第2話 勝手に婚活パーティー開かれた挙句、断れない空気だった

 我が国はレッドアイズという名だ。チュロッタ領やらジーグザッグ領などがあり、そこにパエデロス領というものが存在している。

 辺境伯に任命された私の父ビパリーはこのパエデロスの領主ということになる。


 隣国ファンシトムにあるアミトライン領こそ、パエデロス領と隣接した国境の地。そして言わずもがな、クレプリーズ家はアミトラインの領主である。


 ややこしいことにレッドアイズ国の首都はパエデロス領から遠い。

 とどのつまり、言ってしまえば、辺境の田舎といっても差し支えない。

 一方でアミトライン領は首都も近く、まごうことなき都会なのである。


 ええと、まあ、ざっくばらんに……。

 レッドアイズ国と、ファンシトム国は、国で比較すれば同等。

 だが、パエデロス領と、アミトライン領は、土地で比較すると格差がある。


 この事実を頭の中で上手に整理できていなかった私が悪いのだろうか。

 お見合いパーティに出席することになった私、リナリー・アイノナイトなのだが、早くも帰りたい気持ちでいっぱいだった。


 アイノナイト家とクレプリーズ家は、お互いに領主で、お互いに貴族だから同じ、などと思い込んでいた自分をぶん殴りたい。

 自分の知る豪華という言葉がどれほど安っぽいものだったのかを痛烈に感じるほどクレプリーズ家のパーティ会場は広く大きく眩しかった。


 何十人くらいかのパーティなら経験はある。

 だが、百人近い規模のパーティなんて見たこともない。こんなに差があるのか。


「姉さん、緊張してる?」

「あ、いや、うん。ま、まあそうだな。パーティに出席するのも久しぶりだ」


 こんな規模のパーティなど生まれて初めてなのだが。

 妹リノンはすました顔をしている。この都会かぶれめ。もう染まったのか。


 え? 私、この状態でクレプリーズ家の長男と会うのか?

 お見合いしなきゃいけないのか?


 私の想定だと、ちょっと会話して、何か言い訳つけて、帰るつもりだったのだが、はいはい帰りますよと言えるような雰囲気じゃなくないか。

 完全にハメられたというべきだろう。我が妹リノンに。


「姉さん、逃げ出そうたってそうはいきませんからね」

「に、逃げるわけないだろう」

「そうかしら? 姉さん、いつもパーティとなるとすぐ抜け出そうとするじゃない。これからを考えれば、せめて今後関わる人たちには挨拶した方がいいわよ」


 見透かしたように言われる。そんなに私、分かりやすい顔をしているのだろうか。

 確かに、昔からこういう場は苦手なのは認めよう。貴族同士の交流の作法なんて、とっくに忘れてしまったし。

 散々お見合いをすっぽかして、妹を結婚させたツケが回ってきたな。


「あちらに見えるのがラピス領主のラズリー卿で、向こうのテーブルにいる老紳士がカールサイト領主のホウカイ伯爵で――」


 丁寧につらつらと名前を挙げてくれるが、正直覚えられる気がしない。

 というか、なんで領主がそんなに集まってきてくれるんだ。暇人か?

 いや、かなり前から計画されていたな、これは。


義姉上あねうえさま、来ていただけたのですね!」


 目線をそらそうとした矢先、向こうから大柄の男がドシドシと迫ってきた。

 礼服もパツンパツンになっており、その下の筋肉を隠しきれていない。


「お、おお。ペウルか。妹とは仲良くやっているようで何よりだ」


 知らない顔だらけのパーティで覚えている数少ない顔だ。

 まさか妹の夫の顔を忘れるはずもない。

 アミトライン領主の四男坊のペウル・クレプリーズだ。


「リノンは良き妻です。俺には勿体ないくらい気が利くし、政略結婚という形ですが本当にこんな縁があって、神様に感謝したいくらい」

「まあ、ペウルったら。うふふ」


 朗らかな笑顔を見せるペウルに、赤く照れた顔を見せる妹。

 そこには皮肉も嫌味もそこにはない。なんとまあ、見せつけてくれる。


 正直、政略結婚に巻き込んで申し訳ないとは思っていたのは本音だ。

 だが、こうも本人同士が幸せでいてくれるなら何よりだ。


 それにしても……、よくは見なくても分かるくらいの大柄な男だ。

 リノンと並ぶと、まさに巨人のように見えてしまう。コレと子供をこさえたのか。思わず視線が下の方に向きかけたが、無理やり引き戻した。


「レッドアイズ国とファンシトム国の和平のためにも、末永く夫婦円満で頼むよ」

「はい、義姉上さま! リノンを不幸にはしません!」


 相変わらずなんと熱苦しい男だろう。妹を任せるに相応しい好青年で間違いない。もはや本当に運命的な巡りあわせだったのかもしれない。


「リナリー姉さんも。素敵な殿方と添い遂げることを視野に入れるべきよ」

「う、いや、だからそれは……」


 結局こっちの方に戻ってきてしまう。何といっても、この場はお見合いパーティ。誰のために開かれているのかを思えば、逃げ場もない。


「それにしたって、これは少し大げさすぎやしないか。私と、そのマベルだったか。わざわざお見合いさせるためにこれだけ集まってきたのか」

「もちろん、主旨はそっちだけど、マロッカのお披露目も兼ねているのよ」

「俺とリノンの息子ですから。両国の架け橋になることを周知するためにも、とね」


 なるほど、それで合点がいった。

 パエデロス領とアミトライン領は長年不仲だった。それがやっと落ち着くのだから領主たちとしても肩の荷が下りる思いなのだろう。


 治安の悪い田舎町などと隣接してしまったがために目の上のたんこぶだったことは誰でも知っている事実。前領主も統治できておらず、略奪の歴史が積まれていた。

 ただ、私はパエデロスの生まれではないから、ぶっちゃけ余所者ではあるのだが、それでもどれだけ酷い環境にあったのかをよく知っている。


 対岸の火事なんかではなく、近辺の地域にも飛び火し、貧困問題にも発展。

 アイノナイト家が没落しそうになったきっかけもこの領土間の紛争にあった。


 本をただせば、管理のできてないパエデロス側が全面的に悪い。だからといって、隣国のアミトライン領の要望を「はい分かりました」と受け入れられるはずもなく、横暴の押し付け合いという醜悪な環境が続いていた。


「義姉上さまには感謝してもし足りないくらいです。状況が苛烈になっていたなら、ひょっとすると義姉上さまとも一戦を交えていたかもしれません」

「私はただ紛争地域の鎮圧に務めただけよ。まあ、剣を交えるのは満更でも……」

「姉さん!」


 ほとほと呆れたように声を張り上げられてしまった。

 さすがに半分冗談のつもりじゃないことまで読み取られているようだ。


「だっはは。さすが、英雄を冠するだけのことはありますね。いやはや」


 ペウルからも大きく笑い飛ばされてしまった。こちらも満更ではなさそうだ。


 クレプリーズ家の男児は皆、こんな感じなのだろうか。

 屈強な肉体、弾けそうなほどの筋肉。騎士の血を引く戦いのサラブレッド。

 礼装という擬態を一枚剥げば、戦場を凌駕する戦闘狂へと化けるに違いない。

 この私の目を欺けると思うなよ。


 ここがパーティ会場ではなかったのなら。剣を携えていたのなら。

 私はどうなってしまっていたことか。


「義姉上さまのご活躍、そして俺とリノンの政略結婚。両国の関係は良好でしょう。でも、より盤石にしたいのはアミトライン領の意志ひいてはファンシトム国の悲願」

「つまり、マロッカも生まれたから盤石ということだな」


 妹が横からジトリと視線を寄せてきた。言いたいことは、そうじゃないのだろう。


「クレプリーズ家に辺境伯の娘が二人も嫁ぐのなら、より固い絆と言えるでしょう。ねえ、姉さん?」


 我が妹ながらしたたかな女だ。クレプリーズ家当主のお願いなどと言っていたが、はたして何処まで信じていいものやら。

 わざわざ私とマベルとを会わせるだけ、赤ん坊を紹介するだけで領主を集めてまでこんなパーティを企画するなんて規格外にも程があるだろう。


「クレプリーズ家としても、義姉上さまのような英雄が嫁いでくれるというのなら、我が血筋の将来は安泰ですからね」


 新婚夫婦揃って違う切り口から私に結婚を迫ってくる。

 妹は私の婚期を気にしてのことだろうし、ペウルは騎士の家系を思ってのこと。


 まったく……結婚なんてそんなにいいものなのだろうか。

 いや別に。興味はないけど。でも、長男マベルがどれほどの男なのかは知りたい。


「って、そういえばマベルは何処にいる? そのためのパーティだろ?」


 そんな私の言葉を聞いて、ペウルの顔は確かに青ざめた。

 急くような顔で召使いの一人を呼び止めて耳打ちする。何かあったのだろうか。


 しばらく三人で歓談していると、召使いが戻ってきてペウルに何かを告げた。


 怒っているような、落胆しているような、なんとも複雑な顔模様だ。


「何かあったのか?」

「兄貴が……マベル兄貴が失踪しました」


 ……は? なんて?

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