第11話


 放課後の喧噪の中、人の合間を縫って歩く。授業が終わり次第、集合っていう約束だったのに、すっかり遅くなってしまった。

 この辺りで待ち合わせだけど……まだ、待っててくれてるかな?

 見回すと、校門の近くのベンチに腰掛けているカレンさんが視界に入った。カレンさんもまた、キョロキョロと忙しなく首を動かしている。

 そして目が合うと、パッと花が咲いたように笑顔になった。

「おーい! こっちこっち!」

 大きく手を振ってくれる。近くにいた生徒達の視線が、カレンさんに集中した。

 ……気恥ずかしいけど、無視するのは違う、よね。

 気持ち程度に小さく手を振り返して、駆け寄った。

「ごめんなさい。先生に呼び止められてて……」

「良いよ。そんなに待ってないし。キャサリン先生?」

「……うん」

 頷くと、カレンさんはまたか、と苦笑する。

「悪い先生じゃないんだけどねぇ。人使いが荒いというか……。セーラちゃん、今週で何回目?」

「四回目。――まだ火曜日なのに」

 ちなみに、先生と遭遇したのも四回。すれ違うと必ず、何かしらの用事を言いつけられる。

 体育館倉庫の鍵を開けておいて欲しいとか。教材運びを手伝って欲しいとか。この教材とやらは科学の実験道具だった。

 嫌だってわけじゃない。別にやることもないし、お礼のお菓子ももらえるしね。ただ単に、回数が多い。

 私と一緒にいるせいか、その流れ弾がたまーにカレンさんにも当たるから、その度に申し訳なさが積み重なっていく。

「お疲れ様だね。じゃ、行こっか。帰りが遅いと、作業が終わるのも遅くなっちゃう!」

 歩き出したカレンさんの後を追って、校門を出る。

 なんだかんだで一緒にいるようにはなったけど、家に行くのは初めて。お手伝いのためとは言え、昨日から少し楽しみだった。

「もうすっかりハロウィーンだよねぇ」

「そうだね」

 もはや、それ一色と言ってもいい。ショーウィンドウの魔女や黒猫の置物が怪しくて、かわいらしい雰囲気を醸し出している。加えて、オレンジや紫の電飾がとても華やかだ。

 そういえば、学校にもハロウィーンパーティーの張り紙が出てたな。毎年多くの生徒が参加して、すごく盛り上がるんだとか。

 ……私は参加したことないけど。

「あ、あのカフェのフラッペ、昨日広告で流れてきたやつだ! おいしそう!」

 カレンさんが興奮気味に、立て看板を指さす。

「へぇ、モンブラン風味……」

 確かに、おいしそう。秋らしいフレーバーだ。おすすめカスタムってのもあるみたい。

 あ、ホットもあるんだ。こっちもおいしそうだな。

「ねえねえ、買ってこうよ。これから頑張るんだし、甘いもの飲んで気合い入れよう!」

「え? あ……」

 言うのが早いか、私の返事を待たずに腕を引っ張っる。そしてあっという間に、お店の中に引きずれ込まれてしまった。



「んんー、おいしい~」

「……良かったね」

 フラッペを飲みながら、町を歩く。

 隣ではカレンさんが頬を押さえながら幸せそうな笑みを浮かべていた。

 うん。確かに、おいしい。栗の甘みと、深煎りコーヒーの香ばしさがバランス良くマッチしている。乗っかってるクリームも、それ自体は甘くないようだ。くどくなくて、飲みやすい。

 けれど一つ、言いたい。

「――寒い」

 こんな季節に、しかも外で飲むものじゃない。ホットラテの方が飲みたかったのに、売切れてるだなんて……。どれだけ人気の商品なんだろう。

 そもそもこんな時期にフラッペの新作を出す方が間違ってる。絶対。

「大げさだよ。セーラちゃん、暖かそうなコート着てるじゃん」

 ピッと袖口を引かれる。

 このコートは日曜に物置部屋から出したものだ。最近の冷え込みが激しくて、耐えられなかった。本当は、もう少ししてから出す予定だったのに。

 一方でカレンさんは丈の短いワンピースと首元が開いた上着。さすがに素足ではないけれど、これで平然としているなんて信じられない。

 これが『オシャレは我慢』というやつなんだろうか。私には無理。

「ママに頼んでヒーターつけてもらってるから、部屋は暖かいと思うよ。――ほら、到着」

 足を止めたのは、洋服屋さんの前。

 上品な雰囲気が漂っていて、お客さんでいっぱいだ。とても忙しそう。

 あれ、ここって……。ああ、やっぱりそうだ。

 『ノワール』っていう、幅広い年代に人気のお店だ。何度かテレビで取り上げられている。お忍びでモデルさん達も来てるんだとか。

 洋服のブランドに興味なんてない私だけど、ここのお店は昔から好きだった。小学生の時、ミシアさんがブラウスを買ってきてくれたこともある。

 ――着たのは、一度きりだったけれど。

「カレンさんのお家って、ここだったの……?」

「そうだよ。ママはお店のデザイナーで、パパが社長。ルーク君から聞いてなかった?」

 ぶんぶんと首を振る。けど、納得。カレンさんが洋服作り得意なのって、お母さんたちの影響が大きいんだ。

「まあ、わざわざ教えるほどのことじゃないか。ここはお店の入り口で、裏に玄関があるんだ。ついて来て」

「うん」

 お店の脇の、少し狭めな道を通り抜ける。すると、小さな庭に出た。花壇やガーデンテーブルがあって、素敵な空間だ。春はきっと、たいそう華やかなんだろうな。

「玄関はここだよ。入って、入って」

 カレンさんが白いドアを開ける。

 なんだか緊張する。誰かの家なんて、ルーク以外に行ったことがないもの。

「お邪魔、します」

 上がらせてもらうと、ふんわりと優しい香りが全身を包み込んだ。

 バラ、かな?

 キャビネットの上の石から漂っているみたい。

「これは……?」

「ああ、それ? それはアロマストーンだよアロマオイルを数滴、垂らして使うの」

 へぇ。そんなものがあるんだ。オシャレだな。

「あたしの部屋はこっちだよ」

 案内されたのは、三階。『カレン』と書かれたプレートのかかったドアの前。開くと、中に見えたのは大量の布と糸。大きなミシンに……あ、この前の衣装、マネキンに着せられてる。

 ここがカレンさんのお部屋……。

 想像してたよりも、ずっと広くて装飾は少ない。てっきり、ぬいぐるみやヒラヒラしたカーテンがあるものと思ってた。それこそ、かわいらしいブティックみたいな。まるでアトリエみたいで、意外だ。

「想像よりシンプルでしょ」

「……正直に言えば」

「よく言われる。昔はかわいい感じだったんだけどね。置いてある布の色で視線が散っちゃって。作業場としても使うから、余計なものは片付けたんだ」

 へぇ。洋服作りのために、そこまでしたんだ。それだけ本気だってことだよね。

 ――少し、羨ましい。

「あのあと少しだけ、作業を進めてね。あとは仕上げの装飾品をつけるだけなんだ。図案はあるから、任せても良いかな?」

「し、仕上げ……?」

 そんな重要な役目、任されても良いの?

「バランス見ながらの微調整だけだから、大丈夫。分からなくなったら聞いて。あたしは隣で作業してるね」

 そう言って、奥の部屋へと引っ込んで行ってしまった。その部屋につながるドアは金属製で厳重だ。この部屋の雰囲気には似つかわしくない。

 何をするための部屋なんだろう?

 気になるけれど、カレンさんは行っちゃったし……。とりあえず、今は作業に集中しよう。




 最後のパーツを付け終えて、ふうっと息を吐き出した。肩の力が抜けて、気を張っていたことを実感する。

 結構、時間が掛かっちゃったな。いま何時だろう?

 外はすっかり日が落ちきって、暗くなっていた。

「そっちはどんな調子? 一区切りつきそう……ってすごい。完成してる!」

 奥の部屋から顔を覗かせたカレンさんが、はしゃぎながらマネキンに駆け寄る。

「すごい。本当にすごいよ、セーラちゃん!」

「図案通りにしただけ」

「それが難しいんだよ。ぜーったい、どこかで狂うんだから。やっぱりセーラちゃんに任せて正解だった」

 なんだろう。頬が熱い。気のせい?

「でもその……片付けが残ってる」

 テーブルの上を指さす。まさに、散らかり放題。糸くずとか布の切れ端とかが散乱している。

 始めはある程度、整理しながら作業してた。していたのだけど……。夢中になって、気がついたらこの有様だった。

「あらら。作業に夢中になると、そうなっちゃうよね。あたしもよくやらかすんだ。で、片づけが面倒くさくなるの。手伝うから、一緒に片付けよう」

「ありがとう。隅の掃除機、借りていい?」

「うん!」

 二人で黙々と片付けを進める。カレンさんは慣れた手付きで道具を収納していった。そのお陰で、散らかり放題だった部屋はものの数分で元通り。私がしたことといえば、掃除機をかけて、端切れを集めることだけだった。

「ふー。終わった、終わった!」

「どこに何があるか、全部覚えてるの?」

「もちろん。場所を決めて、大切に管理してるよ」

 それは、すごい。私の部屋なんて片付けてもすぐ散らかる。物は多くないはずなのに。

「しっかり者だね。ところで、奥は何の部屋?」

 金属の扉を指差す。やっぱり異質な存在だ。あそこだけ、妙に浮き出て見える。

「うーん。実験室というか、作業部屋その二というか……。セーラちゃんたちが使う道具を改良してたの」

「改良?」

「そう。本部から送られてきた道具を、用途や個人に合わせてカスタムしてみようと思って。そうすれば、もっと使いやすくなるでしょう?」

 開いた口が塞がらないって、こういうことだ。

 衣装だけじゃなくて、道具まで……。さらりと言っているけど、だいぶ専門知識が必要なんじゃ……。

「設計図は読めるし、シミュレーションもちゃんとやってるよ。それはショウが主導だけど。あと、難しい事はお姉ちゃんも手伝ってくれてるんだ」

「お姉さんがいるの?」

「うち、三人姉弟なの。お姉ちゃんは、マリアスの研究員。弟は一応、一緒に話は聞いていたけど、興味なさそうにしてた。ファッション一筋なんだ。でも、デザイン案は一緒に考えてくれたんだよ」

 マネキンに着せられた衣装に、視線を向ける。

 そっか。思いの外、いろんな人が、関わっているんだ。そしてそれが形になってる。

「――お姉さんたちに、ありがとうって伝えてくれる?」

「もちろん! と言いたいけど、自分で伝えてあげて。夕飯ができたって、お姉ちゃんからメッセージ来てるの! 一緒に食べよう!」

 夕飯?

「そんな、悪いよ」

 辞退しようとする私をよそに、カレンさんは足早に部屋を出て行く。

「もう用意しちゃってるし、みんなセーラちゃんに会いたがってるよ。ちなみに、今日はグラタンだって。あー、お腹ペコペコ!」

 今にもスキップをし始めそうなくらい、ご機嫌だ。

 好物なのかな?

 ちょっと微笑ましい。

「セーラちゃーん! 早く~! 食べちゃうよー!」

 あ。それはまずい。

 私だって、お腹は空いてるんだ。

「いま行く!」

 急いで階段をかけおりた。

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