金色が流れる

カミュカ

プロローグ

 潮の香り。

 熱い風。

 照りつける太陽の光。

 波の音。

 ゆらゆらと揺らめく水平線と、たゆたうように進みゆく船。

 今にも羽ばたきだしそうな、翼形の大きな雲と、散らばった羽毛のように小さな雲。

 全身を滑り落ちる汗を感じながら、そっと手を動かせば、指先に優しく触れる、丸くなったガラスの欠片。何度も何度も洗われて、粉々に砕かれた珊瑚の躯。白い砂浜。碧い波。

 そしてそのすべてを包み込む、流れることを忘れたようにうずくまった、年老いた獣のようにけだるい時間。退屈な奇跡。

 まぶたを閉じると、今でもはっきりと甦る。


 一年前、三十歳の九月最後の数日間を、ぼくは鹿児島県の奄美大島と、沖縄県を旅して過ごした。

 少しだけ遅い夏休み。

 自由で、孤独だった日々。

 すべてをまだ、鮮明に憶えてる。

 ぼくはあの不思議で愛に満ちた数日間のことを、これから先もきっと、いつまでも忘れないだろう。

 たとえ年を取り、まったく思い出すことができなくなったとしても、もしくは何かの理由で、今日突然死んでしまっても。

 その記憶はこの世のどこかでひっそりと、永遠に生き続けるはずだ。

 ほんの少しも損なわれることなく。

 完璧に。

 ぼくはそう信じてる。

 たとえばそう、それはまるで、樹液の中に閉じ込められた羽虫のように。


 隣りの部屋で愉しげに笑い合う、三人の女たちの声をバックミュージックに、ぼくはあの数日間のことを思い出しながら、懐かしい手紙を読み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る