第26話

 ※


 目が覚めるとガイドマップを広げ、名瀬市の端にある大浜という海浜公園まで車を走らせ、そこにある無料施設を使って、シャワーを浴びた。同じ柄の黄色いアロハシャツに着替え、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買って飲んだ。シガーソケットにつないで携帯を充電しながら、麻凪に短いメールを送信する。「昨日が何の日だったか思い出したよ。忘れていてすまなかった。やっぱり来る気にはなれないのかい?」。返事は、来なかった。それだけやってしまうと、もう他にやることがなかった。時刻はまだ午前九時十分だった。

 にわかに強い雨が降り始め、フロントガラスを叩きつけた。

 一瞬のうちに世界が滲み、景色が何も見えなくなった。

 助手席にはガムテープとゴムホースが載っていた。

 七年ぶりに、無性に煙草が吸いたかった。

 もう一度麻凪に似たようなメールを送ったけれど、やはり返事が来ることはない。

 降り続けている雨は、少しもやみそうになかった。それで約束の時間には早かったけれど、ぼくは南子姉さんに電話をかけることにした。天気を理由に約束をキャンセルして、東京に戻るつもりだった。

「みっちゃん?」ぼくは言った。

「おはよー」

「今日海行こうって言ってたけどさ、雨降ってるよ?」

「雨?」

「けっこう降ってる」

「大丈夫、奄美の雨はすぐにやむけん」

「そうなの?」

「それより麻凪さんは? 今日来るんよね?」

「いや、それがさ……」

 ぼくは昨日の麻凪とのやり取りを簡単に姉さんに話した。

「そっか……」少しだけ沈黙が流れた。「ところで竺、今、どこにおると?」

「えーとね、大浜海岸だけど」

「? 散歩でもしようと?」

 嘘を吐くのが面倒くさくなってしまい、本当のことをぼくは言った。「実はちょっとした手違いで、ホテルがキャンセルされててさ。宿探すの面倒で、昨日今日と、車の中で眠ってたんだ」

「じゃあ家に泊めたとに」

「なんか言い出しにくくて」

 変わらんねえあんたは、と姉さんは言った。「だったら家に来んさいよ。これからちょうど朝ごはん作るとこやから。まだ、食べとらんでしょ?」

「食べてないよ。けど──」

「それじゃすぐにいらっしゃい。あ、っていうかできるだけ早く来てくれん? ちょっと頼みたい仕事があるから」

「何仕事って」

「いいからお願い」

 姉さんは電話を切った。ぼくは携帯を短縮し、あきらめてシートベルトを引き出した。姉さんの言う通り、いつの間にか雨はもうほとんど上がっていた。

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