第三章 2
今日もごみが荒らされている。今月はこれで三度目だ。
おかしいな。ちゃんとネットしてるのに、なんでカラスが荒らすんだろう。そんなことを思いながら、階段を上って部屋に辿り着くと、ドアノブになにかが吊り下げられているのが見えた。
「?」
なんだろう。宅配なんて頼んだっけ。
手に取って見ると、それはりんごだった。りんごが四個、スーパーの袋に入っているのだ。
落とし物? 違うな。届け物じゃないし。変なの。
おかしいな、と思って、それを持って部屋のなかに入った。
どうしようこれ。自分の買ってきたものじゃないから食べるわけにはいかないし、食べるにしたってなんか気味悪いし、でも捨てるのももったいないし、うーん。
とにかく冷蔵庫に入れておいて、そのまま放置しておいた。
翌日の晩、駅前のスーパーで買い物をして帰った。そして帰宅すると、またしてもドアノブに袋が吊り下げられているのである。
今度は、ピーマンだった。
「あ」
それで、思い出した。このピーマン、さっき買おうかどうか迷って、結局やめたやつだ。
りんごも。
「――」
誰かが私を見てて、私が買おうとしたものを買ってきてくれてる?
なんでそんなことをするんだろう。奇妙に思い、そのピーマンも冷蔵庫に入れて、放置した。
次の日は、帰りに買い物をしなかった。だからなにもないだろうと思っていたら、代わりにペットボトルの飲み物が吊り下げられていた。
その次の日は、肉の塊。その翌日は、刺身。
誰がなんの為にやっているかわからないから、口にするわけにもいかない。そうして冷蔵庫に食べない食べ物だけがどんどん溜まっていった。
そして、一週間目。食べ物は突然来なくなった。
代わりに、ポストに手紙が来るようになった。
『いつもあなたを見ています』
『あなたの髪はとてもきれいだ』
『あなたと一緒にいたい』
そんな言葉が書き連ねられた便箋が、一日に二、三通直接投函されているのである。
さすがに不気味に思って、朋美に相談すると、
『あんた、すぐ警察に相談しな』
と言われた。
『家知られてんじゃん。やばいよ恐いよ』
明日は警察に行こう、と思っていたその日の夜、ドアノブに吊り下げられていた袋に入っていた物を見て真葛は顔面蒼白になった。そして、部屋に入ると鍵を閉めて、チェーンをかけすぐに藤木に連絡した。
彼は、すぐに来てくれた。
「立原」
真葛は恐怖で顔を青くさせながら、藤木を待っていた。
「藤木君」
「なにがあったんだ」
「これが、玄関にあったの」
真葛は吊り下げられていた袋を藤木に見せた。彼は中身を改めた。
なかには、ドラッグストアで売っている生理用ナプキンが入っていた。
「これがどうしたんだ」
「私、生理が終わったばかりなの。でも、どうして顔も知らない人がそのことを知ってるの? なんで? なんで私の使ってる生理用品がなにかまで知ってるの?」
「落ち着け立原」
泣き出した真葛を落ち着かせようと、肩を抱く。
「まずはこたつに入って、あったまれ。それから、警察だ」
藤木は真葛の携帯を取り出して、渡した。
「電話するか。それとも、駅前の交番に一緒に行くか」
真葛はなにも考えられないようだった。
メラとイオが、ベッドの上で互いに毛づくろいをしている。しばらくして、彼女は言った。
「……電話する。行くの、恐い。後ついてくるかもしれない」
「そうだな。どこから見られてるか、わかんないもんな。よし、俺が電話する」
藤木は立ち上がると、台所に行って電話をかけた。そして真葛の住んでいる部屋の住所を言うと、リビングに戻ってきた。
「十分くらいで来るって」
彼はこたつの上のポットからお茶を入れると、真葛に出した。
「ほら、飲めよ」
マグを持つ真葛の手が、わずかに震えている。それを、藤木は痛々しい思いで見つめていた。
呼び鈴が鳴って、真葛がびくりとなった。藤木が立ち上がって、ドアホンを見た。制服姿の警官が二人、映っている。
「警察だ。出てくる」
藤木が玄関に行くと、
「こんばんは。立原真葛さんのお宅ですか」
「彼女はなかにいます。ちょっと、ショックがひどいみたいで、出られなくて」
藤木は警官を玄関に入れた。
「立原、話を聞きたいって。出られるか」
真葛は顔を上げて、なんとか立ち上がった。そして玄関に行って、警察官の二人に今までのことを話して聞かせた。
買ってもいない食べ物が、ドアノブに吊り下げられていたこと。それが何日も続いたこと。手紙が届いたこと。生理用品のこと。
警察官は手紙はありますかと尋ね、真葛がありますと答えると、見せてほしいと言ってきた。取っておいたそれを見せると、二人のうちの一人が言った。
「生活パターンを知っているということは、ごみを漁られていますね。家も知られているようですし、しばらくここから離れて、ご実家などに身を寄せられることは可能ですか」
「できれば、引っ越しなどは」
「仕事があるので、実家は無理です。引っ越しも、すぐにはできません」
「俺のうちに来ればいい。近いし、職場にも行けるだろ」
「でも、猫いるし」
「連れてくればいいよ」
「我々も、注意して夜の時間帯にパトロールを強化して、この周辺を見回ります。夜分のことということですので、多分相手もその時間にしか動けないのでしょう」
「立原、支度しろ。早い方がいい」
と藤木に言われて、真葛はのろのろと鞄に着替えを詰めた。そして籠を出して、メラとイオをそれぞれ入れた。
「あ」
「ん?」
「これも」
真葛はベランダに出て、百日紅の鉢を手に取った。藤木はちょっと笑って、いいよと言った。
「じゃあ行こう」
そうして警察官と一緒に、二人は真葛の部屋を出た。
藤木と真葛の乗ったタクシーの後についてくる者は、いなかったようだ。
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