第35話 ボケとツッコミ
「1年B組、淡島雫です!」
放課後の部室に、元気な声が響いた。
放送部、演劇部を訪ねたラジオノむさしのディレクター城島と栗山は、その日はアニ研の部室を訪れていた。
「同じく1年B組、高千穂凛でぇす!」
二人が揃って頭を下げる。
「そちらの二人とは、この前お会いしたわよね」
城島が麗華と結芽に笑顔を向けた。
「わたくしが演劇部に退部届を提出にうかがった時、ちょうどお二人が来られていたのです」
麗華が優雅にゆっくりと頭を下げる。
隣で結芽がうんうんとうなづいた。
「私は、放送部で会った」
「桜田さんも、退部届出してきたの?」
アニ研部長の姫奈の問いに、結芽が首を横に振る。
「忘れてた」
「何しに行ったのよ!?」
凛の突っ込みに、結芽が右手で右の口角をくいっと引き上げる。
「これで、私はまだスパイできる」
「無理やりニヤリってしなくていいの! そんなにスパイが好きなの!?」
「好きなのは中華クラゲ」
「食べ物の話じゃなーい!」
その時、いつものパターンで姫奈が二回手を打ち鳴らした。
「ほらほら! まだお客さんとのお話が終わってないんだから、楽しいボケとツッコミに移ってる場合じゃないわよ!」
英樹がプッと吹き出してしまう。
「部長、“楽しいボケとツッコミ”って」
「諏訪くん、何ニヤニヤしてるのよ?」
「だって、部長があまりにも的確なので」
慌ててそう言いわけする英樹だったが、雫が彼の言葉に大きく同意した。
「諏訪くんの言う通りだと思う! 前からずっと、凛ちゃんと結芽ちゃんの会話って面白いなぁって思ってたんだけど、そういうことだったんだ!“楽しいボケとツッコミ”!」
「ボケとツッコミとは――」
いつの間にか麗華が、携えていた巨大な本をめくっている。
「会話の中で笑いを生み出すための“おかしなことを言う役割”と、それを“指摘して正す役割”のコンビネーションを指す。ボケだけではただの変な人になってしまい、ツッコミだけでは会話が真面目すぎて笑いが起きない。この二つを組み合わせることで会話のズレを解決し、緊張とその緩和を生み出すことで笑いを生み出す、と言われている」
「ほえ〜」
雫が、感心しているのか、さっぱり分からないのか判別がつかない声を発した。
「いや、コンビネーションじゃない!」
英樹の顔が一層輝く。
「“楽しいボケとツッコミ”に、伊勢さんの正確な分析や解説が入るから、どっちかと言うとトリオ漫才じゃないかな!?」
その言葉に雫が首をかしげる。
「トリオ漫才?」
「そう! でも、漫才じゃないような気もするから……サッカーやバスケアニメでよく見る、トライアングル攻撃とか、『NARUTO』のスリーマンセルと言ったところかも?」
そんな英樹の言葉にも、麗華がすかさず解説を入れる。もちろん、例の事典をめくりながら。
「スリーマンセルは軍事用語。三人一組で連携して行動する、小単位の戦術チームを指す言葉」
「いや、もしかすると三位一体? トロイカ体制と言った方がいいのかも!?」
再び雫が首をかしげた。
「トロイカって、お寿司の話?」
結芽はニヤリとしながら、胸ポケットのぬいぐるみの頭をナデナデする。
「キクラゲは、トロとイカも好き。私が好きなのは中華クラゲ」
もちろん、続けて麗華の解説が入る。
「トロイカは、ロシア語で“三頭立ての馬車”のこと。転じて、三人で政治などの指導や運営を行うことを“トロイカ体制”と言う」
「ほえ〜」
雫の発する謎の声が、部室に大きく響いた。
と同時に、パンパンと手を叩く音も。
「トリオ漫才でもトロイカでもトリプルファイターでも何でもいいから、静かに!」
姫奈である。
雫が彼女をパッと指差す。
「あ! 部長がまた新しい言葉出したよ! トリプル、ファイヤー?」
麗華が再び本をめくろうとするのを、凛が右手で制した。
「麗華、それには私が答えるのだ!」
雫が凛に視線を向ける。
「トリプルファイヤー?」
「それじゃ燃えすぎ! 部長が言ったのはトリプルファイター!」
「あ! 塩素系漂白剤だ! キッチンの!」
「それはキッチンハイター! トリプルファイターは、昭和に放送された円谷プロ制作の特撮テレビ番組なのだ! さすがアニ研部長! 特撮にも造詣が深い!」
「深くても浅くてもいいから、お客さんのお話を聞くの!」
姫奈の剣幕に、部員全員が口を閉じて城島と栗山に視線を向けた。
顔を見合わせ、ふうっと息を吐く二人。
「栗山くん、説明してあげて」
ひとつうなづいて苦笑する栗山。
「分かりました」
栗山の話によると、ラジオノむさしのは、この高校の学園祭である『創造祭』を取材することになったと言う。その対象は、創造祭で毎年人気のツートップである放送部と演劇部、そしてこのアニ研内声優部なのだと。
サッと血の気が引くように青い顔になる雫。
「あの、どうして私たちなんですか?」
雫の言うことはもっともだ。この学校の放送部と演劇部には長い歴史がある。もちろん実力も、である。そんな部活と同時に、なぜ声優部を取材するのか? この場の皆の疑問でもあった。
「それはね――」
城島がふっと、優しい笑顔になる。
「私、声優部に思い入れがあるの」
「思い、誰?」
「お! ラブコメかい!?」
再びボケとツッコミ会話に突入しそうになる雫と凛に、姫奈の厳しい視線が飛んだ。
静かになる二人。
城島に目を向ける姫奈。
「もしかしてそれって、昔の声優部のことですか?」
「ええ、そうよ」
城島の言葉に、アニ研全員の視線が集中する。
この人、昔の声優部のことを知っているの?
誰かの、つばを飲み込むゴクリという音が聞こえた。
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