って言ったら、軽く『うんうん。あげるあげる』って答えたんですよ。本当に腹が立つ」


 眠ったおかげか明瞭になった視界に、薄闇の中で源社長の白い顔の輪郭が浮かび上がる。


「真実の愛、欲しかったのかい? 金の力に負けるのに」

「どうなんでしょうね」


 アタシにもわからない。

 なんであんなこと言ったんだろう。


「やめておきなさい」

「源社長?」


 彼はまたアタシの頭を撫でた。

 今度はなんだか悲しい感じがする。


「真実の愛は、儚い。苦しむ柴乃を見たくないよ」


 その言葉は、アタシの胸に火を灯した。

 儚い、苦しむ。


 そんなマイナスの言葉より、アタシを苦しませたくないという「真心」にハートを射られてしまったのだ。


 アタシは「真実の愛」を求める心の旅に駆けだしてしまう。


 皮肉にも、制止の言葉が引き金となって。

 源社長には悪いけれど、アタシ自身にもどうしようもなかった。

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