一万二千年後の北極星
日比谷すみれ
プロローグ
ベガという星を、知っていますか。
夏の夜空に、ひときわ明るく輝く星。
こと座に属し、夏の大三角形の一点を担う。
一等星に分類されてはいるけれど、その明るさは本当は0等星に近く、ベガより明るい星は、全天見渡しても四つしかない。
織姫星とも呼ばれ、七夕の物語では天の川の向こうにいる彦星と一年に一度だけ会える、と言われることでも有名だ。
私たちが住む地球からの距離は、およそ二十五光年。
と言うととても遠くに思えるけれど、宇宙のものさしで測ると、ご近所さんと言えるほどの近さ。
その青白く美しい光はまるで宝石のようで、見る者を魅了せずにはおかない美しさがある――。
これが、プラネタリウムの解説や教科書でよく語られる、ベガのお話。
けれど。
私がベガを好きな理由は、そこじゃない。
私が全ての天体の中で最もベガを愛し、憧れ続けている理由。
それは……。
ベガが、一万二千年後には北極星になる星だから。
地球の地軸がゆっくりと向きを変える「歳差運動」によって、天の中心の位置は少しずつ移動している。
現在ポラリスがいるその位置に一万二千年後にたどり着くのは……そう、ベガだ。
今はたくさんある星のひとつにすぎないベガだけど、遠い未来、夜空の中心で旅人や船乗りを導く存在になるのだ。
北の空で揺るぎなく輝き、迷う人々に方向を示す星……それがベガの、未来の姿。
なんてロマンチックなんだろう。
静かに、でも確かに、自分の役割を待っている。
そんなベガのことが、私は大好きだ。
私はよく、夜空を見上げてベガに話しかける。
ベガが見えない季節にすら、つい他の星ではなくベガに話しかけてしまう。
人目を忍んで星の光に語りかけるなんて、ちょっと変かもしれないけど……。
でも、ベガなら私のちっぽけな悩みや、届かない夢や、誰にも言えない願いを聞いてくれるから。
あの青白い光はいつも静かにそこにあって、私の全てを受け入れてくれる気がするから。
今こうやって生きている私は、きっと誰の目にも平凡な存在だ。
特別な才能があるわけでも、誰かを導けるほどの力があるわけでもない。
でも、ベガみたいに、いつか輝く日が来るって信じたい。
遠い遠い未来でもいい。
誰かの道しるべになれるような、
揺るぎない光で、誰かの迷いを照らせるような――。
ベガ。
私は、あなたのようになりたい。
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