かわいい邪神の揺籃歌

サントキ

リトル・リトル

 横たわる神を呼び醒ます事無かれ。

 死せずして永久に眠る者を揺り起こすこと無かれ。





 辺り一面に、赤やピンクや紫の肉片が散乱し、鉄の匂いと腐敗臭が立ち込める。信徒を護ることのなかった神の像が、冷たいガラスの目で、2人の少女を睨めつけている。


「そんなところで横にならないの」


一人の少女は、もう一人に厳しく声をかける。


「後で洗うしいいじゃん。ねえ、にゃあさん。今の私、邪神っぽい?」


血の池に横たわる少女は冗談めかして笑う。水色の長い髪は血に濡れ、ドス黒く染まっていく。

にゃあさんと呼ばれた少女は、司祭の服の裏を調べながら、面倒臭そうに答えた。


「邪神らしいんじゃないの?」

「アハハ! 我が名はクトゥルー! 邪神クトゥルーである!」


 にゃあさんは司祭の服を血の池に落とすと、呆れた様子でため息を吐く。


「元から邪神クトゥルーでしょう」


 にゃあさんはクルリと向きを変え、それらの光景を前に逃亡さえ出来ないたった一人の生存者の顔を覗き込んだ。彼の顔は恐怖で引き攣り、硬直した身体をなんとか動かそうとするが、少女と目が合った瞬間に絶望に支配され全てを諦める。


「良かったわね。邪神召喚は大成功よ」


 クトゥルーはしゃがみ込むにゃあさんの後ろから邪教徒を見て、自身の両目を抉り出すジェスチャーをした。その瞬間、彼は悲鳴を上げながら両手で瞼を掻きむしり、眼窩に指を突っ込むと眼球を掻き出してしまった。


 それでも、神の似姿は静かに佇むばかり。


---



 ……リトル・リトル・プリースト。邪神ごっこが大好きな、邪神で神官な女の子……


 にゃあさんは、先日潰した教団の名前をリストの中から見つけ出し、マジックで塗りつぶしながら、ふとそんな歌を思い出した。


 いつどこで聞いた歌だったか。思い出せないくらい昔なのか、どうでも良すぎて忘れているだけなのかも思い出せない。


 はて。にゃあさんはリストを捲る手を止めて、考え込んだ。クトゥルーを神官と呼びながら、親愛を込めて歌う者などいただろうか?


 にゃあさんの耳に入る神官としてのクトゥルーの評判は散々だ。

 役目を放棄した愚かな神官。醜い裏切り者。自身の同胞…大いなるクトゥルフ…を顧みもせず好き勝手暮らしているろくでなし。


 にゃあさんにしてみれば、クトゥルーが役目を放棄して、好き勝手生きているろくでなしという評価は適切だ。ぐうたらで遊ぶのが好き。そのうえ他者の迷惑を考えるということがない。


 それに、同胞やその他の神々の信徒を殺して回ってたら裏切り者呼ばわりも当然のことだろう。しかも、誰にもその行動の意図が分からないとなれば尚更だ。


 『たった一人の従者』として教団潰しを手伝わされているにゃあさんが理由を尋ねても、明瞭な答えは返ってこない。


 ある時は

『神を信仰するのに群れる必要がない』

 ある時は

『なんか気に食わない』

 ある時は

『全ての存在が立場を無くすべきだ』

 ある時は

『本来、人間に神は要らない』

「そして今は、にゃあさんと一緒に遊ぶのが楽しいから」


 いつの間にか部屋に入り込んでいたクトゥルーが、いつものように喋り始める。


「にゃあさんはいっつもどーでもいいこと考えてるね? あ、八割くらいは私のことだから〜……私たちラブラブだよね!」


「それだと貴女がどーでもいいことになるわよ」


 クトゥルーは青い舌を出してとぼけた顔をする。


「にゃあさんは頭が回るよね〜。魔術師になると頭が良くなるの?」

「頭が良いから魔術師になれるのよ」


 にゃあさんは机の上に適当に置いていた教団のリストをそそくさと集めると、聞いていられないという風に部屋を出ようとした。

 その資料をちらりと見やり、クトゥルーは思い立ったように言葉を投げかける。


「ねえ、にゃあさん。賢いにゃあさんには分かる?」


 その言葉を聞いて、にゃあさんは扉を閉じる手を止めた。神官は空色のガラス玉のような目で魔術師を見つめ、抑揚のない声で続ける。


「気持ちよく眠ってる者を突っついてまで、人間はどうしたいの」


 魔術師は、紙束をひらひらと翳しながら返した。


「ここにいる人たちに聞いてくださる?」


 一転、クトゥルーの目が好奇に光る。

 賢い魔術師は、邪神に新しいおもちゃを与えたことに満足し、静かに扉を閉めた。


 次の犠牲者は、どんなに楽しい目に遭わされるのだろうか。にゃあさんはリストをパラパラとめくり、まだまだ塗りつぶされていない個所の多さに心躍らせる。


 リトル・リトル・プリースト。邪神ごっこが大好きな……

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