0906-3 ダグラス
ストームスポットの南端の辺りで、俺はすっかり途方に暮れていた。
「参ったな……」
それきり、スクーターは押しても引いても動こうとしない。いったい何がどうなっているんだ? 事故にならなかっただけマシだけど、まったくどうしたものか。ここに放置して歩いて帰る? それはちょっと気が引ける。不法投棄になりそうだし、トムさんにも悪い。じゃあ、誰かに助けを求める? いや誰に? 幸い新聞社のアプリのおかげで、新聞社の人であれば誰にでも通話を繋ぐことができるけれど、誰に何て言って助けてもらえばいいのか。
(トムさんにかけるのは有りか……)
うーん、と頭を抱えてうなる。
「あのー」
「はいっ! はい、何でしょう」
邪魔だったか? と慌てて振り返った俺は、そこに着ぐるみの大男がいるのを見て思わず半歩後退った。知っている人でなかったら逃げ出していたに違いない。
「ダグラスさん」
彼はスクーターに乗ったままちょいと頭を動かして、「ちわーっす」と軽い挨拶をした。垂れた犬耳がぴろりと揺れる。先日と変わらず、可愛らしい服だ。異様に毛並みがよいところに謎のこだわりを感じる。
「なんか、お困りのように見えたんで……どうしたんすか」
「実は」
俺は手短に状況を伝えた。
するとダグラスさんは顔をぎゅっと歪めた。
「それはトムが悪い」
「え」
「見せてもらってもいいです?」
「はい、いいですけど」
ダグラスさんはすぐ後ろにスクーターを止めて、ひょいと俺のスクーターのところにかがみ込んだ。慣れた手付きで機械部を開けて、何やら細々としたところを見ている。俺には何がどうなっているのかまったくわからない。
「うーん……あー、これ、すぐ修理ってのは無理っすね。とりあえずこれで――」と、タイヤの辺りにごそごそと触れて、立ち上がり、ハンドルを握って押す。さっきまで微動だにしなかったタイヤが、素直に前へと進み出した。「――よし、押せば動くようになった。これで押していって、ちゃんとしたところに持っていきましょう」
「すごい! すごいっすねダグラスさん。ありがとうございます!」
俺がそう言うと、ダグラスさんは微妙な顔になった。太くてたくましい眉毛の両端が情けなく下がって、あんまり嬉しくなさそうな、納得いっていないような表情。口元もわずかに尖っている。
「いや、別に、俺はそんな大したことしてないっす。結局、直せていないんで」
「でも、俺だけじゃ動かすこともできなかったんすよ。本当に困ってたんで。ありがとうございます。助かりました」
深々と頭を下げる。
少し間を置いて、ダグラスさんが遠慮がちに言った。
「……よければ、ぼったくりじゃない修理屋まで案内しますけど……」
俺は素早く頭を上げた。
「いいんすか? ぜひお願いします!」
ダグラスさんは伏し目がちなまま、まんざらでもなさそうな弱々しい笑みを目元ににじませた。
ダグラスさんの案内で、人気の少ない路地を並んで歩いていく。位置だけ教えてもらって自力で歩いていこうかな、と少しだけ考えてやめた。向こうがそうしないってことは時間があるってことだろうし、俺としては一人で行くよりも安心だし、それにちょっとダグラスさんと話してみたかったのだ。
彼は村のおじいとどこか似た空気をまとっていた。老成している、って言ったら褒め言葉になるだろうか? ゆったりとしていて落ち着く感じ。先日見た戦闘中の感じとは真逆だ。あのときはもっと荒々しくて、獣のようだった。今は春の日向でのんびりとお茶をしているよう。こっちまで自然と力が抜けていく。そのせいで、話してみたい、と思ったのに、ほとんど口をきくことはなかった。それでも気まずくならないのだからすごい。
久々にダグラスさんが口を開けて、
「そろそろ
と言った。
裏道を通ってきたからか、思っていたより早く着いたような気がする。足下に散らばっていた瓦礫やレンガもだいぶ少なくなって、ずいぶんと歩きやすくなっていた。
「修理屋さんは近いんですか?」
「んー、まぁもうちょい歩きますね」
すみません、とダグラスさんは謝ったのだが、俺の耳にはほとんど届いていなかった。なぜなら、
「何あの着ぐるみ。きもすぎ」
悪意が先に届いていたからだ。
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