第2話 戦友との再会
朝、黒斗は外に出て丘で風景を見ながら朝食の固いパンを食べていた。
英雄として、ダイヤモンド級冒険者として決して少なくない報酬をもらっていたが、それでも買うのは外サクサク中フワッフワのクロワッサンなどではなく、安い固いパンだ。
街並みが戦前に戻ろうとも、戦争の記憶を忘れないために、自身の罪を忘れないために。
今日も黒斗はギルドに依頼を受けに、街に戻り歩いていた。
ちょうどギルド前に着いた時、懐かしい声が聞こえた。
「久しぶりだな、戦争終結記念の宴以来か?」
黒斗は足を止め、声の方に目を向けた。
戦争で共に戦った数少ない戦友たち――その中の一人が立っている。顔には疲労と安堵が混じり、戦場では見せなかった微笑みを浮かべていた。
「……ああ、久しいな」
黒斗の声は淡々としている。表情は崩れない。
だが胸の奥では、かつての戦場で交わした約束や、失った仲間たちの記憶が、わずかに波を打っていた。
戦友はにっこりと笑い、軽く手を上げる。
「お互い、あんな地獄を生き延びるとはな。最近はどうだ?元気にやってるか?」
黒斗は視線を返し、短く頷いた。
言葉は少ないが、二人の間には戦場で育まれた信頼が静かに流れていた。
「お前も……ギルドに依頼を受けに来たのか?」
「まぁそんなところだ、どうだ?せっかくなら一緒に受けるってのは」
黒斗は少し視線を下に向け、思考する。
「そうだな……たまにはいいだろう」
二人は静かにギルドの扉を押し開けた。
ギルドホールのざわめきが、黒斗の存在感に少しだけ押される。戦友が隣にいることで、孤高の英雄としての空気は少し和らぐが、それでも人々の視線は自然と黒斗に集まった。
「さて、どの依頼から始める?」
戦友が問う。声には軽さがあったが、その眼は戦場をくぐり抜けた者の鋭さを失っていない。
黒斗は軽く頷き、依頼掲示板に視線を落とす。
「なんだこれ?」
戦友が指さしながら疑問を口にする。
黒斗もその指先の依頼を目にし、興味深そうな顔をする。
「訓練兵に対する指導……か」
黒斗は掲示板に掲げられた依頼書をじっと見つめる。
「危険性はないと言ってもいい。戦闘経験の少ない者を育成するという意味では、プラチナ級以上限定になってる意味もうなずけるな」
戦友は肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「なるほどな、俺たちの手で若い奴らを鍛えるってわけか。戦場で死にかけた俺らが、今度は生き延びるための技術を伝える……皮肉なもんだ」
黒斗は小さく頷き、口数少なくも同意する。
「皮肉だが、それもまた戦後の戦いの一つだ、すまない、この依頼を俺とこいつで受ける、連絡をしてくれ」
「は、はい、わかりました」
受付係が緊張しながらも答える。
黒斗と戦友はギルドを後にし、依頼先の訓練場へ向かった。
街道を歩く二人の背中に、通りすがる人々の視線が自然と集まる。英雄としての圧、そして戦友という安心感――それが微妙に混ざり合った空気だった。
依頼の場所は王城、王族たちが住まう神聖で高貴なる場だ。
「まさか人生で二度も王城に入ることになるとはな」
黒斗は戦争での功績から勲章を授かっているため、王城にはいるのはこれがはじめてではない、だが対照的に戦友は……
「おいおい、俺は初めてだぞ?案内よろしくな!」
「言っておくが、あまり変な行動をするなよ?」
「とうぜんだっつ~の」
王城の門をくぐると、重厚な扉が軋む音を立てて閉まった。
衛士たちの視線が二人に集まり、黒斗は軽く胸を張る。勲章が日の光を受け、淡く輝いた。戦友は少し身を縮めながらも、目を輝かせて周囲を見渡す。
「ほら、あの廊下の先が依頼場所だ。歩き方に気を付けろ」
黒斗の声は冷静そのものだ。戦友は軽く肩をすくめ、笑いながら従う。
廊下を進むたび、壁に飾られた豪華な調度品や戦績の記録が目に入る。二年前、戦場で見た灰色の世界とは対照的な、荘厳で安定した日常がここにあった。
(戦場は地獄だったというのに、ここは……)
広間の扉を押し開けると、そこには数十人の訓練兵が、緊張した面持ちで黒斗と戦友を見つめていた。地脈戦争の生き残りが指導すると聞き、期待と畏怖が入り混じった空気が漂っている。
「構えが甘いな」
黒斗は木剣を軽く叩き、前に出た訓練兵の剣を一瞬で弾き飛ばす。
「相手の刃を見ようとするな。肩、腰、足……筋肉の動きの予兆は必ず出る。視線を分散させろ」
訓練兵は慌てて木剣を拾い直すが、黒斗の眼差しは厳しいままだ。
一方で戦友は、別の列を回りながら指導していた。
「突っ込むな、自分の役割を忘れるな!盾役は味方を守るのが役目だ、無理に前に出るな!」
声は大きく、時に笑みを見せつつも、動きの甘さは容赦なく指摘していく。
やがて黒斗は訓練兵数人をまとめ、模擬戦を仕掛ける。
「四人で構わない。俺は一歩も動かないでおこう」
掛け声と共に飛び込む訓練兵たち。しかし黒斗は最小限の動きで剣を捌き、足を一歩も動かさずに全員を次々と地面に転がしていった。
「敵は待ってはくれない。数で勝っても、連携がなければ意味はない」
戦友が肩をすくめて笑う。
「お前ら、これが戦場帰りの動きだ。覚えておけ、生き残りたきゃ仲間を信じて動け!」
汗と土埃にまみれながらも、訓練兵たちの瞳には次第に恐れよりも憧れと闘志が宿り始めていた。
「……いい目だ」
訓練場に響いていた掛け声と木剣の打ち合いの耳が痛くなる程の音が、次第に静まっていく。
汗を流した訓練兵たちは整列し、息を整えていた。黒斗と戦友は並んで立ち、最後の指導を終えたところだった。
その時、重い足音とともに、鎧の擦れる音が近づいてくる。
「あいつらの目が変わった、流石だな」
落ち着いた低い声が響き、姿を現したのは王国騎士団長のクラン。壮年の男で、背筋を伸ばし、戦場を知る者だけが持つ威圧感を纏っている。
実際にクランも地脈戦争で、幾千の騎士を率いて戦った実力者だ。
黒斗は軽く頷き、形式的に答える。
「依頼を遂行しただけです」
クランは口元にわずかな笑みを浮かべる。
「敬語はいらねぇよ、お前ほどの者が、ただの依頼でここまで真剣に指導してくれるだけでありがたいものだ。……あの地脈戦争の英雄が、今も剣を置いていないのは、王国にとって心強いことだしな」
黒斗は視線を逸らし、訓練兵の方を一瞥する。
「今の時代で俺が伝えられるのは、生き残るための術だけ。それ以上は、本人たちが選ぶ道だ」
クランは腕を組み、しばし黙考する。
やがて静かに言葉を落とす。
「戦争が終わっても戦い続けるのは容易ではないだろう、実際に地脈戦争後は騎士も冒険者も引退者が多く出たからな。その時から英雄であるお前の存在は俺たちの希望だ。どうかその背を見せ続けてやってほしい」
黒斗はその言葉に応えることなく、ただ無言で立っていた。
だがクランの眼には、彼の沈黙が拒絶ではなく、戦場を生き抜いた者特有の「重すぎる答え」であることが理解できていた。
「まぁ、これからも英雄として戦い続けるかを選ぶのはお前だ、それを忘れるなよ」
王城の白壁を背に、黒斗と戦友は石畳の道を歩いていた。夕陽が長い影を伸ばし、城下の喧騒が遠くから聞こえてくる。
「……お前、やっぱり変わらないな」
戦友がぽつりと漏らす。
「訓練兵に教えてても、背中がまるで戦場に立ってる時のまんまだった」
黒斗は視線を前に向けたまま、短く答える。
「戦場で得たものは、簡単には消えん」
戦友は苦笑し、頭をかいた。
「だよな。俺なんかはすぐに騒ぎたくなるけど、お前はあの頃から一貫してる……まぁ、だからこそみんな生き残れたんだろうな」
沈黙がしばし続く。黒斗は足を止め、城下の夕暮れを眺めた。
「……あの訓練兵たちは、戦場を知らない。だが、知らないままでいてほしいものだ」
「同感だな」
戦友はにっこりと笑い、空を仰いだ。
「でももしも、また地獄が来るなら……今度は俺たちが盾になってやらなきゃな」
黒斗はその言葉に反応しない。ただ小さく頷き、歩き出す。
その背を追いながら、戦友は口元に笑みを浮かべた。
「ったく……相変わらず無口だな。まぁ、それでこそお前か」
夕焼けの中、二人の足音が静かに響いていた。
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