第4話

その夜、両親に呼び出された琴子は、なぜか清園寺家の客間に通された。そして、目を大きく見開いて両親の話を聞いていた。


「け……けいやく?契約結婚?」


父の口から発せられた言葉を理解できず、思わず聞き返した。 驚きと同時に、現代の世にそんなものが存在するのか、どこかのおとぎ話のようだ、と他人ごとのように考えた。


自分の家は名家でもなんでもない。

確かに清心流という武術の道場を代々守り、大きな土地と古い建物を継いできた。その維持のために人の出入りも多かったが、それはただの伝統であって、大切なものではあるものの、そう特別なことではない──琴子はそう思っていた。


父は腕を組んだまま、重苦しい沈黙の後、低く言葉を継いだ。

「これは冗談ではないんだ。我が清園寺家のため、そして……その先に広がるものを守るための縁談だ」

「清園寺家のためというのは、清心流のためということ?その先って何?」

琴子の声は思わず裏返った。

普段ならにこにこと笑って、場をやわらげる母が、そのときばかりは神妙な顔をしていた。それがとても不気味だった。


長い沈黙のあと、母はまっすぐ琴子を見つめ、静かに口を開いた。


「ことこちゃん。お母さんはね……」

母はゆっくりと言葉を継ぐ。

「清園寺祓師一族の第49代当主なのよ」

琴子は声を失った。

ふつし?祓師?

初めて聞いた……。


琴子はじっと母を見つめた。確かに父は婿入りだった。だが、琴子はこれまで、母が当主、のような雰囲気を感じたことはなかった。

「お母さんが、当主だったの……?でもそれも私は別にどうでもいいというか……祓師一族とかもちょっとわからないし……それとその、契約結婚とがどうして関係があるのかも、私にはわからない……」

父が重く頷く。

「そうだな。その説明は、相手のご家族と一緒にする。――明日、先方が挨拶に来る」


琴子はその晩、布団にもぐりこみ、推しのクッションを抱きしめながら泣いた。胸の奥がぎゅうっと締めつけられ、涙が次から次にこぼれた。推しの活動中、ソウマ様と結ばれる自分を想像したりしていたように、推しが消えてからもなぜかどこかでソウマ様と会えるような気がしていた。けれど、その淡く、ささやかな希望は、無情にも「契約結婚」という現実によって打ち砕かれた。


夜の暗闇の中でひとり、琴子は光の欠片を失った。





翌日。


清園寺家の客間には、朝から張りつめた空気が漂っていた。襖が開き、先方の家族が姿を現す。

母が「真神(まがみ)家の皆さま」と紹介した次の瞬間だった。彼が現れたのだ。


茶色がかった髪を無造作に整え、軽やかな足取りで部屋に入ってきた青年。その黄色いサングラスをかけた顔を見た瞬間、琴子は椅子から転げ落ちそうになった。


「……あ、あなた……!」


颯は、琴子をじっとみて、そして、笑った。あの屈託のない笑顔だった。


「やぁやぁやぁ、昨日ぶり……じゃないか。三年ぶりだっけ? 博物館のお姉さん」


母も父を目を丸くした。まさか二人に面識があるとは知らなかったようだ。咳払いをして父は、重々しく頷き、告げた。


「清園寺琴子。おまえの契約婚の相手は――真神颯様だ」


琴子の頭の中で、ガラスが砕け散るような音が響き渡った。

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