第100話 おれにできること
「病院は……やっぱりダメだろうなぁ……」
おれは仕事の休憩中、ネットで日本の医療や保険について調べて嘆息していた。
アルフィーレをもう奴隷扱いさせない。なんて息巻いてみたけれど、おれには根本的な解決は難しいということが分かってしまった。
異世界において、奴隷は登録制だそうだ。解放された奴隷の記録はない。主が解放したくても、登録簿から削除できる法律がないのだ。
一番の問題は、奴隷の証だ。
一般的な奴隷には焼印。土地の記号と番号が刻まれ、一生消えない。
アルフィーレには焼印はない。エルフなどの希少な奴隷は、その価値を毀損しないために、魔石を飲み込ませている。
その魔石は当人の魔力で稼働し、胃や腸に固着。固有の魔力波形で登録情報を外部に提示し続ける。おれにはまったく分からないが、魔力探知をすれば、魔法をほんの少し習った程度の者でもすぐ読み取れるのだそうだ。
魔石を排出させる方法は、少なくとも異世界には無い。奴隷の解放は想定されていないのだから、検討する者すらいなかったのだろう。
登録簿はともかくにしても、この奴隷の証をどうにかしないことには、アルフィーレはいつどこで奴隷扱いされるか分かったものじゃない。
異世界でダメなら、日本ではどうだ……と調べてたのだけれど……。
やっぱダメそうかなぁ。
初めは下剤かなんかで排出できないかと考えたが、その程度で排出できるようなものなら、アルフィーレが奴隷として生き続けた100年以上の間に、とっくに排出できているだろう。
では手術か? 開腹手術とか? あるいは大腸癌の治療に使われるような、器具を装備したスコープを挿入して切除する方法なんかは使えないだろうか?
これはイケるのでは? と一瞬思ったのだが、どうやって説明して手術してもらえばいい?
健康にまったく害がないのだ。医者が手術の必要性を認めてくれるわけがない。「異世界で奴隷されている証なんです、解放のために摘出が必要なんです」と説明したところで、おれが頭の病院に連れて行かれるだけだ。
それに日本国籍どころか、この世界のどこにも籍のないアルフィーレだ。保険証なんてあるわけない。仮に手術まで漕ぎ着けられたとしても、10割負担では費用を払いきれない。
もし仮に、ブラックジャック先生みたいな天才無免許医と巡り合うことができたとしても、やっぱり払えるような手術代ではないだろう。
加えて、エルフの体内が、おれたちとまったく同じだという保証もない。下手をしたら命に関わる。
こうなってはお手上げだ……。
なんとかしてあげたいのに、おれにはまったくなにもできそうにない。
お陰で仕事にもろくに手がつかない。一応、最低限はこなしてはいるけれど、効率的とは言い難いし、部下のみんなにも負担をかけてしまっている。
うう、まずいなぁ……。ダメダメだぁ。
所詮おれなんてこの程度なんだよぉ……。
とかマイナス思考に陥ってしまうけれど、それでもなんとかできないか考えてしまう。そしてできないと改めて思い知らされて、また落ち込む。負のスパイラルだ。
そんなおれを見かねたのか、ある日の帰り際、村川さんが声をかけてきた。
「田中さん、デートしましょう」
「……ごめん。そんな気分になれなくて……」
「だとしても来てくださいっ! 言いたいことあるんですから!」
そうして連れてこられたのは、デートというにはあまり色気のないファミレスだった。
食事の後、ドリンクバーのコーヒーを飲んでいるところで村川さんは本題を切り出してきた。
「田中さん、私たち、もう付き合ってるってことでいいんですよね?」
「え……っと、そうなの……かな?」
「私は田中さんが好きで、田中さんも私を好きって言ってくれましたし……私的には、もう彼女のつもりなんですけど……」
「そ、そっか……。そうだよね。よ、よろしくお願いします……」
人生初彼女だ。
嬉しいはずなのに、今はやっぱりそういう気持ちになれない。
「だから……アルフィーレちゃんのこと、どうにかしなきゃって考えてるのは分かりますけど……。私には全然構ってくれないのは寂しいですよ……?」
「それは……本当にごめん」
ああもう、おれは本当に甲斐性無しだなぁ! アルフィーレのことも、目の前の村川さんのことも、ちゃんとできないなんて!
ふたりとも、なんでこんなおれなんかを好きになっちゃったんだよ……。
村川さんはやがて、苦笑混じりのため息をついた。
「田中さん、きっと真面目に考えすぎなんです。どうにもできないっていうのは聞きましたけど、だったらそこは今は置いておいて、他の……田中さんにできることを考えればいいんじゃないですか?」
「おれにできること?」
「だって田中さん、領主様じゃないですか。国の制度や法律はどうにもできなくても、領地の中では最大権力者なんですよ? 結婚はしてあげられなくても、でも逆に結婚以外なら、なんだってしてあげられるんじゃないんですか?」
「してあげられること……」
「例えば……私なんかなら、毎日好きだ愛してるって言ってくれるだけでも嬉しいですし……別れ際にキスとか、してくれたら……って、なんちゃって! なんちゃって! しろって意味じゃないですよ、ただの憧れですよ!?」
赤面しつつ両手をバタバタ暴れさせる村川さんだ。可愛いなぁ。
「あと……これも憧れですけど……アイマス曲の歌詞にもありますけど……『これ俺の
う~ん、「これ俺の
確かに憧れる。おれもいつか格好良く決めてみたい。いや、おれには似合わないセリフだけどさ。
わざわざ周囲に言わなきゃならない状況なんて滅多にないだろうし。それこそ他の男に絡まれてるときみたいな……。
いや、待てよ?
絡まれるといえば、マルベール子爵との一件が思い出される。
奴隷だからと酷い言葉を浴びせられて、おれはそれに毅然と反論したつもりだけど、そもそもの酷い言葉や扱いを禁止しちゃえばいいんじゃないか?
だっておれ、領主様だもん。領内における決まり事は、おれが決めていいはずだ。
奴隷を奴隷扱いすることを禁ずる。それだけでも、アルフィーレの気持ちは楽になるはずだ。
それにそれに、マルベール子爵はアルフィーレが魔法を使えないと確信するまでは、奴隷だなんて気づきもしなかった。もしあそこでアルフィーレが魔法を使えていたら、最後まで気付かないままだったろう。
だったらアルフィーレには、魔法の勉強をしてもらって、周囲が持つイメージに相応しいエルフになってもらえばいい。
そうしてる間に、奴隷の証である魔石を排出する方法も見つかるかもしれない。
そして排出できたならしめたものだ。登録簿があろうがなかろうが、もうアルフィーレが奴隷だと証明するものはない。結婚したところで、咎められる根拠はなくなるはずだ!
よし……やれる! おれはやれるぞ! 希望が見えてきた!
「ありがとう、村川さん! 確かにやれそうなことがあったよ! おれ、やってみる!」
「わっ、急に元気になりましたね。良かったですけど」
「うん、やっぱりひとりで考えててもダメだね。誰かと話してこそ、考えが開けるのかな? あははっ、村川さんはやっぱり頼りになるなぁ! ありがとう!」
「そ、そうですか? 役に立てたなら良かったですけどー……」
村川さんは照れ気味に、髪をいじり、それから悪戯っ子みたいに笑む。
「だったら、ご褒美とかもらってもいいです?」
「うん、もちろん! ここ奢っちゃうよ。お高いデザート付けてもいいよ!」
「そういうんじゃなくて……あの、こ、こういうので」
村川さんはそっと首を上げて、目を瞑った。なにかを待ってる。
というか、これ、あれか? いわゆるキス待ち……!?
ええ、嘘! やるのか!? 今! ここで!
こ、これがおれのファースト
ドキドキが止まらない。おれ、本当に……村川さんにキスを……?
「…………」
おれはそっと唇を近づけ――
「……え?」
――村川さんの額にキスをした。
「田中さん……?」
意外に思ってるのか、期待外れなのか、村川さんはきょとんと目を丸くする。
おれはこれだけでも顔がめちゃくちゃ熱くなってるんだけど……!
「……今は、これが精一杯」
「それ別のシーンのセリフですよ、ルパンのおじさま」
「あはは……っ、まだ恥ずかしいんだよ。勘弁してよぉ」
「もう。しょうがない人ですねぇ~」
不服そうな言葉とは裏腹に、村川さんは笑顔で許してくれた。
う~ん、おれの彼女さん、本当にいい子だなぁ。おれには勿体ないくらいだなぁ。
そんなおれには勿体ないくらいのいい子が、異世界にもうひとり。
おれにやれることがあるって分かったし、きっとアルフィーレを喜ばせてあげられるはずだ。
よーし、気合い入れてやっちゃうぞー!
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※
次回、さっそく自分にできることを行動に移した田中。環境や待遇が分かることに戸惑うアルフィーレでしたが、改革の理由を田中から聞いたとき、喜びが溢れ出て今までにない行動を取ってしまうのでした。
『第101話 このセリアーレでは奴隷じゃない』
ご期待いただけておりましたら、ぜひ★★★評価と作品フォローいただけますようお願いいたします!
また、本作は「第1回GAウェブ小説コンテスト」にて選考中です。良い結果になるよう、祈っていただけましたら幸いです!
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