第2話 少女を匿った件について

 『奴ら』がこの国に現れ始めたのは、今から二十数年前のことだ。


 巨大で、いかにもオーバーテクノロジーで造られたような大型戦闘兵器が、国土に降り立ち、蹂躙を始めた。


 敵の巨大なサイズと、これまでに類を見ない戦術、さらに敵性戦闘兵器に絡みつく特殊な性質のせいで、軍は甚大な犠牲を払いつつも、かろうじて遅滞戦術に終始するしかなかった。


 そしてついに――名将の卓越した戦略と、膨大な犠牲の果てに、人類は初めて、敵を一機撃破することに成功した。


 敵性戦闘兵器のリバースエンジニアリングと、その行動パターンの解析を通じて、戦略家や学者たちは『奴ら』がこの国の中で『何か』を探していることに気づいた。


 『奴ら』が求めているものは、この国の命運に関わる何か――

 いや、人類そのものの存続に関わる『何か』である、という噂さえ囁かれている。


 ゆえに政府は、戦闘都市を建造した。

 守るべきそれを、都市の地下深くに封じたのだ。


 もちろん、すべての都市が本物の保管拠点というわけではない。

 中には囮として機能するダミー都市も多く存在している。


 だが、そういった都市に配備された人型決戦兵器だけは本物だ。

 敵性兵器の技術を解析して建造された、それらはまさに、「敵」を倒すためだけに生まれた、本物の戦闘兵器である。


 人類という種の存続のために。


 これは、終わりの見えない消耗戦だ。






 団地住まいの俺の部屋は、広くはない。

 だが、暮らすには、まあ十分な広さだ。

 ……とはいえ、生活感があるかと言われると、ちょっと怪しい。


 真っ白な部屋に、最低限の生活用品だけが置かれている。

 装飾らしい装飾もなく、あるのは俺の趣味で組み立てたプラモデルと、普段使っているPCくらい。

 それ以外のスペースは、ほとんど使われていない。


 キッチンもその一つだ。

 外食が多く、面倒くさがりの俺にとって、ほぼ死蔵状態。


 正直、この場所を「家」と呼ぶには、少し抵抗がある。

 俺にとっては、ただの雨風をしのいで寝るための空間。

 ……だが、天涯孤独の俺には、ここ以外に帰る場所なんてないしな。


 とにかく、ちょっと散らかってはいるが、もう一人ぐらい増えても問題はない。


 この決戦都市で、少女を匿うのは思っていたよりずっと簡単だった。戦時下じゃなければ、俺はとっくに捕まっていたかもしれないな、と。 電磁コンロを回して湯を沸かしながら、そんなことをぼんやり考えていた。


 今の防衛体制は、内側よりも外側を警戒する方向に偏ってるんだろう。加えてこの街の人口も減ってるし、通報されるような目撃者も少ない。それに――俺自身、隠密行動にはそこそこ自信がある。


 ……まあ、普通のオジサンがそんなスキル持ってて何になるんだって話だけど。


 ともかく、俺はパイロットの少女を自宅まで無事に連れてくることに成功した。


 つまり今、俺はこのパイロットの少女と二人きりで、同じ空間にいるというわけだ。冷静に考えたら、わりとヤバい状況だよな。


 ま、まあ。やましい気持ちは一切ない。

 ただ、助けを求められて、答えただけ。

 ――それだけのことだ。


 ソファに寝かせた少女の方へ視線を向ける。

 まるで何か悪い夢でも見ているかのように、彼女はときおりうめき声をあげ、その表情には苦しみと後悔が、断続的に浮かんでは消えていた。


 そして、頬には二筋の涙。


 俺は、その涙を拭ってやった。


「勢いで連れ帰っちゃったけどさ。 ここまではうまくいってるとして……さて、これからどうしたもんかな」


 有給を取って、少女を自宅で保護してから、もう二日が過ぎた。

 だが、いまだに目を覚ます気配はない。


 簡単なチェックはしたが、生命反応には特に異常はなかった。

 目を覚まさない原因が、ただの疲労なのか、あるいは俺の知らない何かしらの傷なのか――今となっては判断できない。


 あとは、祈るしかない。


「……最悪の場合、このまま様子を見ても目を覚まさないようなら、病院に連れて行くしかないか」


 ため息をひとつ、無計画さと軽率さに自分で呆れる。


 結局この歳になっても、俺はまだ、こうやって勢いで動いてしまうんだ。


 俺が今後のことに頭を悩ませていると、スマホに通知が届いた。


 画面を見て、思わずため息が漏れる。

 これ以上休んだら業務が回らなくなるから、早く復帰してくれ――という内容だった。


 これでクビにでもなったら、何かと面倒だ。

 それに、上司には世話にもなってるし、無視するわけにもいかない。


「……しょうがないか」


 もう一度ため息をついてから、ソファで眠る少女に視線を送る。

 そして、そっとアパートのドアを開けた。


「――行ってくる」


 もちろん、返事はない。

 俺はいつもの習慣で、静かにドアを閉めた。






 頻繁に攻撃を受け、破壊される最前線の都市としては、正直言って経済活動はあまり活発じゃない。

 企業側としても、最前線に資産を構えるなんて決断は、誰だって二の足を踏むだろう。


 なにせ、損害の原因は正体不明の敵なのだから。

 損害賠償を求めたくても、相手が相手じゃ請求のしようもない。


 とはいえ、一般的な産業が発展しづらいこの都市にも、ちゃんと活動している業種はある。


 それが、軍需と補給関連の事業だ。


 前線で戦う兵士たちや、物好きにもこの都市に住み続けている住民たちだって、腹は減る。

 ここは都市だ。資源の多くは外部から運ばれてくる。

 そうなれば、補給の管理や倉庫業務はどうしても必要になるってわけだ。


「田村、そっちはあそこに運んで。それと、A区の数も確認しておいてくれ」


「了解」


 班長の指示にうなずきながら、俺は頭の中を空っぽにして今日の仕事を始めた。

 少女パイロットのことも、機動兵器のことも、この防衛都市のことも、今はひとまず脇に置く。


 なにせ、仕事に集中した後で食う飯はうまい。

 その一杯の飯のために、そしてこの給料に恥じないために。

 それが、大人である俺のささやかなこだわりだ。


 そんなわけで、ひたすら働いた。

 そして気がつけば、もう退勤の時間だった。


 ちょうど棚卸しも終わり、タイムカードを切ろうとしたその時。

 地面からドン、と鈍い震動が伝わってきた。

 同時に、スマホの警報アラートが鳴り出す。


「……あーあ、敵さんか」


 でもまあ、タイミングはバッチリだな。


 タイムカードを打ち、俺は会社を後にした。

 

 ――同時に、二機の戦闘機が夕暮れの空を駆け抜け、ミサイルを発射した。

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