第9幕 神の強制力
レオノーラは、クラウスの幼馴染だった。
さらりとした黒髪に、琥珀色の瞳。
凛とした佇まいの中に、ときおり見せる無邪気な笑顔。
誇り高くて、少し意地っ張りで――でも、本当に愛らしい少女だった。
そんな彼女を――。
「ああ……思い出した。レオノーラ。そうだ、君がいた。ずっと、傍にいたのに……どうして、忘れていたんだ……?」
込み上げる感情とともに、一筋の涙が頬を伝った。
リリスは静かに頷いた。
「……それは、あなた様の記憶が分断されていたからです。
私の見る夢は、その断片のひとつ。
きっと他の方たちにも、“欠けた記憶”が宿っているはずです。
そして彼らは――レオノーラ様を覚えている」
クラウスは深く息を吐いた。
「……そして、彼女を忘れることは、この世界が崩れている兆し……ということか」
拳を握りしめるクラウスに、リリスはわずかに笑みを浮かべる。
「ありがとう、リリス。君のおかげで、やっと気づけたよ」
その笑みは一瞬だけで、すぐに消える。
「……気をつけてください、殿下。
“神”がどこまで干渉してくるのか、私にもわかりません。
これから先、あなた様の記憶や行動が――もっと強く、制限されるかもしれないのです」
次の瞬間、視界がぶれた。世界が一瞬、歪んだように感じた――と思った時には、リリスの姿は消え、中庭ではなく校舎の廊下に立っていた。
(これが“神”の力……本当に、現実だったのか)
「あ! 殿下、今朝はありがとうございました!」
目の前にはフィオナが立っていた。
途端に、さっきまでの出来事が、おぼろげになる。
まるで悪い夢のように、霧の中へと沈んでいく。
だが――リリスがくれた“記憶のかけら”だけは、はっきりと残っていた。
「すみません、実は玄関に行きたいのですが迷ってしまって。案内していただけませんか?」
困ったように笑うフィオナ。その顔は相変わらず可愛らしい。
――だが、なぜか警戒心が拭えない。
(……以前の“繰り返し”では、ここで自分は案内したはずだ。今回は、違う行動をとろう)
「口で説明するよ。そこをまっすぐ行って、階段を下りれば見えるはずだ」
「ありがとうございます! 行ってみます!」
そう言って駆け出すフィオナ。
その背中を見送ろうとした、その時――。
世界が、ぐにゃりと歪んだ。
気づけば、フィオナが再び、目の前に立っている。
「すみません、実は玄関に行きたいのですが迷ってしまって。案内していただけませんか?」
まったく同じ口調。
まったく同じ笑顔。
まったく同じ仕草――。
クラウスの背筋に、ぞくりとしたものが走る。
先ほどまで“愛らしい”と感じていたはずのその笑顔が、今は恐ろしいほど無機質に映る。
まるで彼女だけが、この世界の「定められた台本」を、ただひたすらに演じているかのようだった。
(……おかしい。これは、前にも……)
記憶の奥に沈んだ何かが、また姿を見せようとしている。
【Error Code:E-8714】
【異常検知:ループデータに不整合を確認】
【該当ヒロインルート:レオノーラ・ヴァレンティナ・エーデルレーヴェ】
【ステータス:破棄処理中……】
……
【進行フラグ:リセット済】
【強制起動:フィオナ・エルメロワルート】
……
バグ修復率:36%
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