第31話 映画の企画を決めよう
「ここに、みんなから提出してもらったドキュメンタリー映画の企画書がある!」
安田部長が、数枚の紙を手に皆を見渡した。
「今から一つずつ読み上げていくので、みんなの意見を聞きたい」
ひとつ咳払いをすると、安田が1つ目の企画書に目を落とす。
「再開発と街の記憶! これは誰の企画だ?」
スッと手を挙げたのは、細身で背の高い二年生だ。
「うむ、柴崎くんか」
「はい」
「では、読み上げるので、みんなよく聞くように」
【再開発と街の記憶】
テーマ:「“住みたい街No.1”は誰のもの?」
概要:近年の再開発で変わりゆく吉祥寺の風景。パルコ、バウス跡地、ハモニカ横丁の再整備、駅前の大型ビル群などを通して「商業の街」としての顔と「生活の街」としての顔を見つめ直す。
取材対象:
・昔からの商店主(ハモニカ横丁の老舗)
・地元住民、家族経営の店主
・新たに移住してきた若い層(リモートワーカーやクリエイター)
・再開発に関わる行政やデベロッパー担当者
読み終り、安田が顔を上げる。
「なかなか面白いと思うが、みんなはどうだ?」
その時、栗山が城島に目配せして、小声で囁いた。
「いやいやいや……チーフ、今の企画ってどうなんでしょう?」
「そうね。問題有り、ね。まぁ、生徒たちを見守りましょう」
安田が企画提案者の柴崎に歩み寄る。
「ここで君に問おう! ドキュメンタリーとはなんぞや!?」
ビシッと右手の人差指を突きつける。
「はい!?」
戸惑いを隠せない柴崎。
「短編とはいえ、我々放送部が作ろうとしているのはドキュメンタリー映画だ! そもそもドキュメンタリーの本質が分かっていなければ、まともな作品になるわけがないだろう。だから問うているのだ、ドキュメンタリーとはなんぞや!?」
「えーと……フィクションではない、ノンフィクション……ですかね?」
恐る恐る答えた柴崎に、安田が大きくうなづく。
「その通りだ。ドキュメンタリーとはノンフィクション、つまり真実である!」
そして突然早口になった。
「実在の出来事、人物、場所、社会問題などを記録、描写した非フィクションの映像作品こそがドキュメンタリーなのだ! フィクションとは異なり、事実に基づいた内容で、観客に現実世界の視座を提供することを目的としている! もちろんそのための手段として、フィクションを演出として利用することはあるが、それはあくまでも手法のひとつであり、ドキュメンタリーの本質はまさに真実なのであるっ!」
「は、はい! 部長のおっしゃる通りかと」
安田の目がキラリと光る。
「それが分かっていて、どうしてこんな企画書になるのだ?」
「え?」
「ハッキリと言おう。ここに書かれている内容には間違いが多すぎる!」
安田が企画書をパンと叩いた。
「ハモニカ横丁の再整備? 再開発等の計画は無い! 市の発表や報道はあったのか? この企画を立てるに当たり、君はどうやってこの街のことを調べたのだ?」
柴崎が下を向いて小さく言う。
「ネットで……」
「思った通りだな。今の時代、ネットで情報を得るのは大切なことだ。だが、それをそのまま鵜呑みにしてはならない! 情報ソースの信頼性を判断する! 新聞など基本ソースから手を広げて複数のネタ元を探す! 事前情報を押さえた上で、さらに文献に当たり、自分の足で取材する! そうしてこそ、はじめて真実に近づけるのだよ!」
城島が栗山の耳に口を寄せる。
「あの部長さん、なかなか見込みあるんじゃない?」
「そうなんですよ。まぁ、張り切りすぎるのが玉にキズなんですけどね」
苦笑する栗山。
「まだあるぞ。我々が作ろうとしている映画は、誰に見せるためのものだ?」
「えーと、創造祭に参加するので、この学校の生徒たちです」
安田の目が、厳しく光る。
「彼らに“バウス跡地”と言って通じると思うのか? 確かに吉祥寺バウスシアターは、この街のカルチャーにおける重要な拠点の一つだったと言える。だが、2014年に閉館、翌年に建物は解体され、2017年にその跡地には“吉祥寺スクエア”が建てられた。そして現在は我々高校生の放課後における拠点のひとつ、“ラウンドワン吉祥寺店”になっているのだ! 今の生徒たちのほとんどは、ラウンドワンしか知らないぞ?」
「え? ラウンドワンの場所って、バウスシアターの跡地だったんですか!?」
柴崎が素っ頓狂な声を上げた。
呆れたように大きなため息をつく安田。
「まさに、調査不足! とりあえず気軽に調べられるWikipediaすら参照していないのだろ!? これではドキュメンタリーを名乗るには十年、いや百年早い!」
「二万年早い」
結芽がボソリとそうつぶやいた。
副部長の佐竹真希が不思議そうに聞く。
「どうして二万年?」
「ウルトラマンゼロの名台詞」
「部長はウルトラマンじゃないわよ?」
結芽が真希に顔を向ける。
「融通が利かないから、人間力がゼロ」
「なるほど」
「なるほどじゃなーい!」
安田が真希に突っ込んだ。
と同時に、柴崎の小さな声が聞こえた。
「すいません……その企画書、取り下げます」
その後も、同じようなことの繰り返しだった。
部員たちから提出された企画書の不備を、安田が次々と指摘して粉砕していく。
そして全ての企画書が取り下げられてしまった。
重い沈黙が、放送室に満ちていく。
その時、一つの小さな手が上がった。
「とてもいいこと、思いついた」
「いやいや、桜田くんはすぐに声優部に転部するんじゃないのか? しかも、今日はスパイしに来たんだろ?」
「そう、私はスパイ。スッパイのは梅干し」
「梅干しはいいから!」
真希がすかさず突っ込んだ。
「おかかの方が好き?」
「おにぎりの具の話じゃないの! 転部するあなたが、どうして手を挙げたのよ!?」
最近気に入っているのか、結芽がニヤリと右の口角を上げる。
「わたしはまだ放送部員。だから意見を言うのも自由」
「分かったから、早く言ってみろ!」
安田が少しイラついたように結芽をうながした。
「ここでみんなにクイズ」
右手の人差指を立て、この場の全員を見回す結芽。
「みんなって、私たちも?」
首をかしげた城島に、結芽がこくこくと首を縦に振る。
「クイズって、今は会議の時間でしょ! 遊んでるヒマはないの! それでなくても、部長が全部の企画ボツにしちゃったんだから!」
真希が突っ込みを入れた。
だが結芽はそんな真希を無視するかのように、安田に視線を向ける。
「安田っち」
「誰だ!? そんな呼び方を君に教えたのは!? ……って、まぁ想像はつくが」
「とてもいい企画がある」
「ドキュメンタリーのか!?」
「そう」
またニヤリ顔だ。
「さて、この2人も巻き込んだ、今までにない企画とはどんな企画でしょう?」
結芽は、城島と栗山を指差した。
「OBのお二人を!?」
「ちっちっちっち……」
結芽が、シンキングタイムのような音を口で言う。
部員たちは皆、顔を見合わせている。
「ちーん……回答がなかったから、正解発表」
誰のものか、ごくりと唾を飲み込む音が響いた。
「ラジオ番組はどう作られているのかを取材するドキュメンタリー」
しばらくの沈黙の後、最初に反応したのは栗山だ。
「それって、放送部を取材するボクたちを放送部が取材するってこと!?」
「正解」
「ややこしーっ!」
安田が考え込むようにうなる。
「うーん……取材の定番を覆すってことか。逆転の発想ってやつだな。確かにそんなドキュメンタリーは聞いたことがない」
城島も同様にうなるように声を上げた。
「もしそれをするなら、私たちプロも放送部も、内容の構成や編集力を試されることになるわね」
「いやいや! 何が何やら、わけが分からないものになるかもしれませんよ!?」
栗山が不安げに大声でそう言った。
「だからおもしろい」
相変わらず結芽はニヤリ顔だ。
「キクラゲもそう言ってる」
うんうんと、ぬいぐるみの頭を動かす結芽。
「他にアイデアはないのか!?」
部員たちにそう叫んでみた安田だったが、他に企画が出ることもなく、結局結芽の企画に決定したのであった。
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