第31話 断罪の刃、守護者を斬る ⚔️🕳️

 ガーディアンの目が赤く光る。

 都市の警告灯を思わせる、冷たく無機質な光だった。


 装甲の隙間から、淡い青白い光がれ出す。

 内蔵された魔導回路が脈動し、ピコピコと断続的な電子音が鳴る。

 ブシューッと蒸気が関節部からき出すたび、げた金属の匂いが空気を満たした。


 大剣を構えると、重厚な装甲がきしむ。

 床をみしめるたびに、神殿全体がわずかに震えた。

 その剣は、俺の身長よりも長く、刃の縁には魔導粒子を安定させる制御リングが埋め込まれている。


 一振りで壁を砕けるほどの質量。

 体格差は歴然。まるで、戦車に立ち向かう歩兵の気分だ。


 神殿の守護者――その名の通り、容赦はない。

 ミーナとラナを遠ざけるため、俺がおとりとなって動いた瞬間、ガーディアンも反応した。


 自律型とは思えないほど、するどい間合いの読み。

 まるで、俺のくせを知っているかのような動きだった。


「ミーナ、ラナ……少し離れた場所で待っていろ」


 背後の気配を確認しながら、俺は黒刀を構え直す。

 この手の機械は、優先度を設定するはずだ。

 つまり、危険度の高い俺から始末しようとする。


 身体からだはまだしびれている。左腕は使えない。

 だが、右手が動く限り、俺は戦える。


 ガーディアンが踏み込む。

 床が沈み、ガシャンッ! 金属の足音が空間に響く。


 剣を振り下ろす動作は重い。だが、旧式だ。

 VX-09クロノ・アビスとの戦闘を経験している俺からすれば、遅い。


 俺は一歩、横へ跳ねる。

 ズシャンッ! と轟音ごうおんを立てて床がくだけ、魔導粒子が舞い上がる。

 視界が白く染まり、熱がほほをかすめた。


「……そんなに暴れていいのか? 守るべき神殿が壊れてしまうぞ」


 ガーディアンの目がチカチカと点滅する。

 言葉を理解したのか――いや、反応しただけか。

 その一瞬の迷い。俺は見逃さない。


 黒刀が軌跡きせきを描き、相手の肩をかすめる。

 ズシャーッ! 小さな火花が散った。

 装甲は硬い。だが、通らないわけじゃない。

 神殿の守護者が相手でも、俺の刃は届く――。


 ……だが、このままではまずい。


 身軽な分、回避で翻弄ほんろうすることはできる。

 だが、ダメージが残っている。動きにキレがない。

 一方で、機械は疲れない。

 いずれ、こちらが不利になるのは明白だった。


 そこまで計算しているのかは分からないが、ガーディアンが再び構える。

 左腕が変形し、銃口が露出する。

 魔導回路が脈動し、心臓部から銃身に青白い光が集まっていく。


 ……魔導粒子砲か。旧型でも、直撃すれば即死だ。


「させないっ!」


 俺は踏み込む。

 発射に時間のかかる武器なら、撃つ前にそれごと叩き斬る。

 この黒刀なら、それができる。


「断罪」


 焼けるような痛みが肩から胸にかけて広がり、呼吸が浅くなる。

 そのせいでタイミングがずれた。回避される。

 しかし、ガーディアンは危険を察したのか、発射を中断し、大きく後方へと跳ぶ。

 ピコピコと電子音を立て、こちらを警戒している。


 ……ここで追撃の手をゆるめるわけにはいかない。


 俺は重心を低く落とし、再び突っ込む。

 ガーディアンも即座に反応し、大剣を突き出してくる。

 そのまま腕を回転させ、大剣を扇風機のように振り回し始めた。


 攻防一体――回避すれば、確かにけられる。

 だが、今の身体にその余裕はない。

 痛みをこらえ、正面からぶつかることを選んだ。


 黒刀で回転する剣を弾く。

 キンッ! キンッ! キンッ! 金属がぶつかる高音が空間にひびく。


 計三度。その衝撃を利用し、俺は弾かれるように跳躍する。

 視界が一瞬、反転する。

 そして――ガーディアンの頭上をとった。


 ……だが、まだ終わっていない。


 俺は右手で黒炎の指輪に触れ、意識を集中させる。

 指輪が脈動し、空間に黒い残像が浮かび上がる。

 都市の記憶が再構成されたとき、模倣体もほうたいが現れた。

 なら――俺にもできるはずだ。


 具現化リアライズの応用。俺自身の姿を模した影――模倣体シャドウ・ダブル


「……俺の影なら、俺の痛みも背負えるはずだ」


 黒い影が俺に重なる。黒炎が皮膚ひふい、焦げた肉を包み込む。

 焼けた神経が再接続される感覚。痺れが引いていく。

 刀を持つ手にも力が戻り、皮膚の下で熱が脈打つ――


 ……俺は、再び戦える。


 落下と同時に、黒刀を振り下ろす。


「断罪!」


 ガーディアンは回転する大剣で防ごうとした。

 だが、その刃ごと――叩き斬った。


 床に着地した瞬間、ガーディアンの首がゴトンッ! と音を立てて転がった。

 赤い光が消え、無機質な金属のかたまりが床に沈む。


 ……だが、それで終わりじゃない。


 胴体が軋み、剣を振り上げる動作が始まる。

 首がなくても、動作プログラムは生きている。

 魔導回路がまだ稼働している証拠だ。


「危ない!」


 ミーナの声が響く。だが、俺はすでに動いていた。


「わかってる」


 知りたかったのは、動力源――魔導結晶の位置。

 戦闘中、装甲の隙間から漏れた光。

 銃口を向けられた時も、エネルギーは心臓部から流れていた。


 俺は黒刀を逆手に持ち替え、跳躍ちょうやくする。

 残された胴体の中心めがけて、刃を突き立てた。


 ズンッ!


 鈍い音とともに、魔導結晶が砕ける。

 青白い光が一瞬、空間を照らし――そして、消えた。


 ガーディアンの動きが止まる。

 剣を振り下ろす寸前で、動きが凍りついた。


「すごい……」


 ミーナが息を呑む。

 ラナがそっとミーナの腕を握り、安堵あんどの表情を浮かべる。


 俺は黒刀を引き抜き、ゆっくりと息をいた。

 神殿の空気が、ようやく静けさを取り戻す。

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