コード019 送り出す祈り
『ヴィク!? あんた、どこほっつき歩いてんだい! 昨日から連絡もしないで!!』
いきなり飛んできた怒声に、思わず耳から受話器を離す。
「ご、ごめんってリゼ婆……! でも手紙は残してたし……」
『あんな手紙で納得できるかい!! 碌な説明もない、大丈夫、すぐ帰るだけしか書いてない! 店の中も荒れててあの子達もいない……どれだけ心配したとっ!!』
声色から本気で怒っているのがわかる。私はもっと早く連絡しておけばよかったなと反省しながら、口を開いた。
「それは……ちょっと時間がなくて……帰ったら片付けるよ」
『そんなことどうでもいい! またあんな大怪我してないだろうね!? ラグちゃんやミナちゃんはどうしてるんだい!?』
「お、落ち着いてよリゼ婆」
ニックさんのギアの修理を終えて一眠りしたあと、私はリゼ婆と連絡を取るために、ニックさんに有線電話を借りた。ようやく繋がった声は、案の定、心配と怒りがごちゃ混ぜになっていた。
「大丈夫。みんなちゃんと無事だから。
必死になだめながら事情を説明する。その最中も度々喝が飛んできて、申し訳なさが胸に募る。
けれど同時に……こんなにも心配してくれる人がいる。その事実が、不謹慎ながらもちょっぴり嬉しかった。
そして、ようやく説明を終えたとき、電話の向こうから深い深いため息がもれた。
『……じゃあ、今はそのニックって人のところにいるんだね? 手続きには何日ぐらいかかりそうなの?』
「えっと……」
オークションは二日後。その間に手続きを進めつつ、同時にニックさんのギアを完全に修理することを考えれば……。
「……一週間、ぐらいかな」
『一週間ね……』
何かを思案するようにリゼ婆の声が止まり、やがて静かに続いた。
『ヴィクちゃんが決めたことなら、私は口を出したりしないよ。それに、ミドルズに行けるなら、その方がいいと私も思うからね』
リゼ婆の肯定的な様子に、ほっと息をつく。けれど、すぐに返ってきた『でも、ヴィクちゃんは大丈夫なのかい?』という言葉に戸惑った。
「え?」
『……急に静かになった家ってのは、思った以上に堪えるもんさ……ヴィクちゃんは、それでいいのかい?』
「それは……」
思わず言葉が詰まった。図星だったからだ。
ラグとミナがうちに来て、まだ一ヶ月ほどしか経っていない。けれど、あの兄妹の存在が私の中で大きくなっているのは確かだった。
一緒にいたい気持ちと、二人の安全を考えれば離れるべきだという思い。その相反する感情がないまぜになっている。でも、だからこそ、これ以上大きくなる前に離れなければと思った。
あの子達の未来を、私の
「……別に、元に戻るだけだし……それに、二人がちゃんと暮らせるなら、それでいいんだよ」
『……ふふ、そうやって強がるところは、出会った時から変わらないね』
「っ……」
自分に言い聞かせるように並べた言葉を、リゼ婆はすべて分かっているかのように受け止める。
『安心しなさい。貴方が悩んで出した答えなら、きっとあの子達も受け入れるさ。ラグちゃんもミナちゃんも、ヴィクちゃんの事を大事な家族だと思ってる筈だから』
「……そう、かな」
『ああ。血が繋がっていなくても、思いさえあれば家族になれる……そして、それは私も同じさ』
「リゼ婆……」
『どうしても不安なら、正直に気持ちを話してごらん。貴方が二人を大事に思ってるって伝えれば、きっと伝わる。そうやってお互いの思いを確かめ合えば、離れていても繋がっていられるもんだよ』
「……うん」
『私はずっとヴィクちゃんの味方だよ。この先、貴方がどんな決断をしたとしても、ヴィクちゃんが幸せになれるなら全力で応援する。だから安心して決めなさい』
「……ありがとう」
そうして会話を終え、胸の奥に温かな余韻を残したまま、ゆっくりと受話器を置いた。
◇ ◇ ◇
「なんでだよ!!」
ニックさんの拠点に響く怒声。朝にも似たような場面があったなとデジャヴを感じながら口を開く。
「言葉通りの意味だよ。お前らはミドルズに帰れ」
「っ、いやだ!!」
ラグは首を勢いよく横に振った。
「なんで、そんな事言うんだよ……俺らが邪魔になったのか?」
「違う」
「じゃあなんで!? 借金だって、修理代だってまだ返してない! 俺、もっとちゃんと働くから……いっぱい、いっぱいジャンク拾ってくるから!!」
「ラグ」
名前を呼んだ瞬間、ラグの目から大粒の涙がこぼれた。ミナも私にしがみついたまま、ぽろぽろと泣き出している。
「……おいで」
片腕を開くと、ラグが勢いよく飛び込んできた。私は二人を抱きとめ、頭を撫でながら言う。
「アンダーズの治安の悪さは分かってるだろ? せっかく市民権があるのに、ここに残る理由なんて一つもない」
「……っ、でもミドルズには
「大丈夫だ。すでに手は回してある。明後日にはお前らに手を出せなくなるから、その心配はいらない」
「でも……でも!」
ラグはぎゅっと私の服を掴む。
「俺……ここに、いたい……」
その言葉に同意するように、ミナも何度も頷く。
「ヴィクと……一緒にいたい……」
「……ラグ」
ラグの声は震えていた。きっと本人も、どう言えばいいのか分からないのだろう。
それでも、その必死な目を見ればわかる。──私も、同じだったからだ。
レクスやリゼ婆に拾ってもらった時、初めて自分が頼っていいと思える相手を見つけた。あの時の自分と同じ目をしていた。
ラグがよりいっそう強く抱きついてくる。
このまま受け入れるのは簡単だ。でも、私には力がない。無責任に受け入れてしまえば、二人にもしものことがあった時に絶対後悔する。
でも、二人の気持ちも分かるから……私は何も言えず、苦笑するしかなかった。それを遠くで見ていたレクスが、仕方なさそうに肩をすくめて歩み寄る。
「こら、ガキ共。あんまヴィクを困らせんな」
「なんだよ! 離せよおっさん! お前には関係ないだろ!!」
レクスが二人の襟首を掴んで持ち上げる。ラグは必死に暴れ、ミナは震えながら涙を流していた。
「今生の別れでもあるまいし、大袈裟なんだよ」
「うるさい! アンダーズとミドルズじゃ、ほとんど会えねぇじゃんか! 俺らがミドルズに行ったら……もう……」
言葉を詰まらせるラグ。
確かに、彼の言い分は間違っていなかった。今回が特例なだけで、アンダーファイブのような大きな組織に属していない限り、ただの修理屋の私がミドルズに行くことはほとんど不可能だ。そしてそれは逆も同じ。
ジャッカルから抜けたラグが正規の手続きをすれば、アンダーズには来れない。だたの市民がアンダーズに来るのは難しく、特別な理由がなければ検問で弾かれてしまう。
「……なら、お前らがでっかくなってヴィクを迎えに来ればいいだろ」
レクスの言葉に、ラグがハッと顔を上げる。
「アンダーズの人間が市民権を得るには、膨大なクレジットと上の推薦がいる。だが逆に言えば、クレジットと権力さえあれば上に上がれるんだ。この街はそういう仕組みだ」
ラグをまっすぐ見据え、言葉を突きつける。
「今のお前らには力もクレジットもねぇ。ここにいても、ヴィクの足を引っ張るだけだ。それが嫌なら、この街でのし上がれ」
そしてにっと笑い、言葉を締めくくる。
「そしていつかヴィクを迎えに来い。安全な場所で、本当の家族になればいいだろ」
ラグは唇をかみ、ミナは震えながらも私を見た。
「ヴィクさんは……私たちを……嫌いになったわけじゃない?」
「当たり前だろ」
私はミナの言葉を肯定するように強く頷いた。
「始まりは……まぁ、アレだったけど……俺にとって、お前らは弟と妹みたいな存在だ。血が繋がってなくても、家族だって胸を張って言える」
ミナの表情が明るくなり、やがてコクリと頷いた。
「分かりました……私、大きくなって、ヴィクさんとリゼさんを迎えに行きます」
そして小さく息を吸い、震える声で続ける。
「……私、初めてでした。お兄ちゃん以外に頼れなくて……お父さんもお母さんも怖くて……でも、リゼさんやヴィクさんと会って……お母さんが優しかったら、こんな感じなのかなって……お姉ちゃんがいたら……こんな感じなのかなって……」
「ミナ……」
「だから、私……大きくなって、恩返しがしたい。二人がもっと安心できる場所で過ごせるようにしたい、です」
静かな余韻を切るように、ニックさんが手を叩いて現れる。
「……話は終わったみたいだな」
ニックさんは持っているデータチップの存在を強調するように、軽く横に振った。
「こっちも既につけてきた。明日には全部終わってるだろうよ」
私たちに笑顔を見せながら、レクスの方へと視線を向ける。
「そんで、レクス。この間言ってた件も話がついたぞ」
「あぁ、助かる」
「何か頼んでいたのか?」
私の疑問に、レクスはラグとミナを降ろしながら口を開いた。
「お前の事だよ。ほら、ギアのやつ」
「……あぁ」
レクスに言われて思い出した。そういえば、私が本当に
「本当にやるんだ」
「たりまえだ。懸念はないに越したことはねぇだろ?」
「それは……まぁ……」
最もだと同意しつつも、ニックさんの方を向く。
「にしても、ニックさんって、本当に顔が広いんだな。やっぱ運び屋ってのは広くなるのか?」
「運び屋ぁ? 俺は仲介屋だ。ちょいとだけ兼務はしてるがな」
ち、仲介屋だと!? その見た目で!?
まだ応急処置程度にしか触っていないが、ニックさんのギアは明らかに戦闘に特化しているギアだった。それに、改造バンも仲介屋と言うよりも、本業の運び屋が持っていそうな装備が完備されている代物だった。
私が驚いて目を丸くしていると、ニックさんは盛大に笑った。
「だっはっはっは! まぁよく間違えられるがな! このギアもバンもただの趣味だ! それに、ここじゃ力があるに越したことはねぇからな!」
「確かに」
私は彼の言い分に深く納得する。
「あぁ、それとライドくんだっけか? うちのが回収してきたから確認し──」
「うわあああああありがとう助かるマジで神!!」
私が勢いよく飛び出すと、後ろから「俺らの時より感動してないか?」というラグの不満が聞こえたが無視した。
就寝前にお願いしてたけど、こんなに早く手元に戻ってくるとは思っていなかった。
変わらない姿のスーパーライドくん2号に頬擦りをしながらその再会を喜ぶ。
そしてライドくんに面倒臭がるレクスをのせてディスポに向かい、ジャンクを集めてから拠点に戻り、ラグとニックさんのギアを修理した。
ニックさんの修理は完全とは言えないが、ラグはもう問題なく動けるようになった。これで、上に行っても問題ないだろう。
翌日、ミナと嫌がるラグをライドくんに乗せてヴァイパーの区画内を巡った。少しばかりの食料と小さな贈り物を買い揃え、拠点に戻ってささやかなお別れ会を開いた。
粗末な料理でも、笑い声と涙が混じり合えば、それだけでご馳走に思えた。リゼ婆がここにいないのは寂しいけれど、拠点に隠れている以上仕方がない。代わりにレクスが場を賑やかし、ニックさんが酒をあおって笑う。そのおかげで空気は重くならず、三人で過ごす最後の時間をちゃんと楽しめた。
楽しくて、同時に胸が締めつけられるひととき。きっとこの先、私は何度も思い出すのだろう。
それでも、二人の未来はここから広がっていく。明日を生きる子供たちが笑えるように。私は心からそう祈りながら、その夜を過ごした。
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