#3

 火事の噂は収まるどころか、都だけでなく、この田舎くんだりまで届くようになった。村里の蔵が燃えたやら、どこぞの山麓の破れ寺から火が出たやら。

 とはいえ、うちは山中の一軒家で隣家まで山一つ越えねばならぬ土地なので、まだ身近とはいえぬが、どうも気持ちの悪いものだ。

 先日も、「火除けのまじない」といって妖しげな札を売る行商がうちまで来た。

 オオカミの絵が描かれた札で、化け猫より強い動物ということだろうか。それとも、化け猫は油を舐めて遊女に化けるというが、客を「お大神だいじん」と呼ぶのに縁があるのだろうか。などとよしなしごとを考える。まったく信用などしていないが、こんなものでも火事の続く都では気休めくらいになるかもしれない。娘に送ってやろうかと、札を一枚買ったのだが、夫にあとから馬鹿だといわれて喧嘩した。

 我が家には龍神様の御遣いがいるのだから、そんなもの必要ないという。一体どっちが非現実的なのだか。

 夫婦喧嘩は犬も喰わぬというが、そんなやりとりの横で我関せずかぐは大きな口を開けて暢気にあくびをした。

 ふた山向こうの村でも火事があったらしい。さいわい小火で済んだそうだが、山火事にでもなれば事だ。

 物騒だというのに、急ぎでもない柴刈りのために夫は山へ入る。隠居の趣味で始めたような山暮らしだから、生活に困窮しているわけでもない。家におればいいものを、そんなだから咳も長引くのだ。

 夫のいない隙にまりは、ゆみに宛てて札を送った。もう一枚買った札も、夫に見つからない厨の隅にこっそり貼っておいた。

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