ユビキタス移動学園

化野生姜

1Day

「不死とネズミと感染症」

(…まあまあ)


 今日も学園がくえん平穏平和へいおんへいわ


 今日はちょっぴり早起きで。

 りょう敷地内しきちないでお散歩さんぽ


 外は、とっても過ごしやすいお天気。


 うおおん。

 うぐあああ。


 天井にはたくさんのゾンビたち。


『外で病気が蔓延まんえんしています』


 校内から流れる学園長がくえんちょうの放送。


生徒せいとはバリアーの外へ出ないでください』


(…あらあら、まあまあ)


 思わずほほに手を当て。

 今日はり付くゾンビをながめる日。



 陽日ようび菜乃花なのかは逃げていた。


 ショッピングモールの屋上。

 踏み抜かれた庭園ていえん


 動くしかばねした大量たいりょうの人々。

 

 ――【ゾンビ】。


 空想くうそう産物さんぶつであった存在は。

 今や現実のものとなっていた。


(…生きている人はいないの?)


 病気が蔓延まんえんしてから、一週間。

 早朝の家から飛び出したのも一週間前。


 高校の制服せいふくは着たきりスズメ。


 ボロボロとなった制服で。

 泣きじゃくりながら彼女は走る。


だれか、誰か助けて――!)


 ギャ、キャキャキャ…!


(!)


 現れたのは一台のジープ。


 若い男性が乗っており。

 菜乃花の前でまり、手をのばす。


「大丈夫か。乗り込め!」


(生きた…人?)


 一週間ぶりの生者せいじゃの姿。


 一瞬いっしゅんまぼろしかと戸惑とまどうも。

 思い切って、男性の手を取る。


「お願いします!」


 乗り込んだジープはいきおいよく発進はっしんし。

 ゾンビをけながら、屋上庭園を進む。


「良かった。駐車場ちゅうしゃじょうに車が捨てられていたから」


「お、お名前…は?」


 一週間ぶりの会話。

 うまく言葉がはっせない菜乃花。


 男性は「リンネ」と短く答えた。


「キミを学園に保護ほごしにきた」


「学園?学園って…避難場所ひなんばしょですか?」


(学園名の高校なんて、この辺りにあったっけ?)


 いぶかしく思っていると。

「学長からのめいでね――」と、リンネは続ける。


「キミは特別とくべつ能力のうりょくを持っている。入学にあたいするという話でね」


「…あの。避難先ひなんさきの話ですよね?」

 

 困惑こんわくする菜乃花に。

「見えてくるぞ、つかまれ!」と、リンネ。


「もうすぐ合流ごうりゅうポイントだ」


「ポイント?屋上のはしっこなんですけど――」


 ガクンと来る振動しんどう

 こわれたさくから、車はちゅうう。


「お、落ち――!!」


 ついで、建物の下から何かが生えた。


(…!)


 巨大なガラスりの建物。

 空中回廊くうちゅうかいろうや円形の講義室こうぎしつ


 学舎まなびやの建物にふさわしい外観がいかんの。

 近代的きんだいてき建造物けんぞうぶつ


 外側をおおう。

 ガラスのような円形のドーム。

 

 そこにはびっしりとゾンビが張り付き――


「あの中に入る」


うそでしょ!?」


 パニックになる菜乃花。

 そこに『大丈夫よ』とかかる声。


『空間のスキマをって移動しているの』


 見ると肩には。

 

 ヘッドフォンを付けた。

 一匹のジャンガリアンハムスター。


『ゾンビは…まあ、道中どうちゅうひろっちゃったのね』


「は、ハムちゃん!?」


『私はララット。それより問題は、運転手の彼よ』


 ジャンガリアンは。

 そう言って運転席を見る。


「あ、まズイ、ナァ…」


 気づけば。

 リンネの顔が見るまにくずれていく。


『あーあ、感染かんせんしちゃった』とララット。


『整った顔が台無だいなしね』


「嘘でしょおおおお!」


 ギャ、キャキャキャ…!


 不幸中のさいわい。


 ゾンビをけるかのように。

 ジープはバリアをける。


 だれ怪我けがなく落下したジープ。


 …そう。ある一人をのぞいては。


「やだ、ヤダヤダ!」


 座席の上であせる菜乃花。


 そんな運転席からは。

 リンネであったゾンビが立ち上がり…

 

『ングァ…!?』


 瞬間、巨大な投網とあみが彼をつつみこみ。

 校舎こうしゃから防護服姿ぼうごふくすがたの人がやって来た。


大丈夫だいじょうぶかい?」


 声には、どうにも聞き覚え。


「え。リンネ…さん?」


 思わず声を上げる菜乃花。


 そこに「先生がいいかな?」と。

 防護服はヘルメットを取って顔を出す。


 そこにあるのは。

 網の中身ゾンビ瓜二うりふたつの顔。


「これからキミの担任たんにんになる人間だからね」


「担…任?」


『ここ、ユビキタス移動学園いどうがくえんの先生なのよ。彼は』


 いつの間にやら。

 菜乃花からリンネの肩に移ったハムスター。


『ちなみに私は。保健師ほけんしけん生物学担当せいぶつがくたんとうよ』


 そう言って、リンネの肩に。

 小さな注射針ちゅうしゃばりをプツリとす。


『彼女の抗体こうたい解析かいせきが終わったわ。これでゾンビにならない』


「…抗体?」


「そう、キミは強い抗体を持っている」


 いだ防護服とララットを手に持ち。

 瓜二つのゾンビがいる網へとリンネは近づく。


「あらゆる世界の病を治せるほどに」


 ハムスターが注射をすると。 

 ゾンビは元の人の姿へと戻る。


「すごい才能だよ。ボクの【不死ふし】より、ずっと」


「【不死】?」


『リンネはね。亡くなると別の肉体があらわれるの』


 ララットの言葉。


 同時に網の中ではじける音がして。


 人のいなくなったところから。

 リンネが何かをひろう。


「これがボクのもとだ」


 手にあったのは赤い球体きゅうたいの宝石。


「家に伝わる秘薬ひやくだ。飲むと一人ストックできる」


『時間と空間の魔術まじゅつでしたっけ?』とララット。


「ああ。十個まで、だけど」


『…これで、現地げんちへの特攻隊長とっこうたいちょうだから』


 ため息をつくララットに。

体感たいかんしないと調査できないからね」とリンネ。


「逆に、そっちが感染しなくてよかったよ」


体質的たいしつてきな【変身系へんしんけい】ですけどね』と、ララット。


安全あんぜんたもちながらの生理学的調査せいりがくてきちょうさは得意なので』


(ヤバい、頭に話が入ってこない…)


 逃げなくて良いという安堵感あんどかんからか。

 これまでの疲れか。


 緊張きんちょうが切れて。

 菜乃花のまぶたが降りてくる。

 

(でも、居心地いごこちは悪くない…何でかな?)

 

 ジープの椅子いすにもたれかかり。

 がっくりと頭を落ちていく。


 そんな菜乃花が最後に見た光景。


 それは校舎の二階から。

 自分を見下ろす、一人の女性。

 

 星型ほしがたの泣きぼくろが目立つ。


 菜乃花を優しく見つめる。

 和装わそうの女性であった――

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