【第二話】登山ツアー本番の洗礼
登山ツアー本番の当日、空は少し霞んでるけど、風は穏やかで、登山日和と言ってええやろ。
主催の大手ショップの駐車場には大勢の参加者が集まっとった。人数は三十人ちょっと。そのほとんどが、年配女性。最高齢は八十代半ばらしい。
初めて会った人らやのに、女性陣はもうお互いに打ち解けている。朝から駐車場はバーゲンセール会場のごとく、大賑わいや。
男性もいるにはいるけど、かなり肩身が狭そう。皆、端っこで縮こまっとる。
「気軽に楽しめる入門編」という説明を聞いて、正直ちょっと気楽に構えていたけど──コミュ力に乏しい自分には、ちょっとハードルが高かったみたいや。なんか、もうすでに疲れとる自分がおる。
山へ向かうバスの中でも、とにかく賑やか。まるで女子会のごとく。……「女子」って、何歳までが女子なんやろうか?おっさんの宴会は「男子会」なんやろか?……たぶん、これは禁断の領域やな。考えるのはやめとこう。
その後は他の男性陣同様に、無心で窓の外を眺める。
そんな状態でも、窓の外に山が見えてくると、期待が膨らんできた。前に一人で登った里山のことを思い出す。あの落ち着いた静かな山の空気──
「今回のために、この服買ってきたのよー」
「私、持ち物は全部百均で揃えてきたー」
「このリュック、可愛いでしょー」
……うん、今回は無理そうやな。
一時間後、ようやく登山口に到着。
そこからは、まさに遠足の列。登山口から長い列が。ペースは最高齢の方に合わせてあるようで、数歩進んではしばらく立ち止まるような状態。前の人の背中を見ながら、のんびりゆっくり進んでいく。これは──今日中に帰れるやろか?ウチの冷蔵庫に、賞味期限が今日までの豆腐が残っとるんやけどな。
相変わらず、登山道には止まることなく、賑やかなおしゃべりが響き続ける。
「駅前のスイーツ店が美味しいのー」
「昨日のドラマ見た?あの俳優さんカッコよかったわねー」
「ウチの旦那、急にゴルフ始めるって言い出して困ってるのよー」
「この前の温泉旅行でねー……」
──すごいな。このスローペースとはいえ、山を登りながらの無限マシンガントーク。自分やったら酸欠でダウンしてるわ。もしかすると彼女ら、超一流の登山家になれる力を秘めとるんやないか?
花摘み休憩では、大休止。
「外でも、意外と平気なもんねえ」
「次、私、行ってくるー」
大自然は人の心を大胆にさせるもんなんやな。──男性陣は、とてつもなく肩身が狭い。皆、無心で遠くの山々を眺める。
登山道脇に咲いている小さな花を見つけた女性が、真剣な顔をしてスマホで撮っている。中には本当に自然が好きな人もおるんやな。そう思った途端──それに気づいた人たちがワーッと集まってきて、「可愛い〜!」「私も撮る〜!」と盛り上がり始めた。最初の女性は苦笑いしながら場所を譲っている。ああ、あの人も自分と同じタイプなんかもな。
皆で賑やかにキャッキャするのもええんだが……自分には馴染めそうにない。「何か違う」感がものすごい。
「自分──なんで今日ここにおるんやろ……」
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
帰りのバスでは、さすがに女性陣も疲れたのか、ようやく静寂が訪れた。
自分も思った以上にどっと疲れが出てきた。背中はバキバキ、足はパンパン。でもそれよりも、なんやモヤモヤが残る。配られた菓子パンをもそもそと食べながら、ぼんやり窓の外を眺める。
……もう、山はこれっきりでええか。
しばらく何も考えんと景色を眺めとった。
ふと反対側の車窓に目をやると、夕暮れの街並みが流れていく。暮れかけた空の色と山のシルエットが、なんとも言えんくらいきれいやった。頭の中で、再び里山の落ち着いた静かな空気を思い出した。
そうや……今日はちょっと相性が悪かっただけや。山そのものが悪いわけやない。もう少しだけ、山と付き合ってみてもええかもしれん──そんなふうに思った、帰り道やったんや。
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