第32話 奪われた者達の痛みを知れ!

 僕はカナデのことを、このグランドテイルズの世界における最強の一角だと今でも思っている。


 まだ成長段階にある子供とは言え、いずれ剣神となるこの子の実力になんの疑いも持ってはいない。


 だがその実、心の底では侮っていたのかもしれない。


「カナデちゃん、あの状態じゃもう戦えないよっ! 早く回復してあげないと……」


「……」


「アーク!」


 メアの見立ては基本的に正しい。

 カナデはもう、立っているだけでもやっとの状態なのは間違いない。


 だけど、それでも僕は……


 自分の直感と、慢心を捨てた彼女の本当の覚悟を信じたい。


「信じろ、メア。カナデは必ず勝利する」


 まるで自分にも言い聞かせるかのように、僕はメアにそう言い切った。


 観客席の歓声がひと際大きくなる。

 多くはカナデの敗北が近いことによる罵声と期待だ。


 だが時折、少しだけカナデを応援する声も混じり始めた気がした。


「それだけのダメージが入れば、もうあのまわしき八閃は放てない」


 ザビが再び魔力を集中し、両手に魔力刀を具現化させる。さっき展開していた魔力量のソレとは比較にならないほど強大。


 アレが本気の【二断】なのだろう。

 あんな凶刃で断たれれば、僕が受けたっておそらく無事では済まない。


「これで本当に終わりだ、カナデ・アオイ。今夜はいい酒が飲めそうだ」


 またゆっくりと、ザビはカナデへ向かって殺意の歩みを開始した。


 奥義がもう使えないのは事実だ。

 八閃はとてつもない集中力を要する。満身創痍まんしんそういの今のカナデが100%の威力で扱いきるのは困難だ。ゆえに【界閃】を使ったとて絶対防御は展開できないだろう。


 だから守るという選択肢はもうないんだ。

 かわすか、カウンターを叩き込むか。


 それとも死か。

 

「いくぞっ!」


 地を蹴り、さきほどとは比較にならないスピードでカナデの間合いを一気に侵略しにかかるザビ! この僕でさえ、その姿を目で追うのがギリギリやっとだった!


 カナデはまだ動かない!

 そんな無防備のままじゃ、あの【二断】は捌けない!


 くっ! やはりこの戦い、止めるべきだったか!


 カナデっ!!



 ……えっ?



 なんだ、アレは……

 僕の理解が完全に追いついていない。


 ザビの【二断】は確実にカナデの首と鼻頭に痛恨の二撃を与えたかのように見えた。ノーガードであの技をもらえば、通常であれば首も顔面も分離して血飛沫が噴水のようにそこから舞い上がって絶命する。


 だが、そうはなっていない。


 カナデの首より上は全て無事だ。

 によって、ザビの斬撃が完全に止められている?


「雷刃・斬止。これ、奥義じゃなくて、私のオリジナルなの……」


「か、身体が、痺れて……」


「帯電してるから……すぐには、動けない……」


「ま、待てっ!」


 必殺の技を止められたザビが明らかに狼狽えている。


 どうやらカナデが土壇場で使用したこの【雷刃・斬止】という技。


 敵の斬撃に対して1本の雷線を張って自身を守る防御技のようだ。しかも接触面からその雷本来の性質も流し込み、相手を麻痺させるおまけつき。


 僕の原作知識にはない、シナリオ改変が生んだカナデオリジナルの新しい技なのだろう。


「はぁぁぁぁぁ!!」


「や、やめろーーー!!」


 カナデが態勢を低くし、両手で力を込めたショートソードが光って唸る!


 その眩い輝きは、まるで彼女の生命力すらも魔力に変換しているような、とても強く美しい光。集約し、時にバチバチと怒りの音を鳴らす。



 ザビは今、完全に無防備だ!



「未来を奪われた者たちの痛み! ここで全て、お前に返すッ!」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」


「雷刃・轟雷閃ッ!!」


 カナデの強烈な全力斬りはザビの左脇腹を完全に捉えた。身体が“くの字”になったかと思うと、斬撃の加圧に押され、ザビは勢いのまま空高く宙に舞い上がった。


 だが見上げてザビの様子を確認すると、どうやらまだ仕留めきれていない。


 ヤツは態勢を立て直して反撃の狼煙を上げようとしている。アレだけの一撃をもらってまだ意識を保っていられるのか。世界五指のアサシンはその精神力も伊達ではなかった!


 くっ! カナデの身体ももう限界だろう!

 彼女も膝を地に付いて肩で息をしている。あの一撃にすべてを賭けていたはず。


 どちらももう余力がないのは確か。次に仕掛けたほうがおそらく勝つ。

 この勝負、いったいどっちが……


「ぐおああああ! こ、この私が、小娘なんぞにぃぃぃぃ!!」


「……私の轟雷閃は、二度落ちる」


 僕は小さくそうつぶやいたカナデのその言葉を聞き逃さなかった。


 そして、次の瞬間――


「追雷」


「ぎぃぃやぁぁぁぁぁ!!」


 カナデが片膝をつきながら宙を見上げたと同時に空が一瞬光り、かなり大きめの雷が対象に向けて落ちた。もちろんその直撃を受けたのはザビだ。


 “追雷”って追撃の雷ってことだったんだな。


 黒焦げになり、地に落ちるザビ。

 指がピクついているから息はまだありそうだが、意識はもうないだろう。


 立会人で生徒会長のフランベルクが動かないザビに近づく。戦闘の継続が可能かどうか、状態チェックに入る。ある程度見終え、首を横に振り、そのまま立ち上がる。



 勝負あり、だな。



「勝者、カナデ・アオイ!」


 立会人が高らかに勝利宣言をしても、観客はどよめいているだけだ。

 歓声は上がらない。だが時折、軽く拍手してくれる生徒の姿もある。今の戦いで、カナデの実力を認めてくれた者はかなりいるだろう。


 これで彼女の名誉も少しは上がってくれただろうか。

 そうなってくれていると、僕は嬉しい。


「待ってて、カナデちゃん! すぐに回復を……」


「勝手にリングへ上がるな、メアリーベル・アシュ・クリストフ」


 決着がついたので、カナデへ駆け寄ってすぐに回復をしてあげようと動いたメアが立会人のフランベルクに待ったをかけられた。


「カナデ・アオイは勝者だ。このシャンバラヤは勝ち抜き戦。そのまま次の相手と戦ってもらう」


「いや、でも……」


「心配するなメア。カナデは次の戦いが始まったらすぐに降参させればいい。回復はそのあとでいくらでもできる」


 居ても立っても居られなくなっているメアの腕を掴み、制止する僕。

 面倒見のいい性格は変わらないな、ホント。


「はぁ……しんど……」


 ほら、カナデももうあんなこと言ってるし。


 さすがの彼女も限界が近い。

 あの状態で戦いを継続する意思はさすがに無いだろう。


 白衣を纏った救護班っぽい複数の生徒が決闘場の入口からバタバタと現れ、タンカで運ばれていくザビ。


 まだ息はあったから命までは奪えてはいない。だが、ザビの魔力回路はすでにズタズタだった。あの様子だと、もう人生で魔法の類を操ることは難しいだろう。アサシンとしてのヤツの人生は今日で終わった。


 ある意味、カナデの人生の目的は曲りなりにもこれで少しは果たせただろう。今はこれ以上を望める状況ではないからね。


 【雷刃・轟雷閃】、か。


 僕の知らない技だったけど、本当に規格外の威力でビックリしたよ。


 カナデはもしかしたら、僕が知っている剣神の実力すらも凌ぐとんでもない存在にこの先なっていくのかもしれない。



 ところで――



 立会人のフランベルクが次の相手がどうとか言っていたが、その相手の姿はまだ見受けられない。


 まさか2回戦でもうアリストが出てくるなんてことはありえないよな?


「くくく……」


 決闘場の側壁に背をもたれ、後方腕組おじさん状態になっていたアリストが何故かいきなり不敵な笑みを浮かべ始めた。


 まさかザビが負けるなんて思ってなくて、錯乱したか?


「次の相手は貴様か? アリスト」


 もしそうなら手負いのカナデでもやれるかもしれないな。

 アイツは弱いから。


「いやいや。もうにいるではないか」


 アリストは壁際から動かない。ニヤつき具合も変わらない。だがその視線は僕ら奥を見ている様子だ。


「いい勝負を見させてもらいました。いや、なかなか面白かったですよ」


「!?」


 背後からいきなり声がして、僕とメアは同時に振り向き警戒した!


 アリスト側とは逆の壁際。

 こっちサイドの一番後ろの端に、後方腕組男子がもうひとりいたのだ。


 いったいいつから俺たちの後ろにいたんだ?

 気配をまったく感じなかったぞ!


「そ、そんな……うそ、でしょ……」


 振り向きざまにその姿を認識したメアの表情が一気に曇る。


 たしかにあの優男風の金髪サラサライケメン。

 どこかで見たことあるような気がするな……


「あ、メア様。テンペストは本日をもって退団してきましたので、今の私はもう、クリストフ家とはなんの関係もありませんから。悪しからず」


「イグナトフ……」


 メアがつぶやいたその名前に、僕も心当たりがあった。


 クリストフ家聖騎士団テンペスト――

 その副騎士団長イグナトフ・バートレイ。


 疑惑の男、聖騎士団長サリエルの側近中の側近だった男だ。

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