第5話水谷静流その5

 会話が弾んでしまい気が付けば20時を過ぎていた。

 水谷さんがやってきたのは19時くらいだったので、大体1時間くらい話していたことになる。

 随分と俺に気を許すようになってきたこともあり、ソファーでぐでっとだらしなく寝そべっていた水谷さんは可愛く駄々を捏ねる。



「もう帰りたくないかも……」



 俺と打ち解けたことで水谷さんはすっかりとくつろぎモード全開だ。

 ほんとにここ数日でかなり仲良くなったなぁとか思いながら水谷さんに言う。

 

「別に何時間でも居ていいよ」


 なんて軽い冗談を言うと、水谷さんはさすがにそれはないかな~って苦笑いする。

 そして水谷さんは重い腰を上げて立ち上がった。


「っと、そろそろ帰りますか。随分と長居しちゃってごめんね?」

「全然いいから」

「さ~てと、お風呂場に忘れ物ないか確かめてこよ~っと!」


 と言って水谷さんは脱衣所へ。

 俺はそんな彼女の後ろを歩いてついていった。

 辿り着いた脱衣所には、水谷さんの私物らしきものは見当たらないと思っていたのだが、水谷さんは素早くささっと脱衣所の床に落ちていた何かを拾った。


「あはは~……。確認して良かったぁ……」

「一体何が落ちてたんですか?」

「パンツだよ」

「それは危なかったですね。って、パンツってことは、もしかして今の水谷さんはノー……」

「普通に穿いてるよ! 今日は替えの下着を持ってきたの!」


 ノーパン扱いされかけた水谷さんはむすっとふくれっ面で可愛く怒った。

 ほんと、水谷さんのこういうノリのいいところ最高だよな。


「他に忘れ物は?」

「ん~、後は大丈夫そうかな」

「夜も遅いし駅まで送ろうか?」


 そう口にしたものの、俺と一緒に歩いているところなんて見られたくないよな。

 俺は自ら言ったことを撤回しようとした時だった。


「せっかくだし送って貰おうかな?」

「え、いいの?」

「いや、輝明君が言ったんじゃん」

「俺と一緒に歩いてるところとか誰かに見られたら嫌じゃない?」


 水谷さんは俺の頭をコツンと叩いた。

 そして心外だなぁと不服そうな顔つきで俺に告げるのだ。


「誰かに一緒に歩いて居るの見られるの嫌な相手に、そもそもシャワーを貸して~なんて頼まないからね?」


 水谷さんって本当に良い子で涙が出そうだ。

 そして、ちょっと卑屈なところを見せて水谷さんに怒られた俺はというと、そういうことならきっちりと駅まで送らせてもらいますと水谷さんに告げるのであった。

 

   ※


 水谷さんを駅に無事に送り届けて家に帰ってきたのだが……。

 脱衣所に忘れ物がないかと念入りに確認したものの、リビングでは忘れ物がないか確認するのは甘かったようだ。


 水谷さんは俺の家のリビングにスマホを忘れていた。


 スマホは生活必需品だ。

 さっき駅まで送ったばかりの水谷さんのことを追いかけることにした。

 再び駅まで歩き始めて8分ほどだろうか。

 前方に人影が見える。

 


「て、輝明君!」



 人影の正体は俺が追いかけている水谷さんその人だ。

 明らかに焦っている彼女に俺は手に持っている水谷さんのスマホを掲げて見せる。

 それを見た水谷さんはホッとした顔となり、小走りをやめてゆっくりと俺の方へと近寄ってきた。

 会話ができる距離まで近づいたとき、俺は水谷さんに苦笑いで話しかける。


「あんなに忘れ物ないかチェックしたのにな?」

「あははは……」

「はい、これ」


 俺は水谷さんにスマホを渡した。

 現代人にとってスマホはなくてはならない存在。

 水谷さんは俺から受け取ったスマホを大事そうに両手で抱きかかえるように持って、頬ずりをして可愛がる。


「お帰り……、私のアイポンちゃん……。私は君が居ないと生きてけないよ~……」

「ほんと、スマホがない生活なんて考えられないよな」

「だよね~」

「んじゃ、また明日学校で」


 無事に忘れ物を届けることに成功した俺は家に帰ろうとした。

 しかしまぁ、わざわざ俺に手間をかけさせたからには、そのまま帰らせるのは失礼だとか思ったのだろう。


「こんなところまで追いかけさせちゃって悪いし、何か奢るね!」

「いや、お金を貸して貰ったりシャワー代を貰ったりと水谷さんにお世話になってるんで別に気にしなくてもいいよ」

「そういうけど申し訳なさが……」

「っていうけど、俺もまあまあ水谷さんに色々として貰ってるから、これ以上に何かされるのは逆に申し訳ないから」

「えー、そう? まあ、わかった。じゃあ今回は何もなしで。それにしても、本当にスマホを届けてくれてありがとね!」

「じゃあ、俺は帰るな」


 見返りなんて別にいらない。

 笑顔の水谷さんを見れただけで、届けた価値は十分である。

 そそくさと帰り道を歩こうとしたら、水谷さんは近くにあった自販機に駆け寄って行きジュースを買ってそれを俺に渡してきた。


「あげる!」


 強情なところを見せる水谷さんに笑ってしまった。

 そして、こんなことをされたら俺も黙っていられない。


「こんなに良くされたら、また駅まで送らないとダメだよな?」


 ジュースのお礼として駅まで送ろうか? と提案する。

 水谷さんはケラケラと腹を抱えて笑ってくれる。

 でもまぁ、さすがに二度も俺に駅まで送って貰う気はないようで……



「送れるもんなら送ってみなっ!」



 水谷さんは俺から逃げるように駅の方へと走って行った。

 そんな彼女を見て俺は苦笑いが止まらない。

 だって、俺の家でシャワーを浴びたというのに、そんなに走ったらまた汗をかいてシャワーを浴びた意味がなくなっちゃいそうなんだから。

 

「さてと、俺も帰るか……」


 水谷さんと仲良くなってから、毎日が楽しくてしょうがない。

 明日はどんな楽しいことが起きるのだろうか。

 どこか俺はそわそわとした気持ちで帰路につくのであった。

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