第39話 舞子のバースディ
「ハルくんごめん、火曜日やっぱり休めないや」
舞子の誕生日だから、その日はバイトを休めないかと訊いてた火曜日、最初は多分大丈夫とのことだったのだが、大口の予約が入ったらしく、やはり出勤になったらしい。
「ほな、ちょっと前倒しで、その前の3連休のどっかでお祝いしよか?」
「でもその連休は京産の学祭で、ライブもやるんでしょ?2日めだったっけ?無理しなくていいよ」
「大丈夫大丈夫。なんかご馳走作らせて」
「ほんと?ありがとう!嬉しい!」
何か食べたいものがあるか訊くと、ビーフシチューとエビフライが食べたいという。
「ケーキは?」
「ケーキもあるの?わーい!ハルくんの時と同じ、フルーツのケーキがいいな」
阪急の地下で売ってたスポンジと冷凍ホイップ、缶詰のフルーツカクテルとチョコスプレーとマラスキーノチェリー、あとキャンドルを買えばOKだ。
ビーフシチュー用のブロックのお肉とエビは商店街に行けば手に入るだろう。
叔父さんのアメリカ土産の例のレシピ本に、ダッチオーブンで作るビーフシチューのレシピがあったはずだ。
エビフライは作ったことがある。
「オッケー!楽しみにしてて!」
「ありがとー!」
でも、世の中そうそう思い通りにいかないということを、僕はこの3連休で思い知ることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇
ドラムレス、アコースティックバンドになった僕達のバンド、鴨川ルクセッションの新生ファーストライブは、京産大の学祭・神山祭の2日めのサブステージになった。
今までやっていたRCサクセションとローザ・ルクセンブルグから、アコースティックで無理なくやれる曲と、曲目が減った分は僕の希望で甲斐バンドのアコースティック曲。
コウジのリードギターがアコギに、前は歌とブルースハープ担当だったタカトモがコード弾きのギターも弾くようになり、僕もベースに加えて甲斐バンドの曲はリードボーカルを取ることになった。
リードじゃない曲もお互いにコーラスに入る。
音が薄くなったのを補う為に、話し合ってツインボーカルにギター2本とベース、そこにタカトモのハープも今まで通りという構成にしたのだ。
新しい試みな上に、僕のウッドベース問題もあって、なかなかに苦労したがそれなりに形になってきていた。
──と、思っていたのは僕だけだった。
「あかん!こんなんあかん!もっと詰めな、恥かくわ!」
本番を週末に控えた木曜日、タカトモが言い出した。
「明日は徹夜で仕上げるぞ!」
コウジも頷いた。
そうして連休初日、いつも練習場所にさせてもらってる木屋町のライブハウスのオーナーの好意で、店の営業が始まる夕方まで練習に使わせてもらい、更に深夜に営業が終わったあとから朝まで使ってもいいと言ってもらえた。
場所代は後日タカトモが無償でここで働くということで話をつけたらしい。
「分かったー。ハルくん、無理しないで頑張ってね!」
「うん。ごめんな。明日ライブは昼頃からやから、それから用意するな。舞子も観に来るやろ?」
「もちろん行くよ!ハルくんも歌うんでしょ?楽しみー」
──ライブは大成功だった。
RCの「ぼくの好きな先生」「大きな春子ちゃん」は知ってる人も知らない人も笑顔で手拍子が自然と起こったし、僕がリードで歌う甲斐バンドの「バス通り」とローザの「ひなたぼっこ」は、みんな聴き入ってくれた。
タカトモのボーカルとハープが冴える「橋の下」は、僕も演奏しながら鴨川の河原にいる気分になったし、最後にRCに戻って「スローバラード」は、音が会場に染み渡っていくのがステージ上から感じられた。
何とアンコールまで貰ったのだが、これは時間厳守の運営に止められた。
ともあれ、徹夜のかいあって、アコースティック路線の新生バンドは上手くいった手応えを感じた。
「ハルくん、お疲れ!よかったよ!」
ステージを下りた僕にそう言う舞子の後ろから、
「カッコええやん」
としおりが現れた。
「あ、来てくれてたんや」
「うん。今日やるって言ってたから」
僕らの演奏が始まる前、会場にいるしおりに気づいた舞子が声をかけて一緒に観ていたらしい。
舞子は、この前古本市で会った時のしおりの話に何かを感じたのか、すっかりしおりに懐いていて、2人はまるで仲のいい姉妹のように見えた。
更にそこに、
「中田さーん!カッコよかったー!」
とサキチがやってきて、僕の腕に絡みついた。
「あ、サキチも来てくれたんや!」
「来ますよー!タカさんからも誘われてたし、中田さん歌うって聞いてたし!あ、舞子ちゃん!」
「サキちゃん!バンド良かったよね!」
そう言って2人で手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねる。
しおりが、そんな2人を、なぜか憂いを帯びた不思議な表情で見つめていた。
「でね、ハルくん」
ひとしきり盛り上がったあと、舞子が僕の耳元に内緒話のように囁いた。
「ん?」
「このあと、しおりさん、ウチに遊びに来てもらっていいかな?」
「え?ええけど、誕生日のご馳走は…」
「それは明日お願い!もう誘っちゃったし!」
「なんでまた?」
「うん。なんだかしおりさん、やっぱり寂しそうに見えたし、それに、私の知らないハルくんの話色々聞きたくて」
舞子は無邪気に笑った。
まあいいかと承諾して、一旦バンドのところに戻るから先に帰ってて欲しいと伝え、楽屋代わりのテントに戻る。
サキチも「こっちにタカさんいるんですかー?」とついてきた。
と、ハイテンションのタカトモが
「おー!ハルヒト!めっちゃ盛り上がったな!サイコーや!」
と叫んで握手をしてきた。
「ほんでな、コウジと言うてたんやけど、明日の夜打ち上げやろうや!来るやろ?」
「あ…いや、明日はちょっと…」
「なんやねん?ノリ悪いな!」
「実はな、3日後に舞子の誕生日なんやけど、平日はバイトあるから、明日の夜にお祝いしようって約束してて」
「…どこが親戚やねん」
タカトモが半笑いで小さく呟いた。
「じゃあ、バンドの打ち上げと舞子ちゃんの誕生パーティ、一緒にやりましょうよ!」
話を聞いていたサキチが声を上げた。
「わ!サキチ、お前来てたんか!?」
「なんでですかー!タカさんが誘ってくれたんですよー」
「そやったか?すまんすまん!で、そのアイデアええやん!タツヤとかマサキとかヒロとかも誘って、俺もミナコ連れてくし。みんなで舞子ちゃんの誕生日祝ってパーッと盛り上がろうや!コウジもええやんな?」
コウジも笑顔で頷いた。
もはや流れは止められなさそうだった。
「舞子ごめん、なんか話の流れで、明日みんなで集まって打ち上げと舞子の誕生パーティ一緒にやろうって話になってて…」
僕がそう言うと、舞子は一瞬困ったような顔になったがすぐに
「うん!嬉しい!賑やかな方が楽しいもんね!ビーフシチューはまた今度作って!」
と笑顔で答えた。
「あ、しおりも来る?」
と一応誘ったが、知らない人ばかりだし、遠慮するという返事だった。
そりゃそうだ。
そんな訳で、結局連休2日目も3日目も、舞子の誕生日にご馳走を作るという計画は全て無くなってしまった。
仕方がない、また機会を見て作ってやろう。
その日はアパートにしおりがやってきて、商店街に買い出しにいき、美味しそうなタラの切り身と白子を手に入れて3人でタラ鍋をした。
「この人はね、自分が褒められるの大好きで、ちょっと女の子が寄ってきたら、すぐに節操なくフラフラ付いていく人だから、舞子ちゃん、気をつけなよ」
酒の回ったしおりの言葉に舞子が笑いながら頷き、
「さすがしおりさん!その通り!ね?ハルくん?」
と同調する。
「いや待って、いつの間に2人そんな結託したん?」
「だってそうやん?ねえ?」
「ねえー!」
本当に姉妹みたいに仲良くなった2人の攻撃に晒されながら、笑いとともに3人の鍋宴会は深夜まで続いた。
翌日のパーティ兼打ち上げは、木屋町の居酒屋。
「舞子ちゃん!誕生日おめでとー!!!」
「おめでとう!」
「あと、ライブの成功もおめでとー!!!」
そんな本来の名目での乾杯は最初だけだった。
場はあっという間にただの飲み会になっていく。
コイツらは要は、騒ぐ口実がほしかっただけなのだ。
「で、舞子ちゃんいくつになるの?」
口ひげにビールの泡を付けたままでマサキがきいた。
「明後日で18歳です」
このメンバーにもすっかり慣れた舞子が答えると、再び思い出したかのように
「おめでとうー!!!」
の大合唱。
と、ヒロくんが突然
「18歳かー、じゃあもう18禁も過ぎるし、ハルヒトも親戚がどうこうとかミエミエの言い訳せんでええんとちゃうん?」
と爆弾を投下した。
「え?どういうこと?言い訳って、舞子はほんまに親戚…」
「ええってええって!なんで滋賀県の北の方の親戚や言うてる子が、いつ見てもお前と一緒におんねん!?」
タカトモが続く。
タツヤは僕と口裏を合わせている建前上、ニヤニヤしているだけで何も言わない。
「やっぱりそうですよね?私も、中田さんと舞子ちゃん、絶対に親戚なんかじゃないとずっと思ってるんですよー」
サキチも参戦してきた。
「もし本当に親戚なんだったら、私が中田さん貰っちゃってもいいのかな?舞子ちゃん?」
そう言ってまた胸を押し付けて僕の腕に絡みついてくる。
「え?え?え?そうなん?ハルヒトさんと舞子ちゃんてそんな関係なん?」
ミナコは初めて聞いた展開に目を丸くしていた。
全く意味のわからないコウジは、刺し身をつまみながら黙々と日本酒を飲んでいる。
舞子も僕も、もはやどう反応するのが正解なのか分からず、固まっていた。
と、マサキが最後の爆弾を投下した。
「軽井沢の蕎麦屋で箸袋に住所書いて舞子ちゃんに渡してたの、だーれだ!?」
「「「「ハルヒトー!!!!」」」」
あの時のスキーメンバー、ヒロくん、マサキ、タカトモ、そしてもはや裏切りのユダと化したタツヤまでもが一斉に声を揃えて叫んだ。
万事休す。
後はもう、
「気づいてないとでも思ってたんか?」
「俺は琵琶湖バーベキューの辺りで怪しいと思ってた」
「軽井沢の蕎麦屋のコやって俺は2回目くらいで気づいたけどなー」
と大騒ぎになり、当然
「で、一緒に住んでんの?」
という話になり、もはやこれまでと舞子も僕も首を縦に振るともう収集がつかなくなった。
「ということは、そういう関係なんか?」
「あー、俺もそれ気になってた!」
とうとう話が下ネタ方面に向かい始める。
「それはない!断じてない!」
そこだけは強く否定する。
僕の珍しく強い態度に、そこは信じてくれたようだが、
「そんな事あるんやー。ハルヒトがなあ」
「なあ、元カノとかヨルノオトモダチとかにはとことんだらしないお前がなあ」
「でもまあ、18歳なったらもうええんとちゃうん!?」
と、次から次へと容赦ない攻撃が飛んできた。
舞子は顔を真赤にして僕の後ろに隠れてしまった。
それでも袖をつまんで離さないあたりが、何だか可愛かった。
「あんたら!ええ加減にしよし!!ハルヒトさんも舞子ちゃんも困ってるやん!!!」
大きな声で騒ぎを止めてくれたのは、ミナコだった。
「下品すぎるし、無遠慮過ぎるわ!温かく見守るてことでけへんの?」
いつになく強い剣幕のミナコに、まずタカトモの勢いが止まった。
皆もそれに続いてクールダウンしていく。
「あーあ。狙ってたのになあ」
サキチが頭の後ろで腕を組んでそう言ったのをきっかけに、皆口々に
「ちょっと調子乗りすぎた。ごめん」
「すまんかった」
「もう茶化せへんから、な?」
と謝り始めた。
なんだか謝られるのもおかしな話だなあと思うが。
なんだかんだで〆のゆずシャーベットが出てくる頃には、あれだけエキサイトしていた僕らのテーブルはすっかり落ち着いていた。
「では改めて、タカトモバンドのライブの成功と、ハルヒトと舞子ちゃんの未来を祝して、乾杯!」
タツヤの音頭で狂乱の宴は幕を閉じた。
店を出て、解散となり、皆思い思いの方に歩き出した時、サキチがやってきてまた僕の腕に絡みつき、
「舞子ちゃん、ウカウカしてたら私、いつでも中田さん取っちゃうからね?」
と舞子に笑いかけて手を振って京阪の方に去っていった。
「舞子、なんかごめんな。馬鹿騒ぎに巻き込まれて」
そういうと舞子は首を横に振り、こちらを見上げて言った。
「ね。手繋いで帰ろ?」
僕達は手を繋いで、自転車を停めた三条の方に向かって歩き出した。
高瀬川の水面に、街灯の光とネオンが反射していた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、いつものようにバイトから帰ってきた舞子は、今日はとても店が忙しくて疲れたからもう寝る、お風呂ごめんと寝てしまった。
僕はこれ幸いと高野に向かって自転車を走らせた。
これは無理かと思っていたんだが、思わぬラッキーだ。
日付が変わるまであと1分。
僕はすうすうと寝息を立てている舞子の枕元に立ってクラッカーを構えた。
あと30秒…10秒、9、8、7、6、5、4、3、2…
パン!パンパン!
「うわ!なに!?」
クラッカーの音に舞子が飛び起きた。
「誕生日おめでとう!!!」
僕はそう言って、今買ってきた蛸虎のたこ焼きを差し出した。
「1年前の約束!誕生日になった瞬間にたこ焼き!」
「ありがとう!でも…眠い…明日のあ…さ…食べ…」
舞子はそう言ってまた寝てしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「中田くん、またかいな!ええ加減にしてくれはらんと!」
翌日、2ヶ月連続で大家さんに怒られたのは言うまでもない。
大家さんごめんなさい、でも今回は、ちゃんと鳴らしたかったんですわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます