44.脳と心のメンテナンス

 海底都市に浮かぶテーブルセット。思わず立ち上がった天才魔道師、その手から滑り落ちたティーカップを久遠蒼真くおんそうまは魔法で受け止める。宙に浮くティーカップをテーブルに戻し、久遠蒼真は天才魔道師を見つめる。


 天才魔道師は今起きたことを整理する。ロボにより破壊された都市。それが巻き戻るように再生し巨大なロボを粉砕する。圧倒的な魔法。どんな想像をすればこれほどの力が発揮できるのか。天才魔道師は目の前で起きた光景に混乱する。


 救世主。この世界が冥月王の眠りにより危機を迎えるとき現れる転移者。それは文字通り想像以上の魔法を使う。天才魔道師は唇を噛む。自分が封印された苦い思い出が甦る。数百年前の"厄災"である自分とそれを救った過去の"英雄"(転移者)。


 魔法の天才として名を馳せた自分。それを妬み拒絶し大切な者を奪った世界への復讐。天才魔道師は自身のメイド服の胸元を強く握る。怒りに震える心臓の鼓動を止めるように。


 時計塔の針が午前八時をむかえる。久遠蒼真は立ち上がると水中に浮くテーブルに杖をかざす。テーブルとイスはすぐに潰れ、足元で平らになる。久遠蒼真の足元に広がったテーブルはマットへと姿を変える。


 二十分の瞑想。異世界に来ようとも久遠蒼真の日常は変わらない。瞑想の後は十五分のストレッチ。そして十キロのランニング。変わらないルーティン。それが今の彼を作っている。


 目を閉じ呼吸を整える。鼻から吸った息で肺を満たしゆっくりと口から吐き出す。呼吸に集中し思考を手放す。なにも考えない。常に思考と分析を繰り返す久遠蒼真にとってこの時間はとても重要だ。脳と心のメンテナンス。


 知識と感情。小説家の商売道具たるそれを磨く重要な時間。それが終われば肉体のメンテナンス(ストレッチ)。精神と肉体を鍛える。これが久遠蒼真を研ぎ澄ます。


 天才魔道師は思わず二度見する。突然広げられたストレッチマット。その上で瞑想を始める自分と瓜二つの男。マイペースというか大物…。天才魔道師の鼻から息がもれる。


 天才魔道師は一瞬口角をあげる。そして静かにマットの上に座り自身も瞑想を始める。深い呼吸を何度か続けるといくらか冷静さを取り戻す。優れた魔法には冷静な思考が必要。想像が魔法となる世界。魔道師にも瞑想は欠かせない精神統一の手段だ。


 彼らの頭上では相変わらず円盤が鈍い機械音を鳴らしている。海底都市に円盤の丸い影が伸びる。破壊された地上の家々は再生されそこだけは日常を保つ。


 そして久遠蒼真と天才魔道師、彼ら二人はまた違う時間を過ごすように静かに瞑想を続けていた。

 



 

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