最終章 騎士たちよ、末永くお幸せに

第17話 気付いたら領主を潰す話になっていたが全く覚えていない

 夢うつつの状態というのもあるようで、私は本当に記憶が断片的だった。


 いつの間にか、マベルとともに探索していたダンジョンから抜け出していたことも不思議ではあったのだが、はて、何故このような状態だったのだろうか。


 マベルの引く馬車の荷台に乗せられ、さながら売られていく家畜のような気分。

 結局一晩、あの洞窟の奥で夜を明かしていたのか。

 そんなことを考えながらも、私は実に心地の良い青空を見上げていた。


「なあマベル。私の記憶がハッキリとしないのだが、これから何処へ向かうのだ?」

「昨日も慌ただしかったしね。お互いに色々な話もした。整理つかないのも分かる。一先ず、これからボクたちは街に戻るんだよ」


 手綱を引くマベルの声は穏やかなものだ。

 だが、それと同時にこれまでとは違う、覚悟を秘めた毅然としたものも感じる。

 はて、マベルとはこんなにも逞しい好青年だったのだろうか。


 私の頭はポヤポヤとしてしまっていて、どうも本調子ではない。

 毛布を体に巻いて、荷台の上に仰向けに寝かされて、何をしているのだろう。


「街までもう少し掛かる。リナリーは寝ていても構わないよ」

「んん、ああ……」


 私は昨日、何をしたんだっけ。マベルとどんな話をしたんだっけか。

 思い出そうとすると、どうしてか頭のてっぺんがイリイリする。


「ボクの配慮が足らなかったのは本当に謝る。もっと分厚い毛布を渡せばよかった。まさかキミに風邪を引かせてしまうなんて」


 ああ、そうか。なんだか頭がフラフラすると思ったら熱のせいか。

 なんとも暖かい日差しだと思っていた。上手く頭が働かないのもそのせいか。


 ええと、ああと、そうだ。

 ダンジョンの罠で水攻めにあって、全身ぐしょ濡れになって……。

 なんか、マベルと大事な話をしたような気がする。

 焚火にあたっていたのに、なんで体を冷やしてしまったのだろう。思い出せない。


「けほっ、けほっ……」

「街に戻ったら温かい料理をいただこう。まずはその体を休めてからだ」


 ああ、なんと優しい。胸の内からポカポカ温まってくるようだ。

 まだ暖かい料理を口にしていないのにどうしてだろう。

 うぅむ、考えがまとまらない。今はちょっと、もうちょっとだけ休みたい。


 ゴトゴトとマベルの引く馬車に揺られながら、私の意識はまどろむ――……。


 ※ ※ ※


 ※ ※


 ※


 まだ、頭がポーっとするが、大分良くなってきた気がする。

 意識も大分はっきりとしてきた。


「リナリー、スープは飲めるかい?」

「あ、ああ」


 どうしてまた私は宿屋のベッドに寝かされ、マベルに看病してもらっているのか。疑問も尽きないところだが、優しくされる分には困ることはない。

 差し出される匙からスープをいただき、喉の奥に流し込む。ああ、美味しい。


「……ありがとう、マベル」

「どういたしまして」


 ところで、私はいつどうやって宿屋に来たんだっけか。

 それでいて、どのようにしてベッドに入ったんだったか。

 少なくとも自分の足で上がった記憶は全くない。

 何か温かいものに包まれていたのは覚えているのだが……。


 少しずつ、少しずつだが、頭の中のモヤが晴れていく。

 そういえば、誰かに背負われていたような。宿屋の主人か?

 いや、違う。あの背中の感触は……、おそらくマベルだ。


 いや、何かおかしいな。何故私はマベルの背中の感触を知っているのだろう。

 まるで、既にマベルに背負われたことがあるみたいじゃないか。


「少しは具合がよくなってきたかい?」

「ああ、んん、ま、まあ」


 どう返事していいのか分からず、たどたどしい返答をしてしまう。

 何故か、私はまた、マベルの顔を直視できなかった。

 そっちに目線を向けると、カァっと顔が熱くなってしまうから。


「まだ少し、熱があるみたいだね。また一晩、休んだ方がいいかもしれない」


 マベルの掌が、私の額に触れる。それだけでまた、私の顔は熱くなる。

 なんでだっけ、どうしてだっけ。また、よく分からなくなっていく。

 何がどうなってそうなって、こうなっているんだっけか。


 頭から湯気が出てきそうだ。こんなに沸騰しかけることあっただろうか。

 ああ、眠たい。なんかもう、色々ありすぎて、考えすぎて、頭が重い。


 寝よう、眠ってしまおう。もうこれ以上、意識が持たない――……。


 ※ ※ ※


 ※ ※


 ※


「――というわけで、ボクはこれからアミトライン領にある実家に戻ることにした。そして、父さんと決着をつけるつもりだ」

「……は?」


 いかんいかんいかん、また意識が飛んでいた。

 一体なんでこんなことになっているんだっけか。

 急に目が冴えてきて、頭の中がクッキリすっきりしてきた。


 ええと、朝起きて支度を整えて、朝食も済ませて、宿を立つところだった。

 ぼんやりとしていて、かなり寝ぼけていたが、それは何となく覚えている。

 それで、なんでマベルが覚悟の決まった顔で、こんなことを言うんだ。


「マベル、いいのか。その決着は、本当に良い結果をもたらすのか?」


 何の話か分かっていないが、とりあえず当たり障りもない感じで聞いてみる。


「ボクも何度も自分の中で考え悩み、導き出した答えなんだ。もう変えられない。アミトライン領も、今のままでいいはずがない」


 思い出せ思い出せ思い出せ。私はマベルとどんな話をした。

 ものすごい決意を固めちゃってるのに、全然思い出せないぞ。

 確かに、何か、重要そうな話をしていたはずなのに。

 くっそぅ、なんで風邪なんて引いた、私。


「全ての真実を打ち明けて、世間にその全てを公表し、そしてボクの父さんを――、シロイ・クレプリーズを失脚させる」


 本当に凄いことを言い出しちゃったよ、マベル。

 何かの冗談で言っているわけではないことは分かる。

 こんなに覚悟を決めた男の瞳を見たことはない。凛々しい。かっこいい。


「……それで?」

「ん?」

「それで、その後、貴様はどうするつもりだと聞いているのだ」


 結論が決まっているのなら、そこから話を察することもできるだろう。

 マベルがどんな計画を練っているのか、推理するしかない。


「ボクは……」


 おいおい、まさか無計画なんてことはないよな。


「クレプリーズ家がなくなってハイおしまいで私が理解できると思うなよ、マベル。それに、今、クレプリーズ家には私の妹リノンがいることも忘れるな」


 まあ、実際、今並べられている言葉だけでは理解できないのは事実だ。

 思うがままに口にしてみたものの、これが思いのほか、マベルには響いたらしい。言葉が途切れてしまい、覚悟の揺らいだような表情を見せている。


「貴様一人がどんな覚悟を背負っているのか、私にはその全ては分かりようもない。だが、大きな責任が伴うことは、貴様一人だけで済まされることではないのだ」


 少しの間をおいて、マベルが固い唇を開く。


「まいったね。リナリーには全部先のことが見えているみたいだ。キミの言う通り。ボクは全ての責任を一人で背負うつもりでいた。でも、そうはいかないんだね」

「当たり前だ。どうしてそこで、貴様は誰かの手を借りようという発想がないのだ。騎士道精神を履き違えているのではないか?」


 尤もらしいことを言ってのけているつもりではあるが、話、あってるのかな。

 的外れなことを言っていないか、ちょっとさすがに不安になってきたぞ。


「はは、またキミにこの前と同じことを言われてしまった。ボクもまだ、自分の中に覚悟が足りなかったのかな」


 覚えていないが、前にも私は同じようなことをマベルに言ったらしい。

 本当、覚えていないが。


「覚悟がどうとか、そういう話じゃないだろ? 貴様の成したいことはなんだ」


 さすがに、こうダイレクトに聞いてみれば目的を答えるよな。

 一体、マベルの目的は、その方法は。というか、ぶっちゃけ何をしたいのだ。


「そうだ……、ボクは本当の意味で騎士になりたかったんだ。キミの憧れた騎士。ただの一人であるボク、マベル・クレプリーズに」


 曖昧ぃ! ソレ、もうちょっと具体的な言葉にして!

 お前はマベルだよ。ずっとマベル・クレプリーズだよ。今も昔も変わらんだろ!


「ならば、やるべきことがあるだろう。一人で解決しようとするから壁に当たる。たった一人で戦場を戦う騎士などいないと知れ、マベル」


 具体的な計画をもっと説明頼む。


「……キミに助けを乞いたい。もう笑わないでくれるかい」

「笑うものか。貴様が騎士でありたいのならなおさらな」


 そういって私はマベルから差し出された手を握り、握手を交わす。

 どうしよう。どのタイミングで聞くべきなのだろう。

 もう少し綿密に話をする機会をくれないものだろうか。


 ただ、どうしたものか、マベルの中に灯った炎がメラメラとしている。

 私の言葉を聞いて燃え上がったのか。なんと勇ましい目つきなのだろう。


 勢いで私はとんでもない男の背を押してしまったのでは。

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