コード028 便利屋としてーsideレクスー


 棄却区アンダーヘルHLC‐DF‐13ブロックこと、熱廃棄物処理工場の残骸地帯にて。


 俺は崩れたパイプの上に腰を下ろし、遠くで赤く揺らめく火柱を眺めていた。


 ヴィクが囚われていた場所が燃えている。データも、検体も、レプリカも──全て俺が燃やした。


 これで、後始末は終わりだ。


 猟犬も、ヴィクがいたという痕跡も、証拠は残骸ごと灰になった。


「……そんで、おたくは暇なの?」


 背後の気配に声をかけると、暗がりからローガンがゆっくりと姿を現した。


「監視なんざしなくても、お前の不利益になるこたぁしねぇよ。……今回はな」

「監視じゃない。様子見だ」

「同じだろ」


 俺がうんざりしながら言うと、ローガンは気にする素振りもなく話を切り出した。


「用件は別にある。情報を持ってきてやった」

「へぇー。ヴァイパーの幹部様が直々に持ってくる情報たぁ、随分とご大層なもんなんだろうなぁ」

「まずは結論から伝える。『グリムクロウ』とブラックジャッカルは、表向きは手打ちとなった」

「は?」


 グリムクロウ──ロザリオを指す言葉だ。


 アンダーファイブの中でもグリムクロウは特殊で、ロザリオ・ドレイクの独裁で成り立っている。だから「ロザリオ」と呼ばれる事が多いが、ローガンはあえて組織名で呼んでいるようだ。


 でも、今はそんな事はどうでもいい。


クロウ・・・の区画で堂々と行われた殺人だぞ。アイツらのせいでクロウ側の面子は丸つぶれだ。普通なら全面戦争でもおかしくねぇだろ」

「落としどころがついたんだ。あの犯行は組織命令ではない、ギアの暴走による不慮の事故であるとな」

「……事故、ねぇ」

「ああ。内部の不祥事ってことで片づけて、クロウの出した条件を飲んだ。ジャッカルが形だけ頭を下げたことにより、事態は収束したんだ」

「……ハッ。ずいぶん平和的じゃねぇか」


 思わず鼻で笑ってしまう。


「単純な切り捨てで済むなら、とっくにこの街から血の匂いなんざ消えてる。クロウ側の要求は?」

「話が早いな」


 ローガンがわずかに口角を上げた。


「クロウはジャッカルに、他区画での無秩序なレプリカの流通を停止するよう要求した。被害はヴァイパーだけじゃない。クロウも食らってたからな。これが本命だろう」


 ……そういうことか。


「そして、流通経路を遮断させるために、独断で・・・横流ししていた主犯格・・・の首で帳尻を合わせた」

「……主犯格・・・な」


 俺はローガンの言いぶりで、だいたい察した。


「そうだ。レプリカの流通そのものも、ジャッカルの意思ではないそうだ。きれいに罪を押し付けて、なかったことにする……いつもの手口だな」

「全く、アンダーズの死人は都合よく喋るな」

「何を今更。リサイクルはアンダーズうちの十八番だろう」


 アンダーズじゃ、どの区画も干渉しないのが暗黙の了解だ。他区画のやり口に口を出せば、こっちも同じように報復される。そうやってギリギリの線で均衡を保ってきた。


 けど今回は、そのルールの裏をうまく使ったようだ。


 クロウは「報復」を大義名分にして、ジャッカルに流通を止めさせた。ジャッカルは「暴走の処分」を盾にして、他の連中に突っつかれないよう逃げ道を作った。


 要するに、どっちも自分の都合を守るために上手く話を畳んだってわけだ。


「とんだ茶番だな」

「で。ここからが本題だ、レクス」

「まだあんのかよ」

「クロウがジャッカルに飲ませた条件はもう一つある」


 ローガンは一拍おいて、少しだけ声を落とした。


「『修理屋の少女には手を出さないこと』だ」


 その言葉に、無意識に眉が動いた。……苛立ちが顔に出ていたかもしれない。


「なんで、そこでヴィクが出てくんだよ」


 この流れで修理屋の少女なんて一人しかいない。


 せっかく証拠を消したってぇのに、これじゃ意味がねぇ。


「その修理屋はうちの管轄の人間であり、次に手を出したら宣戦布告とみなす──だそうだ」


 つまり、クロウがジャッカルにヴィクには手を出すなと釘を刺したってことだ。


 結果だけ見れば朗報にみえなくもない。だが、解せない。


 グリムクロウが、無条件でただの修理屋を庇うはずがない。あの連中が情で動くことはない。必ず理由がある。


 利用価値か、取引材料か──。


 もしクロウの動きに裏があるとすれば、思い当たるのはひとつしかない。


「まさかクロウのやつら、ヴィクの中身まで分かってんのか」

「そこまでは読めてない。『有用な技術者』『例の研究に噛んでる可能性がある娘』……その程度の認識だ。正体までは特定できていない」


 ……やはり、ヴィクに利用価値を見いだしたって訳か。


 アクシオンギアの存在そのものがまだ表に出ていないのは幸いだが、時間の問題だ。クロウの動きに合わせて、こちらも動かなければならない。


 「で? ……クロウの動きは?」

 「今は、直接の回収行動はしない」


 今はしない、か。


 「……なるほどな」


 つまり、使い道が定まれば回収に転じる、ということだ。


 これは早急に手を打たないとなと思いつつ立ち上がる。


「それで、お前は何が狙いだよ」

「何の話だ?」

「惚けんな。お前はタダで情報渡すタマじゃねぇだろ」


 コイツは組織のためなら情も切り捨てる……上にいた頃から、そういう男だった。ヴィクのギアを交換条件にしてくる可能性も否めない。


 俺は左のホルスターに手をやり、銃のグリップを握り直した。


「案ずるな」


 そんな俺の警戒をよそに、ローガンは表情ひとつ変えずに言った。


「俺も、馴染みの修理屋がいなくなるのは困る。それだけの話だ」

「……そぉかよ」


 あまりに淡々とした様子に、嘘かどうか判別がつかない。


 どこまで信じていいか分からねぇが、少なくとも今は手を出す気はないらしい。


 それが分かって、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


「レクス」

「なんだよ」

「猟犬の扱いには気を付けろ」

「は」


 去り際に、ローガンが振り返らずに言った言葉に固まる。


「死亡扱いにはしてやる……うまくやれよ」


 そこまで言って、今度こそ奴は闇に溶けた。


 俺は片手で頭を掻きながら呟く。


「……全部バレてんのかよ」


 ローガンの耳の早さは、上にいた頃は頼もしかったが、今は脅威でしかねぇ。ヴァイパーで幹部まで上り詰めたのも、あの嗅覚あってこそだろう。


「……マジで敵に回したくねぇ野郎だよ」


 俺はそうぼやきつつも俺の拠点──ヴィクの待つ便利屋の方へと足を向けた。



   ◇ ◇ ◇



 ラッドスパンの通りは、いつも通り煙たかった。


 配管から漏れる蒸気と、誰かが焼いてるスクラップ油の匂い。上からは、古い通電線が火花を散らしてる。


 この街の夜は、ネオンの光よりも煙のほうが濃い。


 俺は足元に転がるスパナを避けながら歩く。金属を打つ音と、遠くで響くギアのうなり。それが、この街の子守唄だ。


 ──ラッドスパン。棄却区アンダーヘルの中じゃ、まだ人が住める部類の場所だ。


 煙に紛れて何でも隠せるし、拾い物も多い。死体だって、三日も経てば誰のものか分からなくなる。便利屋稼業にはちょうどいい立地だった。


 錆びた鉄骨の橋を渡ると、自分の拠点が見えてきた。


 元は整備工場だった建物を改装した二階建てで、壁には補修跡がいくつも走っているし、配線は蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてるが、住み心地はまぁ悪くない。


 灯りは薄暗いが、窓の向こうにオレンジの光が揺れていた。


 ──アイツ、まだ起きてんのかよ。


 扉を開けると、油と薬品の混ざった匂いが鼻を突いた。


 床には分解途中のギア、壁にはコードと工具。いつの間にか、ここは便利屋というよりも、修理屋みてぇな内装になっていた。


「レクス!」


 声がして視線を向けると、ヴィクが俺の方へ駆け寄ってきた。


 ゴーグルを頭に上げたまま、手にはまだスパナを握っている。


「怪我は!? ギアは壊れてないか!?」

「だぁかぁらぁ、ただの野暮用だっつったろ。なんもねぇよ」

「うるさい。とりあえず見せろ」

「……はいはい」


 俺は半目になりながらも、おとなしく右腕を見せる。すると、ヴィクは必要以上に観察し、細部まで確認していた。


 ……婆さんの言っていた過保護ってのはこれか……。


 ヴィクが便利屋で暮らすようになってから、毎日のようにギアの調子を確認されるようになった。


 前じゃあ考えられないような甲斐甲斐しさに、調子が狂いそうになる。 


「ほら、もういいだろ」

「待て、まだ足の方を見てない」

「マジでいい加減にしろよ。ほら、見んならこっちの方でも見てろ」


 そう言って、俺は部品ケースをヴィクに押し付けた。中には帰る途中のディスポで拾ってきたスクラップが詰まっている。


「拾いもんだ。好きに使え」

「ほんと? ありがとう! 助かる! ちょうど足りなくなってきて困ってたんだ」


 ヴィクは嬉しそうにケースを受け取った。その表情に、なんとも言えない複雑さを抱く。


「……猟犬は?」


 その言葉だけで、俺の意図は伝わったようで、ヴィクはバツの悪そうな顔で視線を逸らしつつも、すぐに戻した。


「……たまに、目を覚ますようになった……会話も、少しならできたし……ギアの改良も進んでる」

「そうか……」


 俺は左手で気まずそうなヴィクの頭を撫でた。


 ──わかってる。アイツが猟犬を生かしてる理由も、口には出さねぇけど全部伝わってる。


 口では「オリジナルを潰すため」と言ってるが、その裏にはもっと深いもんがある。


 婆さんを失ったあの日から、ヴィクの中には空洞ができた。穴を抱えたまま歩くには危うすぎて、何かに縋らなねぇと壊れちまうほどデケェ穴だ。


 アクシオンギアを壊すという目的は、単なる復讐や正義のためじゃない。自分を保つための自己防衛だ。


 自分が存在する理由をつかんでいないと、罪悪感で潰れてしまうから……その気持ちは、痛いほど知っている。


 そう、ヴィクは贖罪を探している。


 「婆さんを失わせた自分」を罰する方法を探してんだ。そして、アクシオンギアを消すことがその一つであり、同時に自分を引き止める支えになっている。


 でもコイツは、直すことしか知らねぇ人間だ。人も機械も、壊れたものを直すことが正しいと信じて生きてきたんだ。


 そんな奴が、壊すことを目的に生きようとしている。その矛盾を抱えたまま走ってる。


 怖くなるほど不器用で、危なっかしくて仕方がねぇ。


 どうして、こうなっちまったんだろうな……。


「……無茶すんなよ」

「分かってる」

「お前の分かってるは、分かってねぇことの方が多いんだよ」


 ヴィクは口を尖らせたまま、スパナを持った手で頬を触った。その仕草が婆さんの修理屋にいた時の姿を思い出させて、表情が緩む。


「……今、笑ったか?」

「気のせいだ。照明がチカついただけだ」


 俺はそう誤魔化して、作業台に視線を移した。


 散らかった部品と、まだ乾ききらない溶接跡。その全部が、ヴィクの決意の痕なんだと思うと、少しだけ気分が重くなった。


 けれど、コイツがその道を選ぶなら俺はその側を離れない。


 便利屋として……貰ったクレジット分の働きはしないといけねぇからな。


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