第6話 シャサ・コレクション
夏休みが終わり、1ヶ月。まだクーラー使うなぁ、なんて思っていたら、次の日には長袖じゃないと外に出れなくなるような、そんな季節。俺達青春研究部は、とある議題について話し合っていた。
「文化祭でなんかやりたい!」
毎度の如くエヴァの提案で、文化祭のステージで出し物をすることになった俺達は、しかし一体何をするんだと言うことで、被服室の黒板を背に、エヴァを議長、俺を書記に、第2回青春研究部会議が行われることになったのである。
「なんかやりたいったって、別に出せるものなんもねぇじゃん。」
「でも、文化祭なんだよ?サク、体育祭で活躍しなかった分、文化祭では活躍しないと!」
「そもそもこの部活って、文化部なのか?」
「文化部だよ!…だよね?」
取り敢えずちょっと否定から入ってしまったが、エヴァが言い出したことだ。エヴァの言う「〜やりたい」は、だ基本的には、◯◯を絶対やる、という意味だ。
「やっぱ、定番はバンドじゃねぇか?それかダンスとか、演劇とか。」
「いいね、遠藤クン!バンドにダンスに演劇…と。」
「エヴァ、出来るかどうかってとこは考えてくれよ?俺楽器なんて出来ないからな。」
「うーん、そうだよね…私も楽器は弾いたことないし…誰か、楽器弾けたりしないかな…?」
「無理。やったことない。」
「俺もやったことねぇな。」
「あー、うちは一応ピアノをやってたけど、もう何年も前のことだから、今は多分弾けないかも。」
「おい、遠藤も出来ねぇのかよ。バンドって、お前が言い出したんだぞ?」
「いや、定番はこれだって挙げただけだろ?お前、俺が楽器なんて弾けるわけないってわかるだろ。」
遠藤は、運動神経がとんでもなくいいことと、多少ルックスがいいこと以外は、基本的に普通の人だ。頭が特別いいわけでも、すごい特技があるわけでもない。
「正直、別にダンスも演技も出来るとは思えねぇよ?定番で挙げてみただけで、多分みんなだってそうだろ?」
「まぁ、練習すればなんとかなるかもしれないけど、もう文化祭は再来週だからな。2週間の付け焼き刃でやる勇気は無いかもな。」
「だから、なんかないかなーって会議してるんでしょ?」
「まあそうなんだけど。」
しかし、2週間でできることなんて本当に限られている。バンドも、ダンスも、演劇も、元々そう言う特技がある人か、1年前から準備してたやつがやることで、俺たちみたいな「なんかやりたい」みたいな勢力にできるわけがないのだ。
「じゃあさ、もう思い切って言っちゃうんだけどさ」
「お!じゃあ紗沙チャン、どうぞ!」
「はい!えっと、ファッションショーやるのって、どうかな?」
ファッションショー。確かに、この部活が一番取り組んできたことは、エヴァを着せ替えることだ。まあ、やっているのは常磐さんだけだし、着ているのはエヴァだけなんだが。
「あー、いいんじゃね?常磐さんファッション好きだもんな。俺は賛成。」
遠藤がいち早く手を挙げる。俺も別に賛成なのだが、多分こいつ、この企画の本当の意味を理解してないな?
「俺も賛成かな。実際それくらいしかできることなさそうだし。エヴァは、どう?」
「うん!私も賛成!紗沙チャンのチョイス、私だけが着てて勿体ないなーって思ってたの。サクも着るんだよね?私サクの服選びたい!」
「あー、待て、俺も着んのか?」
「そうだよ。なんだ?エヴァだけだと思ってたのかよ。」
やはり遠藤は勘違いしていたようだ。
「九音ちゃんは?」
「……まあ、それが一番の落としどころかもね。賛成。」
「わあ、じゃあ、決定!青春研究部が文化祭でやるのは、ファッションショーに決定!」
会議が始まった時には、何も決まらないと思っていたが、常磐さんのファッション好きのおかげで、思ったよりもすぐに決まった。
「いやー、嬉しい。うち、エヴァちゃんだけじゃなくて、九音ちゃん、サクくん、かがりんのコーディネートもしてみたかったんだよね。」
「自分で言うのもなんだけど、結構盛り上がってくれると思うんだよねー。だってほら、この部活の一番の強みって、部員全員ルックスがいいことだと思うの。特にエヴァちゃんなんてスーパーモデルにも負けてないと思うし、そんなエヴァちゃんのファッションショーをうちとサクくんだけで独占するのは、ちょっと申し訳ないよね。」
いや、常磐さんはともかく、俺がエヴァを独占するのは別にいいだろう。彼氏なんだし。
「あー、楽しみだなぁ。よし!みんな、服のチョイスは私に任せて!みんなは文化祭当日に向けて、モデル歩きの練習でもしといて。それからエヴァちゃんは、サクくんの服選びたいんだよね?だったら今度服見に行くから、一緒に行こうよ。」
そんなわけで文化祭の出し物がファッションショーに決定した。この部活は、常磐さんが入っていたファッション研究部を譲り受けた部活だが、結局、常磐さんがアグレッシブすぎて、ファッション研究部としての側面を補いきれていないのかも知れない。
文化祭当日。常磐さんの言ったように、俺、遠藤、錦さんは、特に何も準備することなく、家でちょっとだけモデル歩きの練習をしたくらいで本番を迎えた。
「サク、サイズ合ってた?」
「うん、ぴったりだよ。エヴァが選んでくれたんだよね。」
「うん。でも、紗沙チャンにすごくいろいろ教えてもらったの。だから最初から私が選んだのは、このズボンと上着ぐらい。」
カーゴっぽい黒パンツと、カジュアルフォーマルなスーツ地のアウター。それを穴埋めする常磐さんの技術もすごいと思うが、なるほど、エヴァはこういう服が好きなのか。
ファッションショーの舞台は体育館のステージ。着飾った状態で1人ずつ出ていって、真ん中でポージングして、またカーテンの裏に戻っていく。常磐さんは裏で待機して、まずは遠藤、次に錦さん、その次に俺が出て、最後にエヴァが登場する。リハーサルはやらなかったが、多分、これ結構ハードだ。
「エヴァの服も、いつも通り、よく似合ってるよ。なんか今日はちょっと、お姫様みたいだね?」
ファッションリーダーと言う割には、チョイスが無難だな、と思っていた常磐さんだが、今日のファッションショーの服装は、どうやらかなり攻めている。錦さんなんて、パリコレみたいな服になっている。
スタンバイお願いします、という鶴の一声に導かれ、緊張した面持ちの新人ファッションモデルたちは1列になって配置に付く。
「サク、似合ってるよ。」
後ろから聞こえてくる、可愛い彼女の援護射撃は、緊張をほぐすどころかむしろ、より不安を蓄積させる。
まずは遠藤。筋肉質な長い脚に、がっしりと力強い胸板。力強い男を強調した、ワイルドかつムーディなファッション。当の本人はどちらかと言うと、モードな感じを意識しているのかも知れない。普段はあまりしないような、ツンとしたクールな表情で、へにゃっとしたポーズをとったあと、やや早歩きで戻ってきた。
「はぁー、やべぇ、くそ緊張する。何人いんだよ!でかすぎだろ体育館!」
体育館にはざっと200人くらいは集まっていそうだ。それをステージから見るとなると、とてつもないんだろう。
続いて錦さん。モデルのようなスラっと長い脚に、長い首、細い腕。艷やかに二の腕まで伸びた髪をなびかせ、上は黒、下は白のモノトーンコーデ。本人のスペック活かした、少しモードなスタイル。いつもクールな表情で、実は中身はそこまでクールでもないのだが、その堂々とした佇まいは、どこぞのスーパーモデルを思わせる。
「凄いね、九音サン。」
キリッとしたモデルウォークで、何食わぬ顔で帰ってくる。普段からずっとこうであれば、もう少し威厳もでそうなものだ。
そして自分の番が回ってくる。カーテン越しに見える人の数は、ざっと200人くらいのはずだけど、もう10000人にも見えてしまう。今どこらへんだ?もう真ん中か?だったらポーズを、右手が上だったか?
完全にテンパりながら、頭真っ白で裏手に戻る。多分ポーズを間違えている。俺としたことがなんてダサい。しかもエヴァの眼の前で、こんな恥をかくなんて。
「サク、カッコよかったよ。」
ああ、俺の彼女はなんて優しいんだろう。
最後はエヴァ。モデルというより、レッドカーペットを歩くハリウッドスターのようなドレススタイル。ガラスのような肌、天使のような体躯、プラチナのような輝く髪。
改めて見るとなんて美しい。本当に引くほどの美少女が、どうやら俺の彼女らしい。真ん中より少し手前で、左右逆にポージングする。気づいてポーズをやり直して、少し顔を赤らめながら帰ってくる。
「あぁ!私、間違えちゃった!」
大丈夫だ。間違えたところで、エヴァは可愛いから多分、むしろ印象がいいと思う。しかしなんて不公平なんだ。多分このミスが俺や遠藤なら、ただダサいだけになるというのに。
ファッションショーのステージが終わり、俺はエヴァと二人でさっきまで視線を浴びていたステージに、今度は逆に視線を浴びせていた。
「こっからじゃあんまに見えないね。」
後ろから3列目。この位置からだと、ステージの人の顔なんか見えない。多分、エヴァのことは輝いて見えたただろうけど、俺や遠藤は殆ど印象にないだろう。
「エヴァは目立つから見えたと思うよ?」
「ええ、うう、ポーズミスも見られてたかな…」
正直俺もミスしたのだが、エヴァは結構気にしているようだ。そんなに大きなミスでもなかったし、多分そこまでちゃんとステージを見ている人も多くなかったと思う。
知らないクラスの知らない誰かが、知らないバンドの曲を弾いている。正直音楽は詳しくないから、有名な曲なのかもしれないけれど。ギターが上手いのかも分からなければ、ベースの音もよく分からない。ただ歌が割と上手いな、くらいしかこの人たちへの感想はない。
多分、俺達のことも、こんなふうに思われている。そして彼らも同じように、俺達くらい緊張しているのだろう。俺でもわかるくらい、ギターの人がミスをした。
「サク、今あの人ミスしたよね?」
「うーん、いや、多分気のせいだよ。」
正直言って多分みんな、ミスしたのかな?くらいの些細な違和感しか持たなかっただろうけど。本人にとってはトラウマレベルの、黒歴史になるかもしれないと思うと、人間の心とは脆いものだ。
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