Axion Gear(アクシオンギア)

てしモシカ

第1章 起動編

コード001 修理屋ヴィクの波乱な過去

 ──まただ。煙を上げたギアと、いつものあの男の声。


「すまん、ヴィク! またギアがぶっ壊れた! 直してくれ!」

「レクス、お前……わざと壊してんのか? 毎回の頻度が異常だろ」


 点滅するホログラム照明の下、私は工具まみれの作業台から顔を出し、ボロいナノトレンチ姿の常連を睨んだ。


「修理するのはいいけど、今までのクレジット、ちゃんと清算してからだ」

「そんな冷たいこと言うなよ。頼れるのはお前だけなんだ! 今回だけ、特例ってことで!」

「その今回だけ・・・・が何回目だと思ってんだ!! このバイオスクラップ野郎が!」

「だからさ、今回は違うんだよ! デカい依頼ヤマなんだ。マジで大金が入る! ツケなんて余裕で清算できるって! オートエスプレッソだって奢れちゃうよ?」


 胡散臭さ全開のセールストークに、私は眉をひそめた。だが、目の前で必死に膝をつき、スクラップ右腕で足にすがりついてくる男の姿に、怒る気力すら失せる。


「……また嘘だったら、次こそお前のギアを分解して売るからな。パーツ単位で」

「話が分かるぅ~! さすが俺のギアの女神!」


 私は無造作にレンチを掴み、調子に乗ったレクスの頭を軽く叩いた。


「脳までスクラップにされたくなきゃ黙ってろ」


 頭を押さえながら「痛ぇ!」と大げさに叫ぶレクスを無視し、私は彼の右腕のギアをじっくりと眺めた。そして、慣れた手つきで修理に取りかかる。




 この手には、両親から受け継いだ技術が染みついている。亡き両親が遺した、誇りであり呪いでもある記憶が──



    ◆ ◆ ◆



 幼い頃、大きな事故に巻き込まれた。そして取り戻す前世の記憶。それが、この世界での人生の幕開けだった。


 目を覚ますと、白いベッドの上。天井には無数のホログラムが浮かび、青白い光がリズミカルに点滅している。見たこともないハイテクな病院だった。そんな奇妙な場所で私を見守る二人の男女。この二人が、今の私・・・の両親であるとすぐに理解する。


 私はヘイローシティと呼ばれる、何層もの高層ビルと空中道路が折り重なり、都市そのものが空を覆い尽くすように広がる未来都市に転生していた。まるで巨大なサイバーパンク的な都市の模型を、そのまま現実に引き延ばしたような世界だった。


 そして、この世界で当然のように浸透している、人体と機械を融合させたあらゆる技術や装備の総称「バイオギア」。その分野で頂点に立っていたのが、私の両親だった。


 私はこの世界では「トップス」と呼ばれる上層階級の家庭に生まれ、当然のようにトップス専用のバイオギア専門学校に通っていた。成績は特別優秀というわけではなかったが、両親の名声がある以上、将来は約束されたも同然。不安など微塵もなかった。


 いずれは両親の後押しで安定した職に就く。そんな未来を疑いもせず、さらには前世で読んだ異世界恋愛小説のように、イケメンとの運命的な出会いまで妄想していた始末だった。



 ──けれど、そんな順風満帆な日々は、ある夜、唐突に終わった。


 爆音と共に目を覚ますと、家中に煙が充満していた。火薬と焦げた機械のにおい。警報が鳴り響き、視界は赤く染まっていた。


「二人とも、こっちだ!」


 父の怒鳴るような声が聞こえた。母に手を引かれ、私は訳も分からぬまま非常通路を走らされた。


 非常通路の先には、ダストBOXと呼ばれる緊急廃棄システムがあった。都市インフラの裏側に埋め込まれた巨大な縦穴で、メンテナンス機械や廃棄物を下層へ流すための搬送路だ。


「この中に入って……! 絶対に、振り向かないで!」


 母がそう言った。その瞬間、銃声が響いた。


 振り返るなと言われたのに、私は振り返ってしまった。


 そこには、倒れゆく二人の姿があった。


 網膜に、焼き印のように刻まれたその景色を、私は生涯忘れないだろう。


 体が引きずられるようにダストBOXの内部へと落ちていく。巨大な縦穴の中は冷たく、照明すら点いていなかった。


 鉄骨と配線と埃の匂いだけが満ちていて、下へ落ちるほどに空気は淀み、明かりは薄れていく。そして、私は悟る。


 私が信じて疑わなかった幸せな未来は、銃声とともに撃ち砕かれたことを。




 ごみと一緒に都市の最下層へと落ちていった私に、身分は残されていなかった。


 トップスの識別チップは読み取られず、存在証明も剥奪された。市民ですらなくなった私は何者でもない、ただの落ちてきたガラクタだった。


 光の届かない構造体の裏側。重なり合うビルの天井の下、ネオンとホログラムだけがざわめくスラム街「アンダーズ」。


 食料も、金も、信用もない。人間扱いされる理由なんて、どこにもなかった。


 私はただ、現実から目を逸らしながら生き延びた。廃材の中で食べかすを漁り、なんとか生にしがみつく日々。


 そして、アンダーズの暮らしにも慣れ、余裕を持てるようになった時から、捨てられた機械の残骸を拾っては弄るようになった。


 それは、生きるためというよりも、両親の技術に触れていたかったからだ。


 彼らと過ごした日々の記憶を、指先の感触だけでも繋ぎとめていたかった。配線をいじり、工具を握るたびに、ほんの少しだけ不安が薄れた。


 時間の流れは曖昧で、毎日が終わりのない悪夢のようだったけれど、それだけが、かろうじて「私」を保ってくれていた。


 そして、いつも通り廃材の山で機械をいじっていた時だった。右腕を壊したレクスが現れ、成り行きでその修理を引き受けたところ、腕を見込まれて空いていた修理屋を紹介された。


 そうして今、私はこの場所で再び工具を握っている。



    ◆ ◆ ◆



 まぁ、こんな不幸話、ヘイローシティじゃ特に珍しくもない。私以外にも、トップスから転落してきた人間なんて山ほどいる。


 私にツケでバイオギアを修理させようとしているレクスも、その一人だろう。


 彼のことを詳しく知っているわけじゃない。けど、彼の装備品である戦闘用バイオギアを見れば、ある程度は想像がつく。


 レクスのバイオギアは、全てトップス製の高性能な戦闘特化型のギア──通称、コンバットギアだ。


 あの滑らかな動作、軽度の電子戦能力を持つ戦術制御モジュール、そして旧世代の軍用プロトコルに適応したデータリンク。


 こんなものを持っている奴がアンダーズにいる理由なんて一つしかない。


 彼も私と同じ、トップスから落ちてきたのだろう。


 トップス制のギアを修理できる技術者は、アンダーズにはほとんどいない。だからこそレクスは、こうして私の店に通い詰める、ツケだらけの常連になってるわけだ。


「……レクス、これでいい?」

「おお! さすがヴィク、相変わらず完璧だな! お前の手は魔法のようだぜ!」

「魔法じゃなくて技術だよ。そういう軽口はいいから、クレジット払え」

「やっべ! 依頼の時間が迫ってる! また次回まとめて払うから、な!」


 レクスはわざとらしく時計を見て焦る演技をし、店を飛び出していった。「また来るぜ!」という声がかすかに聞こえた頃には、彼の背中はすでにホログラム広告の光の中に消えていた。


 店内は再び静寂に包まれる。ホログラムの微かな明かりと、油と金属の匂いだけがこの場所に残った。


「ほんと、適当な奴だよな……」


 私は独り言をつぶやきながら、散らかった工具を片付け始めた。


 ツケも払わないくせに、どうせ彼はまたすぐに戻ってくる。そしてまた無茶な修理依頼を押し付けていく。そのたびに私は文句を言いながらも、手を動かしてしまう。


 これが私の日常だ。


 いや、本当は「こうするしかない」というのが正しい。


 アンダーズで生き残るには、自分の価値を示さなければならない。この錆びついた工具と汚れた手で、私は今日もどうにか生き延びている。


「楽しい異世界ライフ」なんて、所詮は幻想だったんだ。

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