第38話 都市の裏側、黒き塔へ ⚔️🍎

「ちょっと待っていて」


 ラナがそう言って廊下に出ると、素早く周囲を見回した。

 近くを旋回していた警備用ドローンに目を向け、手早く端末を操作する。

 数秒後、ドローンが空中でピタリと動きを止め、不自然な軌道を描き始めた。

 ラナが制御を奪ったのだろう。

 そのままネットワークに侵入し、エレベーターの起動に成功した。


 低く唸るような音が響き、エレベーターの扉がゆっくりと開く。


「非常用に切り替えたよ」


 ラナが淡々と告げる。

 災害時に消防隊が使うモードで、ドアを開けたままでも動かせる仕様らしい。


 ガーディアンの巨体がぎりぎり収まると、エレベーターは軋みながら上昇を始めた。

 振動が床を伝い、壁がわずかにきしむ。警報器の音も、次第に遠ざかっていく。

 もともと高層階だったため、エレベーターはすぐに停止した。

 屋上階に到達する。


 扉が開いた瞬間、冷たい風が吹き込んできた。

 げた金属と魔導オイルの混ざった匂いが鼻を刺す。


「風が強いな、気をつけろ」


 俺はそう言って、先に屋上へ出た。


 空を見上げると、第2階層の都市プレートが浮かんでいた。

 思った以上に近い。浮力を失い、ゆっくりと、だが確実に落下しつつある。

 街には火の手が上がり、ところどころに黒い煙が立ち上っていた。


 本来なら、雲よりも高い位置にあるはずの都市プレート。

 だが、この第3階層も、雲海に沈みつつある。

 灰色の雲が低く垂れ込め、都市の輪郭をぼやかしていた。

 その雲が、ゆっくりと渦を巻いている。


 屋上は広く、企業の連中が移動に使う飛行ユニット――空飛ぶ車――がいくつか鎮座している。

 その機体は、まるでこの混沌を見下ろすように、静かに待っていた。


「これに乗れば、第2階層まで行けるね」


「でも、ガーディアンは運べないよ」


 ミーナとラナが口を揃える。

 人間用のため、重量オーバーらしい。


 機械に詳しいグレイがいれば、何か妙案を思いついたかもしれない。

 だが、今は仕方がない。


 俺たちが考えあぐねていると、ガーディアンの首がゆっくりと動いた。

 視線を一点に固定し、目がチカチカと点滅している。

 何かを伝えたいらしい。俺はその視線の先を追った。


 屋上の端に、ひときわ大きな機体が鎮座ちんざしていた。

 いや、気づいてはいたが、小屋か何かだと思っていた。

 他の飛行ユニットとは違う、コンテナタイプの輸送機だ。


 企業が物資や試験機材を運ぶために使う大型機で、後部には積載用のハッチがついている。

 俺はラナに頼み、コンテナのロックを解除してもらった。

 そして、ガーディアンに扉を開けるように指示する。


 重厚な扉が軋みながら開いた。

 中には、魔導実験用の資材がぎっしり詰まっていた。

 魔力遮断用の鉛板、試験用の魔導結晶、冷却装置、そして――

 人型兵器の部品らしきものまで混ざっている。


 どれも高価な代物だが、今は使い道がない。


「中身を全部出せ」


 俺の言葉に、ガーディアンが無言で動き出す。

 冷たい鉛板が鈍く光り、魔導粒子をまとった腕が資材を次々と外へ放り出していく。

 床に金属がぶつかる音が響き、コンテナの内部が少しずつ空いていく。

 魔導結晶が転がり、冷却装置が軋みながら滑り落ちる。

 空気が重く、金属臭が立ち込めた。


 やがて、コンテナの中は空になった。

 ガーディアンが身を屈め、慎重に機体へと乗り込む。

 重量ギリギリだが、なんとか収まった。


 ミーナが端末を確認しながら言う。


「飛行ユニットの魔力制御は問題ない。出力も足りてる」


「ただし、上の都市プレートには行けないよ」


 ラナが続ける。

 俺も、すでにそれは感じていた。

 空気の流れが不自然だ。

 魔力の波が、一定の周期で空間を撫でている。


 都市プレートの防御機能――魔導障壁がまだ生きている。

 この距離で視認できるということは、出力は相当だ。

 空気の揺らぎが、魔力の膜をなぞるように波打っている。

 直接突入すれば、魔導力場に弾かれ、機体ごと焼かれる可能性すらある。


「第2階層への検問を強行突破しよう」


 俺がそう言うと、ミーナが目を見開いた。


「えーっ、撃たれちゃうよ。ほんとに?」


「たぶん、第2階層へ上がろうとする人たちで混雑している」


 ラナが端末を操作しながら言う。そして、


「魔導波形のログが乱れてる。都市の制御が追いついてない証拠」


 と付け足す。


 俺は一つの解決策を提示する。


「魔導光源と音波装置を連動させて、ゴキブリの群れを第2階層の検問に誘導するのはどうだ?」


 これは、ドクター・バクスが研究対象としている昆虫たちを管理するために使っていた手法だ。

 双子は同時に嫌そうな顔をした。まったく同じ顔だ。

 俺もやりたくはない。だが――それでも、進むしかない。


「それよりも、エリシアの行先だ」


 彼女がいなければ、この状況は打破できない。


「ちょっと待ってて」


 ラナが飛行ユニットの記録を解析していた。

 端末に映るログの中から、飛び立った機体の記録を探している。

 一番新しいものが、エリシアの移動先の記録だった。


「魔女は、都市プレートの中央部――企業本社ビル『ヴァル=クロノ・タワー』へ連れていかれたみたい」


「都市の中枢だね。真っ黒なビルだよ。魔導結晶柱の制御室がある場所」


 とミーナが言う。


「第1階層じゃないのか?」


 最上層である第1階層には、政府機関や企業本部がある。

 政治家、都市の幹部、研究責任者がいるはずだ。


「そんなの、とっくに殺されてるよ」


「企業が自分たちの都合のいいAIに置き換えてるに決まってる」


 双子はそう言って、呆れるように俺を見た。

 確かに、人間が行うよりも効率的だ。

 企業がAIを開発したのなら、次にやるのは上層部の排除だろう。


 エリシアのような長命種が幹部なら、なおのこと邪魔になる。

 それに第1階層には、企業幹部と研究責任者しか立ち入れない。

 つまり、バレることはない――ということだ。


 俺は空を見上げる。都市プレートの裏――その中心に、黒くそびえるビルがある。

 そこに、俺の雇い主である彼女がいる。


「……お腹を空かせてないといいが」

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