第15話 断罪屋、記憶を斬る ⚔️🏭

 再構成体リコンスト転殻機ローリング・シェルの群れ。

 白い霧が床を這い、警告灯の赤が空間を染める。

 霧の中で、赤がにじむ。まるで血液の海のようだ


 再構成体の足音。

 転殻機の転がる金属音。


 ……囲まれた。


 だが、あせりはない。

 都市の崩壊する記憶──


 通常なら、あれを見せられた時点でひざをつく。

 絶望に飲まれ、思考が止まる。


 だが、俺は違う。

 黒鴉くろがらすの断罪屋として生きてきた。


 絶望は、日常だ。

 崩れる都市も、焼け落ちる街も──


 俺にとっては、ただの“繰り返し”に過ぎない。

 むしろ、懐かしいくらいだ。


 身体が軽い。

 かつての感覚が、戻ってきている。


 明確な殺意。

 俺は、こういう場所でしか“生きている”と感じられない。


 都市が俺を拒絶するのなら、すべて斬るだけだ。

 態勢を低くし、抜刀の構えをとる。


 子供の姿であるなら、今はそれを活かすのみ。

 指輪が脈動する。


 黒の指輪──異世界を経て得た力。『断罪』。

 記憶を斬る力。


 俺がこれまでに斬ってきた者たちの“記憶”が、刃に宿る。

 その記憶を、相手に刻む。


 斬られたという“結果”だけを、相手に与える。

 強度も、装甲も、魔導構造マナ・アーキテクトも関係ない。


 俺が“斬った”と認識した瞬間──それが、現実になる。

 間合いを図るり足。


 ……だが、こいつらが相手では意味がない。


 一気に距離を詰める。抜刀。

 黒刀が空を裂く。


「断罪」


 斬撃は、空間を通して“記憶”を伝播でんぱさせる。

 再構成体の胸部に、斬られた痕が浮かぶ。

 反応する間もなく、崩れ落ちる。


 青い体液がき出す。だが、俺はすでに移動している。

 子供の姿──その体格差を利用し、常に相手の死角に入り込む。


 攻撃は止まらない。

 敵は反応する間もなく、崩れ落ちる。


 転殻機の群れが一斉に変形し、突撃してくる。

 外殻が展開し、ムカデ型の多脚が床を叩く。

 魔導触角マナ・プローブが空気を探り、群れが連動して動く。


 おそらくは外部波形を探査・干渉するための感覚器官。

 魔導粒子を媒介に、精神波・記憶波・魔力波を検出・照合する。

 死角はないということだ。


 ……だが、俺はすでに“斬った”。


害虫ゴキブリ駆除くじょは得意だ」


 黒刀が振るわれるたび、敵の装甲が裂け、魔導繊維マナ・ファイバーが断ち切られる。

 断罪とは、過去の記憶を刃に変える技。


 都市が記憶を蓄積するなら──俺は、それを斬る。

 都市の意思が、俺を選別しようとするなら──


 断罪するのみ。


「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」

「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」

「断罪」「断罪」「断罪」「断罪」

「断罪」「断罪」「断罪」

「断罪」「断罪」

「断罪」


 斬撃が空間を裂き、記憶が伝播でんぱする。

 敵の意識に、斬られた記憶が流れ込む。

 反応する間もなく、崩れ落ちる。


 ……静寂せいじゃく


 最後に、結晶が置かれていた台座へと歩み寄る。

 黒刀を振り下ろす。


 台座の表面が裂け、青紫の光が一瞬だけひらめいた。

 魔導波形マナ・ウェーブが揺らぎ、空間のざわめきが止む。


 ……静かになった。


 断罪は完了した。都市の意思も、今は沈黙している。

 黒刀を収め、深く息を吐く。そして、ふと思い出す。


「いや、その前に昼食だな」


 静まり返った施設の片隅に腰を下ろす。

 警戒は解かない。だが、腹は減る。


 弁当の包みを開く。

 魔導粒子遮断容器マナ・コート。旧型だが、まだ十分使える。


 中身は、昨夜の残り──魔導風マナチキン梅おかか和え。

 魔導育成鶏腿マナ・レッグに、粒子耐性の高い魔導梅と、香気の強い魔導節を絡めた煮物。


 ……冷めても、味がしっかり染みている。


 少しかたよっていたが、梅の酸味が全体に広がっていて、むしろちょうどいい。

 副菜は、粒子耐性野菜のレンジきんぴらと、セリス豆のマナ浸し。


 ピーマンと人参の甘辛きんぴらは、冷めても香ばしく、歯ごたえも残っている。

 人参の代わりにセロリでも良かったが、この都市のセロリはくせが強い。

 レバーや生魚の臭みを消すには使えるが、今回は出番なし。


 セリス豆は、魔導医療施設で使われる回復属性の食材。

 研究中に食べると集中力が上がる──エリシアがそう言っていた。

 確かに、戦闘で消費した魔力が少し戻った気がする。


 ご飯は雑穀入りで、魔導繊維マナ・ファイバー包み。

 包みを開けると、香草の香りがふわりと立ち上がる。

 炊き加減は少し硬め。俺のこだわりだ。


 ……冷めても、味は落ちない。むしろ、落ち着く。


 一口ずつ、静かに食べる。

 崩れた都市の記憶が、まだ頭の奥に残っている。


 多くの人間の死を目の当たりにした感覚。

 だが、俺にとっては──これが日常だ。


 弁当は空になった。魔導粒子遮断容器マナ・コート

 本来は食材用だが、都市の結晶にも使える。


 直接触れると、また暴走しかねない。

 俺は、オルド結晶をそっと容器に収めた。

 昼食の残り香と一緒に、都市の心臓部を持ち帰る。


 ……都市は、人の営みがあってこそ動く。


 その記憶を封じた結晶を、食事の器に収める。

 なんとも、皮肉な話だ。


 生きるために食べ、都市を斬るために生きる。

 家事の合間に都市の断罪をする──それが、黒鴉の断罪屋。

 いや、『ヴァル=ノクス』の断罪屋、レンだ。


 都市の意思は沈黙した。だが、俺の生活は続く。

 ……しかし、最後の悪あがきか。

 結晶の魔導波形が、部屋の外へと向けて放たれる。

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